第45話 機が熟して現れるモノ ②

「……うお!? 更にレベルが上がったぞ!」

「すごい! まるで自分ではないみたいだ!」

「……おいっ、詠唱を短略化出来るぞ! ウィンドカッター! グランドランサー! ロックバリケード! ウハハッ、本当にすごい! なんなんだこれは……!」


 彼らの潜在能力を最大の限界値まで引き上げたアリアベル。ゴーレムはともかく、生身の人間である彼らにかかる体の負荷を考えるとこれが本当に最後のレベル上げだ。おそらくその実力は全盛期の魔術師レベルにも到達しているのではないだろうか。すると、


 ――――バウンッ!


 対戦で生じるものとは明らかに違う大気の揺らぎを確かに感じた。微弱な振動。アリアベルだけが察知するそれは次第に人のように脈動しては体の芯に響いてくる。ぼんやりとしたものの焦点が合う感覚。これまでずっと姿なき者として影に紛れていたものが、様子見をしていただけの不穏な気配が、今はっきりと顔を出し、こちらに強い関心と狙いをつけている。


(……そう、ここよ。ここにいるわ……)


 駄目押しでアリアベルは更にゴーレムのレベル上げを行った。三対一なのだから本来ならこれぐらいの力量差があって丁度良い。

 すると、すぐにそれに対する反応が見られた。先程よりも強い手応え。振動は強まり、運ばれてくる嫌な冷気にライの瞼がピクリと動く。


(……さあ、早く……ターゲットはここよ……)


 もうそこには限られた者にしか分からない独特な緊張感が漂っていた。向けられている関心はけして友好的なものではない。苛立ちと敵愾心を含んだ空気がジトリと肌に纏わり付き、打ちつける砂の粒子と共に底気味悪さが広がって……


「――! 来るわっ!」


 ドオンッ!と地面を殴りつける打撃音が鳴り響いた。揺れ動く大地。世界の果てより一瞬にして移動してきたナニカにより、衝撃で地煙と漆黒の気柱が立ち昇る……。

 特にその気柱は天と地を繋ぐほど大きなものだった。魔力の塊と言っていいそれの出現により猛風が吹き荒れ、パチパチと放電も起こっている……。


「……なっ、なんだ!?」

「……一体何事だっ!?」

「……っ、この魔力は尋常ではないぞっ!」


 警戒する魔術師たち。やがて風が落ち着くと気柱は緩く崩れだし別の何かを形造った。それは禍々しい魔力を宿した生命体……。


「「「「――――ッ!?!?」」」」


 現れたそれに皆は生唾を呑み込んだ。人のようで人でない。目にしたのは人間と爬虫類を掛け合わせたような見た目の生物。鱗のある赤黒い肌はヌメリのある質感で、体は背骨と肩の部分が異様に出っ張っている。体の割に小さく見えるその頭部は顔面の額部分からツノが伸び、窪んだ目の奥には血のような赤い瞳がギラリとこちらを睨みつけていた。


「……はっ!?」

「……なんだあれはっ!?」

「……ば、化け物だっ! 化け物が現れたぞっ!!」


 魔術師たちがたじろぐ中、アリアベルは待ちに待ったという感じでそれを見据えた。その胸中はやっとおびき寄せる事に成功した、ようやくここまで漕ぎつけたと、そんな思いばかりである。

 一見不測の事態に思えるこれこそ、実はアリアベルがずっと待ち望んでいた事だった。この成果を得る為に何としてもと意欲的に実験に取り組んだのだ。下準備はもっと早い段階から秘密裏に行なっていて、東部の問題を片付けつつ、水面下で着々と事を進めてきた。全てはアリアベルの真の目的を果たす為――。


「……ようこそ。あなたがエルヴィンさんと融合した魔人さんね。ようやくお目にかかれましたわ」


 そう、その目的とは500年前、エルヴィンと融合したあの魔人を呼び寄せる事だった。

 アリアベルが東部へ来るきっかけとなったリコナとエルヴィンの悲恋話。王の策略により無惨にも魔力抽出器とされてしまったエルヴィンが復讐の為に融合したのが今目の前にいる魔人なのだ。

 あの時、クロムウェル邸宅跡地でアーティファクトの回収を行なった際、ミイラ化したエルヴィンの手足に触れる事でアリアベルはそのDNAの性質を覚え、更にはアリアベルにしか分からない僅かな魂跡を辿っては魔人の行方を追っていた。全世界に探索包囲網をかけ探し出す事は容易な事ではなかったし、魔人は闇に潜る事でその存在を隠すので、呼び出すにはこちらから意図的に引っ張り出さなければならなかった。その為、こちらに関心が向くように仕掛ける必要があったのだが、魔人が未だ魔術師に反応を示す気質だった事が今回は大いに幸いした。500年前に比べ今は魔術がだいぶ衰退化しているのでこれまで無視していられたが、全盛期並みの実力を持つ魔術師が現れたとなれば話は別だろう。今も尚、魔術師に抱き続ける異常な執着。現に先程のアリアベルの挨拶など全く耳に入っておらず、視線も怒りの矛先もゴーレムと魔術師たちに注がれている。


「……気にいらん。魔術師め……よくもワシの眠りを妨げたな」


 やっと口から発せられた言葉は低くて少し掠れていた。怒りに歪んだ魔人の顔。元々の皺のある顔にはますます深い皺が刻まれて、目は吊り上がり、太い針のような歯を魔人はギリギリと食い締めている。怪しく光る赤い瞳、おもむろに片方の手が魔術師たちに向けられて――、

 

「「「――――ッ!!」」」


 瞬間、漆黒の砲弾が打ち放たれた。けたたましい音の連打。魔人が扱う闇の魔術が数珠繋ぎに次々と魔術師たちに襲いかかる……。


 

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