NTRれた彼女が僕に未練があるはずがない【短編】 アフター

僕は就職してから三年間、告白されても誰とも付き合うことは出来なかった。

大好きだったあの子に裏切られた事で交際をする気になれなくなっていたから。


そんな僕にしつこく告白してくる子がいた。

それだけ言うのなら信じて良いのかと考えるようになり、その子と交際を始めた。


交際してから彼女は満足したのか、それまでよりは落ち着いた関係になった。

『一緒にいると落ち着く』その言葉が嬉しかった。

『キスしよ』と彼女から求められた。

キスをしたのは最初の彼女以来…

僕たちは『ゆっくり関係を進めていこう』そう約束をしてキスをした。


その彼女が知らない男と視線の先でキスをしていた。


浮気をした彼女は、いや今までの彼女達も僕に未練があるはずがない、だから僕もこの関係を終わらせるために彼女達の元へ行く。


『僕たち別れよう』と告げるために。

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 視線の先で知らない男とキスをしている彼女の元へ足を進める。


 彼女の言った言葉が頭をよぎる。

『一緒にいると落ち着く』『ゆっくり関係を進めていこう』そう言った彼女の表情は今でも思い出せる。

 あの表情が嘘なら僕はもう誰も信じられない。


 だからこそ今の彼女は僕に気持ちを残していないと確信する。


 僕が彼女達の元へ歩いて行っているとその足音に気づいた二人がこちらに視線を向ける。

 驚いた表情を浮かべる彼女に向かって僕は別れを告げる。

「僕たち別れよう」

 それだけ告げて僕は踵を返す。


「えっ!?、待って!?」

 彼女の叫びにも似た声を振り切り僕は立ち去る。


 家に帰るまでの間に呆れるくらいの着信とメッセージが入っていた。

 言い分を聞いても元の関係に戻る事は無いと確信している。


 作り置きのアイスコーヒーをグラスに注ぎ喉を潤す。

 ブー、ブーとスマホが振動し画面には彼女の名前。受話に切り替えスピーカーモードで受ける。

『……もしもし』

「なに?」

『あのね、さっきのは誤解なの……』

「誤解もなにも、他の男とキスしてたのにその言い分が通じると思う?」

『……ごめん』

「もういいよ。から心が離れたって事だろ」

 普段はこんなふうに言う事はしない。キツく言う事を意識的に避けていた。

『っ!?』

「あの男とは続くといいな、じゃあ切るぞ」

『待っ———プー、プー』

 これ以上、言い訳を聞く気になれない。この後に及んで分かりきった嘘をつかれる方が気持ち悪い。スマホの電源を切りテーブルの上に置く。


 彼女(元)との通話から一時間程過ぎた頃にインターホンが鳴る。

 この流れでウチに来るのが誰かは想像がつく。面倒臭い……

 玄関を開けると想像通り彼女(元)がいた。


「ごめん……」

「なにしに来たの?」

「そんな風に言わないで……」

 涙声でそんな事を言うけど、どの口がそれを言う。

「折角来たんだから荷物持って帰って」

 手提げ袋に彼女(元)の私物は詰め込んでいる。


「私の話も聞いて!!」

 逆ギレ気味に叫ばれたけど俺が聞いて実りのあるものとは思えない。

「なに、浮気した理由を話して俺の責任にして罪悪感から逃れたいの」

 ビクっと肩が跳ねる彼女(元)。


「ハァ〜、どうせ、俺の仕事が忙しくて一緒にいられなくて淋しかったとか言うんだろ?そんな理由なら聞きたくない」

 俺の言葉に俯いた彼女(元)。その手に荷物を持たせて玄関から外へ押し出す。そのまま扉の鍵をかける。


 少ししてから彼女(元)の泣き声が外から聞こえてきた。

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 彼に他の人とキスをしているところを見られた。


 最近、彼の仕事が忙しくてゆっくり会うことが出来ていなかったので淋しかったのはホント。


 彼の事を好きになったのは私の方が先だった。

 何度も告白してやっと付き合う事が出来た。凄く満たされた気持ちになって彼に一緒にいると落ち着くと告げた。その気持ちに偽りは無い。ううん、無かった。彼の今までの事も聞いた。だから、ゆっくり関係を進めていこうと切りだした。


