第27話 極秘情報

「……きっとそうだ……そうじゃなきゃ説明がつかねぇ……」

「……間違いねぇ……あのお方こそこの地に降臨なされた――」

「――シッ!」


 だが、次第に沸き立つ囁き声は領主の口止めする素早い動作で打ち消された。すぐさま口をつぐんだ住民たち。顔を見合わせ様子を伺い、領主の行動の意味を推し測る。そして、本人が魔術師だと言い張るのには何か特別な訳が、身分を隠さねばならない深い事情があるのだろうと、各々がそう理解するに思い至った。


「……大体、こんなものでしょうか?」


 そんな皆の思いなどつゆ知らず、アリアベルは領主の計画書通りに新たな町作りが出来たことに満足する。一気に様変わりしたそこは王都や皇都と言ってもいいほど見事な景観となっている。郊外の作業はまだ残っているものの、とりあえずこれで一区切りつける事にした。


「……はああ〜、いやぁ、信じられない……」

「……ここがあのハラマンの墓場だなんて……本当、夢みたいだ……」


 あちこちから漏れる感嘆のため息……。それは隣にいる領主も同様に、感動する余りまた涙を堪えた表情になる。


「……ああ、魔術師さま……本当にありがとうございます……」

「いえいえ、そんなに大した事はしておりませんので……」

「とんでもないっ……まさかこのような奇跡を目の当たりにするだなんて! ……ああ、本当に本当にっ……魔術師さま……」

「……あ、はい、私は魔術師です」


 アリアベルの返答に領主はニッコリ笑みを浮かべる。そこへ民が数人駆けつけては騒ぎ立て、領主はどこかに連れて行かれる。どうやら国境付近でフェンリル達が食材となる獲物をこれでもかと大量に獲ってきたらしく、これからその対処に追われるようだった。

 ちょうど昼時。ぐうっと伸びをしたアリアベルは、そういえば今日は朝から何も食べていなかった事を思い出す。そこで休憩を取ろうかしらと思い立ち、少し離れた緩やかな丘へと移動する。召喚術を使い肉を挟んだパンや野菜のスープなどを並べると美しく生まれ変わった東部の景色を眺めながらライと食事を共にした。

 柔らかな陽が降り注ぐ気持ちの良い日だった。シールドを取り外した日から空はずっと晴れている。ここの所ずっとバタバタ動き回っていたので束の間でもゆったりし、気がほぐれたアリアベルは食事を終えても遠くに視線を向けながら物思いに耽っている。そんな時ふいに聞こえた「コホン」という声にアリアベルの意識は切り離された。見ればライがソワソワしながら何か言いたそうな顔をしている。


「……ライ? どうかした?」

「……うむ。アリアベルよ、このような事をいつまで……」

「いつまで? ……ああ、どこまで手を貸す気でいるのかが気になっているのね? それは……もう少しよ」

「深入りし過ぎではないのか? あの者たちを思えば、これからは自分らの力だけで立ち上がり、やり遂げる事に意味がある……。みなまで面倒を見てはあの者たちの為にもならんし、その機会を奪っては……」


 するとアリアベルは思わずふふっと笑いをこぼした。けしてバカにした風ではなく、まるで微笑ましい場面にでも出くわしたような、そんな柔らかさのある雰囲気だ。それに気付きながらもライはわざとジトっと見つめ、不満そうに反論した。


「何がおかしいのだ!? 我が何か変な事でも言ったのか!?」

「あら、怒ったの? ごめんね、機嫌を損ねてしまったのなら謝るわ。でも、けしてバカにしたんじゃないのよ? ただ、感心したんだわ」

「……感心?」

「だって、ライったら領主さまにあんなに厳しい態度なのに、実はちゃんと彼らの為を思っていたんですもの。それはつまり、みんなの強さと可能性を信じてるって事でしょう? それを聞いてなんだか嬉しくなったのよ」

「……な!? ……べっ、別に我はっ……」

「ライの言い分はもっともだわ。……だけどね、少しここに留まらないといけない事情があったのよ。留まるついでに気になって、放っておけなくなってつい……いろいろ……」

「……それはつまり、どういう事だ?」

「私ね、水面化でずっと探っていた事があるの。最初は直感だけだったし、本当にボヤっとしていたから明確には出来なかったけれど……本当の目的は別にあったのよ」


 するとアリアベルは「実は」と、これまで秘めていたある思いをそっとライに話し始めた。それはここへ来る前から膨らませてきた希望であり程遠い理想論でもあったが、この数日をかけ、やっとその予想に確信が持ててきたので打ち明ける。それを聞いたライは衝撃を受けたように「そうか」と険しい顔をした。


   ◻︎◻︎


「アリアベル様ぁ〜!」


 午後には離れていたシルフをここへ呼び戻した。目の前に現れたシルフは呼ばれた事が嬉しいのかパアッと明るい笑顔を見せる。そんな中アリアベルは内心さっと疑問を浮かべた。離れてみて気付いたが、なんだか最初に会った時よりシルフの輝きが増し、黒ずんでいたものが薄くなったような気がしている。気のせいかしら?と思いつつ、アリアベルも笑顔でシルフを出迎えた。


「シルフ、助かったわ、ありがとう!」

「いえいえ、お安いご用です!」

「……それで、あちらはどうだった? 人質さんたちは大丈夫だったのかしら?」

「はい! あっちでは早馬より先に伝書鳥が来まして、皇帝はもう東部の状況を把握してます。すぐに騎士達が離塔へ来たのですが、アリアベル様の防護膜のおかげで何も手出しが出来ず……、人質はみんな無事です! 何の問題もありません!」

「そう、それを聞いて安心したわ。……あと、例の情報収集の事だけれど……」

「……あ、はい! 皇帝の周りの状況はですね――」


 昨日アリアベルはシルフに情報収集を頼んでいたが、それは皇帝と彼を取り巻く周りの状況について知る為だった。些細な事でも内容によっては皇帝の弱みになるのではないか、東部に有利に働く何か機密があるのではないかと思い頼んだ事だったが、そこで意外な事実を知る事になる。


「皇帝が病気? ワーネス病……」


 それはハラマンの皇帝が病に冒されているというものだった。しかもそれは彼だけではなく、多くいる皇妃の半分以上が、周りの高位貴族の複数人も同様だという。


「ただ、皇帝が病気だというのは側近だけが知る極秘情報で今後も秘匿とするようです。弱みを見せるのは得策ではないですし、男性であればほとんど治る病ですから。今後おおやけとなるのは皇妃と周りの高位貴族でしょう」

「……そう。ワーネス……別名、あの王侯貴族病よね? ……確かに皇帝は男性だし、罹ったとしてもどうって事はないだろうけど……」


 ワーネス病、別名を王侯貴族病と呼ばれる通り、それは身分の高い者だけが発症する極めて不可解な病だった。しかもその致死率は男女によって大きく分かれ、男性であれば10%程度と低く、多少後遺症は残るもののほとんど命に別状はない。だが女性に至っては80%以上と高くその差は大きい。発症率も男性より女性の方が多かった。

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