私が私になるために

1.好きになっても嫌いになっても

〜電車に揺られて〜


袖丈が覚束ない夏の終わり。

電車に揺られ、窓に映る自分をみるとある夏のことを思い出す。

君は今何をしているのだろうか。

俺は成人してあの頃から身長もそれなりに伸び、声も低くなった。

どれだけ背丈も姿も変わろうと、変わらない何かがありますように。

それだけを願って俺は産まれ故郷である海の近くの家に向かう。

今じゃ名も知らない他人の家になってしまったのはもう昔のことだ。

俺の膝にはあの時作った痣の跡がある。

それすらもなんだかあの頃が恋しい。


~好きになっても嫌いになっても~


高校2年の春。

私、坂口さかぐち恵美えみは何もかもを諦めた。

学校へ行くのをやめた。

現実を見るのをやめた。

何かを好きになる事をやめた。

何かを嫌いになる事をやめた。

自分を信じることをやめた。


始業式の翌日、自分の机がひどい有様になっていた。

油性ペンで書いたのだろう。

沢山の単語、「バカ」「死ね」「ブス」などなど。

その中でも一番心に衝撃を与えたのは去年の頑張った大会への成果に対しての悪口だった。

「優勝したからって調子に乗ってる」

頭の中でピキッと何かが割れた。

何かが割れた後のことは正直自分でも覚えていない。

ちなみに何に優勝したのかというと水泳競技の一種である飛込競技。

それからのいじめはエスカレートしていった。

それでも家族や地域の人、先生、その他の人々には平凡、平和をきどっていた。

仲の良かった友達を嫌いになった時もあった。

裏切り者を嫌って何がワルイ?

私は何も悪くない。

そう思っていたのに嫌いになった友達は私の為に庇った。

庇ったら硬い硬いボールが私をめがけて飛んでくるのを彼女が庇って頭から血を流した。

私にはもうつい最近まで信じていた友達が手の届かないところまで行ってしまったことに幻滅を覚えた。

そんな長い長いいじめも終りへと近づいている。

不登校を決めたのは担任の先生との二者面談だった。

「1年の時に何かあった?」

はっ?

「平凡て言葉をよく使うから。」

何それ。

本気で言ってる?

「平凡に越したことはないよ。でもね。私の考え...」

見た目が若くかっこいいと生徒に人気の男性の担任の先生は平凡についてべらべら喋る。

けれどその言葉一つ一つは頭に入ってこなかった。

何を言ってるんだろう。

まるで他国の言葉を聞いているような感覚に陥る。

平凡な訳ないじゃん。

毎日毎日どんだけ罵声に耐えれば平凡ていえるの?

嘲笑、憎悪、嫌悪...。

沢山の人たちの顔が思い浮かぶ。

私を罵った。

バカにした。

哀れんだ。

そんな沢山の表情と声。

「平凡」と言わせてるのは紛れもなくお前らだろ?

私は何も悪くない。

「平凡な訳ないじゃん。」

ボソッと吐きだすのに反応した先生は口を止めた。

「どうしたの?」とでも言おうとしたのか口を開こうとしたのを遮ぎるようにガタッと周りの人がびっくりするほどの音を鳴らして立ちあがり、この頃の悪態をつかれる人達の何倍もの感情をあらわにして叫ぶように罵るように吐きだした。

「『平凡』て言わせてるのはお前らだろ!私だって何でもないフリして毎日を過ごすのがどれだけ大変か分からないでしょ。どうせ誰も助けてくれないくせに。どうせ誰も欲しい物をくれないくせに。好きだったのに、好きだったのに好きな物全部否定された気持ち分かる?私の存在も一緒に全否定されたようなものよ。なんで?なんで私だけこんな思いしなくちゃいけない訳?」

我に返った頃には遅かった。

もうこの場にはいてはいけないような雰囲気が漂っている。

ここは職員室前の仕切りの無い大広間。

多くの生徒と先生方が行き交うこの場所で大声を出そたのは致命的で、大半の人が何があったのかと顔をのぞかせている。

見ないようにと顔を背けてスタスタと廊下を歩いて行く者や、この場を後にする者もいた。

本当に手遅れ、本当に大きな失態を犯した。

乾いた笑みを浮かべ、「はははっ」とは声に出すものの、目は完全に死んでいる状態。

よろけるようにしてバックし、私を抑えようと色々な動作や声を発する先生の存在など目に見えているはずなのに見えなかった。

気付いたら私は逃げ出していた。

行く末はなんとなく体が知っているかのように動いていて、それに従うように私は着いて行った。

たどり着いた場所は広大な海が主役の崖の上だ。

雨が降っていて水面は波打っている。

そんな中、私は足を滑らせて崖から落ちた。

真っ逆さまに広大な海へと落下する。

すると黒い雲で覆われていた空がたちまち青空がスローモーションのように見せていった。

「はっっっ。」

言葉にもならないほぼ息のその今出た声は驚いた声なのだろうか。

それとも喜びなのだろうか。

それとも悲しみなのか。

どれかだとしても、いずれか私は消える。

現に今まさに指先から消えていっている。

まばゆい光を放ちながら...。

消え...。

「恵美さん。恵美さん!」

私は消え...。

「恵美さん!」

「レオ?」

暗黒の暗闇に一瞬染まった理由はただ単に目覚める最中であったらしい。

夢の中の荒々しいとまではいかないが波打つ海とは打って変わって現実は波立つ音さえも聞こえない程平穏であった。

とはいえ、夢の中と同じ場所、崖の上でこうやって寝ている状態はまさしく海から引きあげられたような。

というかレオにおにごっこで捕まったような感覚。

それはそれで気分は複雑。

これでも体力は自慢できる程ある。

おにごっこでレオに負けた事など無い。

「レオ、今から鬼ごっこしよ!」

「だからおにごっことか幼稚な遊びしたくありませんて、それにさっき頭ぶつけて倒れてたんですよ。もう少し寝ててください。」

「ちぇー。ていうか頭打ったっけ?」

見るからに呆れ顔になるレオは殴るポーズをした。

「わー!ごめんなさい。許してー!」


これは高校2年の坂口恵美と中学1年の磐田いわた怜央れお(レオ)の1ヶ月の物語。

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