今までの呪い、これからの呪い

白木錘角

第1話

「はい、それでは楽にしてください。ではあの事件について、話せる範囲でいいので教えていただけませんか?」


 もちろん無理をする必要はないですよ。あなたのペースで話してもらって構いません。そういって畑中はたなかと名乗る男は人の良さそうな笑みを浮かべた。


「はい……畑中……さんはいわゆる心霊現象やUMAって信じていますか?」


 我ながら馬鹿な質問だとは思った。


「そりゃまぁ。信じてないほうがおかしいでしょう。UMAは見たことないので何とも言えませんがね」


 おかしそうに畑中さんは笑う。僕も引きつった顔で笑う。ただ今の反応で腹をくくれたというか、少なくともまともに話ができそうな相手という感触は得られた。僕は再び膝の上で握られた手に視線を戻す。


「僕は、小さい頃から変なモノを呼び寄せる体質のようなんです。それもかなりタチの悪いモノを」


「というと? 霊感があるとはまた違うんですか?」


「はい。"普通"の幽霊は一切見えません。気配も感じませんし、心霊スポットに連れていかれた時も何かが起こったり見えたりすることはありませんでした」


 山間部の廃トンネルとか神社は別ですけど、と念のため付け足しておく。ああいう場所は、心霊スポットというよりは神域と呼ぶ方がしっくりくる。もっともこの差を理解してくれる人には中々出会えない。


「多分、僕が見る事ができるのは力の強い存在だけなんだと思います。一番初めは小学校の時でした。授業中に窓の外を見ていたら、校門のすぐ側に女の人が立っているのに気づいたんです。紺色のワンピースに真っ赤な傘をさしていて、よく晴れた日だったのに、雨の時の景色みたいに朧げにしか見えなかったのを覚えています」


 その時は怖いという感情はあまりなかった(当時の僕にとって幽霊と言えば井戸から這い出してくる人よろしく白い服というイメージがあったからだ)。ただはっきり姿が見えない事を不思議に思って眺めていると、瞬きする一瞬の間に彼女の姿は見えなくなっていた。


「けどその直後、クラスメイトの女の子がすごい悲鳴をあげたんです。振り返るとさっきの女の人が先生のすぐ横に立ってゲタゲタと笑っていました」


 律義に傘を折り畳み、天井につきそうな頭を揺らして笑っている女には目が無かった。異様に大きな口には上下一本ずつこれまた大きな歯が生えており、それが噛み合わされる度に拍子木のように軽快な音を鳴らしていた。


「それを見た時は恐怖より困惑する気持ちの方が強かったと思います。え? なんでさっきまで校門にいた人がここにいるんだ? というか何で目がないんだ?って感じで」


「まぁ咄嗟とっさの時には中々正常な判断ができないと言いますからね。それで、結局危害を加えられたりとかは無かったんですか?」


「幸い……と言っていいのか分からないんですが、僕には何もありませんでした。ひとしきり笑った後、その女の人は消えましたから。ただクラスメイトと先生がひどいパニックを起こして何人かは窓から飛び出して骨折、他の人も気絶した拍子に机の角に頭を打ったり壁にぶつかって大出血と滅茶苦茶な有様でした。でも不思議なもので、あの女の姿を見たのは僕だけなんですよね」


「と、言いますと?」


「他の人から聞いた話なんですけど、皆は急にとてつもない恐怖に襲われて、とにかくその場から逃げようとしただけなんだそうです。悲鳴を上げた彼女も同じく。だから他の人は何も見ていない。姿が見えなくても気配だけであんな事になるなんて、相当ヤバいモノだったんでしょうね」


 そこにいるだけで周りを狂わせる。そんな存在の近くにいたというだけで恐ろしいが、もっと怖い事がある。


「あれから20年、ずっと調べ続けているのに、未だにあの女の正体が分からないんです」


 ほら、八尺様っているじゃないですか?という僕の問いに、畑中さんはハッシャク……と首を曲げる。


「ま、まぁ、ネットで有名な厄介な神様みたいなものです。その八尺様みたいに伝承があるわけでもなければ、過去にそういう格好の人が事故や事件で死んだわけでもない。全くの正体不明。僕が今まで見た……引き寄せた連中は大体そうでした」


 中学も、高校も、大学も、そして今も。数年に一度のペースでそれらは現れる。悪霊なんかとはレベルが違う、近くにいるだけで人を発狂させる存在。現れる度に事故では済まされない規模の被害が出る。共通点は正体が一切分からない事と、僕だけは一切傷つけられない事。多分、僕の引き寄せる体質と何か関係があるんだろう。

 だから今回の奴が一体何者で、何でこんなことをしたのかなんて分からないんです。僕は強張った口を無理やり動かしてそう言った。

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