第6話「コーヒーの話」

件のバイクに乗り始めた友人から電話があった。


「今度のツーリングで美味しいコーヒーを飲みませんか?」


ふむふむ、なるほど……。


快諾し、僕は家の倉庫から使っていなかったコーヒーミルとドリップポットを発掘する。どちらもツーリング先でコーヒーを淹れるのに特化している小型の物だ。

一度にせいぜい300mlのコーヒーしか作れないが二人分ならこれで十分だろう。


問題は、僕が淹れたコーヒーが、僕的には美味しくないという事。

どうしても馴染みのお店で飲むコーヒーと比べてしまう。

それに、コンビニのコーヒーの方が圧倒的に美味いので、ここ数年ほどツーリングではコーヒーを淹れなくなってしまっていたのだ。


「さてさて、次のツーリングまでに美味しいコーヒーを淹れられるようになるのかね?」


僕が愛用しているコーヒーミルには挽き加減の調整ダイヤルは付いているが、適正値なんて気の利いた目安は示してくれない。

何度も何度も豆を挽いては飲み……を繰り返し、自分の好みの挽き加減を見つけていくしかない。

僕の好みとしては、時計回り(細挽き方向)で限界まで回した後に、反時計回り(粗挽き方向)に13クリックした所で挽いた時が美味しいと感じている。


豆の量は20g。

使うコーヒー豆は、僕が贔屓にしている隠れたコーヒーショップがあって、その店のオリジナルブレンド。店主が自ら焙煎をやっているという本格的な店だ。ここはケチれない。


お湯の温度は80度。

今回、秘密兵器として料理用デジタル温度計を入手したので、神経質なぐらい温度にも気を使った。

水もエビアンやコントレックス等、色々とミネラルウォーターを試してみたが、個人的には「南アルプスの天然水」が一番よいと感じたので、これを使う。

異論は認める。


蒸らし時間は20秒がいい。

それ以上はどうも雑味が気になる。


コーヒーは好きだが、一日に2杯しか飲めない(それ以上飲むと頭痛がする)のと、寝る前に飲んだら眠れなくなるので朝しかコーヒーを淹れる練習ができない。

毎朝のように、真剣勝負といった感じで練習を繰り返したのだが、やはり一週間程度では、自分の満足がいく味のコーヒーを淹れることは叶わなかった。

まあ、仕方がない。今後の成長を期待してもらうとしよう。


 * * *


友人と約束したツーリングの日。

近所の峠を走った後にお気に入りの木陰で休憩しながら、バイクのサイドバッグからコーヒーを淹れる道具を出し、我ながら手際よく準備をしていると友人が怪訝そうな顔でコチラを見る。


「何やってんです?」


「ん? 君のリクエストどおりにコーヒーをだね……」


「え?」「は?」


しばし、見つめ合う。


「いや、あの……

 この先に美味しいコーヒーを出すお店があるんで、予約してまして……

 師匠(僕のこと)を連れて行こうと思ってました……すみません……」


ああ。思い返せば、確かに友人は「コーヒーを作って」とは言ってないね。うん。


僕は静かに後片付けをした。


友人に連れて行ってもらったお店のコーヒーは僕が作るコーヒーなんかより数倍も美味しかったのは言うまでもない。

それと手作りのカヌレも最高に美味しかった。


……泣いてなんかないぞ。

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