第46話 魔人 vs. ゴーレム


「……んなっ!」

「……ほえっ!」

「……やめっ!」


 幸いアリアベルが事前にかけていたシールドのおかげで全員その身は守られた。状況が理解出来ずパニックになる魔術師たち。だが息つく間もなく魔人は次の攻撃を仕掛けてくる。漂う黒粒。先程とは打って変わり今度は静かな攻撃だ。一瞬にして魔術師たちは漆黒の氷雪に取り囲まれる……。

 

 ――――ヒビュルルッ!


 止まっていたようにも見えたそれは突如襲いかかってきた。旋回しながら吹き付ける氷雪。おそらく一片でも肌に触れればそこから腐食していくのだろう。いくらシールドに守られているとはいえ闇の魔術など馴染みがないので魔術師たちはとても気が気ではいられない。だがやられっぱなしも性に合わないとそれぞれ応戦し始めた。


「――アイスウォール!」

「――エタニティノヴァ!」

「ええいっ、ファイアーボールッ!」


 氷壁で防御し風波で蹴散らし、残る一人は火の弾丸で術者に対して反撃する。最初こそ魔人の攻撃速度と圧倒的パワーに度肝を抜かれ気後れしてしまったが、自分達だって今は格段にレベルアップしているのだ。魔術師たちにとっては魔人など、これまで見た事もない生命体で、思わず尻込みしてしまうほど恐ろしい存在であるに違いない。それでも自分自身を奮い立たせ、目の前にある危機をどうにかしようと懸命に立ち向かっているのだ。しかし……


「……わっ!」

「……くそっ!」

「……そんなっ……」


 いくら一時的にレベルが上がっているとはいえ、この場においては魔人の方がその戦闘能力は高かった。さすが魔術師全盛期の実力者達をことごとく狩ってきただけあって、技を繰り出すスピードもパワーも格段に魔人の方が上回っている。しかも魔人が扱う闇の魔術が特殊なのかうまく相殺出来ない上に攻撃自体もあまり効いていない様だった。

 狼狽える魔術師たち。今度は漆黒の雷撃とハリケーンが同時に襲いかかってきて三人はバラバラに吹き飛ばされる。体勢が崩れた所で空から無数の黒い杭が降ってきた。狙うは魔術師達の影。シールドで覆われていない影を拘束する事でその効果は無効となり身動きを封じる事が出来るのだ。そうなれば体の内側から攻撃を加える事が可能であり同時に精神破壊も行える。


「……ううっ!」

「……まずい!」

「……このままではっ……」


 絶体絶命の危機。だが、その拘束はなだれ込んだ爆音と共に一瞬にして解けてしまった。見ればゴーレムが習得したばかりの闇の魔術で魔人に一撃を加えている……。


「……ぐッ、……キサマッ……」


 よろめいた体を立て直し魔人はゴーレムを睨みつけた。ここにきてようやく目を向け対峙する。あくまで優先順位を魔術師としていたので意識が偏っていたのもあるだろうが、実は少しの間、認識阻害されていたので存在を気に留める事もしなかったのだ。その認識阻害の術をかけ意図的に存在を隠していたのはアリアベルだった。僅かな時間を使い、アリアベルは魔人が扱う闇の魔術を複写してはゴーレムに叩き込んだのだ。同じ闇の魔術での攻撃、しかも更にレベル上げを行なったゴーレムなら魔人とも渡り合えるはず……。


「……ゴーレムがッ、小賢しいッ……」


 読み通り、たった今から魔人の標的はゴーレムただ一人となった。本来であればゴーレムなど魔術師狩りの対象外であった筈だが、魔術を使い、しかも自分と同じ闇の魔術をも駆使するとなれば、それはもう最優先で狩らねばならない重要なターゲットに他ならない。辺り一帯を漆黒の魔術が乱れ飛ぶ。それからは魔人とゴーレム、一対一の戦いが始まった。


(……さあて……)


 そんな中、アリアベルはササっとやるべき事をこなしていた。遠目で戦いの様子を見守りつつ、まず最初に行なったのが魔術師たちの救出だ。放心状態になっていた彼らに「ご苦労様です」と労いの言葉をかけた後、 “しばらくこちらで預かって下さい” という領主宛てのメッセージと共に皆を東部へ転移させた。

 そして次に行なったのが、この男爵領に特殊な結界を張り巡らせるというものだった。闇を伝う事で世界中どこへでも移動する事が出来る魔人の、その行動範囲を制限したのだ。こうする事でもうこの男爵領からは出られないし、例え夜になり、闇と同化し存在を隠したとしてもアリアベルなら自由に引きずり出す事が可能になる。あとは外部から誰もこの結界内に入れないようにちゃんと手も加えておいた。それらを素早くやり終えた所で改めて魔人とゴーレムの戦いの方に目を向ける。しばらくそのまま魔人の方を凝視した。


「……何なのだキサマはッ……何なのだァァッ……!!」


 戦況は一進一退の攻防戦となっていた。技数は魔人の方が多く一見有利に思えるが、アリアベルのシールドのせいで何一つ致命傷が与えられず、そのせいで魔人がかなり苛立っている。術だけではなくそこへ殴る蹴るの体技戦も含まれたのだから戦いはより派手さを増していた。

 ぶつかり合う衝突音。その後すぐに雷撃音が鳴り響き、共に打撃を食らった事で魔人とゴーレム両者が吹っ飛び、ほんの束の間音が止む。だがすぐに体勢を立て直した魔人が術を放ち、今度は数千にも及ぶ黒い大蛾が空を覆った。奇怪な動きで鱗粉と毒霧を撒き散らかしながら大蛾は一気にゴーレムに襲いかかる……。だが反撃したゴーレムの砲弾がそれを一掃するように円を描いて大きく爆ぜた。


「……ギッ!」


 またも怒りのスイッチが入った魔人が接近戦を試みる。殴りつけられたゴーレム。当然ダメージにはならないが、それでも魔人は治らない苛立ちをこれでもかとぶつけてくる。同じようにゴーレムも殴り返し、またも魔術と魔術、殴打の応酬が繰り返された……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る