 そのうちにお互い仕事が忙しくなって会える時間が減ってきた。

 彼との日々はとても満たされていて会えなくなると不安になった。

 この不安がなんなのか分からない。


 そんなある日、部署替えで移動してきた男性に言い寄られるようになった。

 彼がいるからと断り続けていたんだけど、会社の集まりでお酒を飲んだ時に気が緩んだ私はその席で彼に会えない愚痴をこぼした。


 女性の同僚は一時の事だから我慢しなさいと言ってくれた。

 男性はその話題に触れないようにしていた。多分、思い当たるところがあるんだろうなと思った。


 それからも言い寄る男性をなんとか躱していたんだけど、ある日、仕事でミスをした私を助けてくれた。お礼をしたいと告げると『一度だけでいいからデートしてくれ』と言われ、『食事だけなら』とその申し出を受けた。


 それが間違いの始まり。

 食事の時もそれから後の仕事中も私に気遣ってくれるその男性の事が気になり始めた。


 会えない彼より優しく接してくれる身近な男性。いつの間にか私は彼よりその人の事が気になり始めていた。

 彼にキスを見られたあの日は仕事の打ち上げを居酒屋でして私は先に帰るつもりで外に出た。それを見送りに出てきたあの人と別れづらくてつい手を握ってしまった。そのまま肩を抱かれ近づいてくる唇を拒む事ができなかった。

 久しぶりにした優しいキスは私の気持ちを優しくほぐしていった。

 拒めないままキスをしているところに誰かの足音。


 顔をあげたそこには厳しい表情を浮かべた彼がいた。

 私の心臓は握り潰されるかという程に痛んだ。

「僕たち別れよう」

 それだけ告げて彼は立ち去って行く。

 私の叫びを聞き入れる事なく去る彼を追いかけようとして男性の手を振り払う。その時にはもう彼の姿は見えなくなっていた。


 電話もメッセージにも反応は無い。

 私は彼と別れたく無い。でも、淋しさから彼を裏切ってしまった。


 暫くの間、気持ちを落ち着かせてもう一度彼に電話をかける。

 彼なら説明すれば許してくれる。

 そう思っていた。なのに結果は違っていた。

 今まで言われた事のない強い口調で拒絶された。

 なんと答えたのかは自分でも思い出せない、ただ彼の元に行って謝りたい。許して欲しいそれだけ考えて彼の元に向かった。



 彼の部屋から追い出された私はその場で泣き崩れた。

 どれくらい泣いたか分からないけど、彼の隣の人から注意されてその場を後にした。


 家に帰ってからも後悔だけが残った。

 その晩は横になっても眠る事ができずに翌日は会社を休んだ。


「もう一度、彼のところに行って謝りたい……」

 そう呟いても拒絶される事は分かりきっている。

 あの時が初めてのキスでそれ以上の関係はない。そう言ってもそんな事は関係ない。私が彼を裏切ってしまった。その事実はいつまでも残り続ける。


 どれだけ悔やんでもどうしようもない。

 夜になって彼に電話をかけて『会いたい』と言ったけどそれは聞き入れられなかった。『俺達は別れたんだ、二度とかけてくるな』と完全に拒絶された。


 一週間の間、悔やみ、仕事も手につかない状態で過ごした。キスをしたあの人も今の私に寄り添ってはこない。

 あたりまえか、こんな面倒臭い状態の私に言い寄ってくる筈もない。


 もう一度彼に逢いたい。

 その想いだけで彼の家に向かった。時間的に彼はまだ帰ってない筈だから家の前で待つつもりでいる。


「お帰りなさい」

 帰ってきた彼にそう告げる。彼は無言で私の横を抜けてゆく。

「待って」

 腕を掴んで引き留める。

「はぁ、なにしに来た」

「ごめん、話がしたくて」

「俺は話す事は何も無い」

「うん、それでも、許して欲しくて話をしに来たの」

「それ、本気で言ってる」

「うん、許して欲しいと本気で思ってる」

 彼の目を見て真剣に答える。

「俺はもうなんとも思ってないし、許して欲しいと言うのであれば許すよ。そのうえで言わせてもらう。信頼関係を築けなかった俺たちは一緒にいるべきじゃない。今後、関わらないようにしよう。それだけだ」


「もう、やり直せないの……」

 涙を堪えて訴えかける。

「一度裏切ったヤツはまた裏切るからな、やり直すとか有り得ない」

「でも、私も反省してるのよ……」

「いや、無理だから帰ってくれ」


 ドアの前に立っていた私を押し退けて彼が鍵を開ける。

 さっと部屋へ入る彼を私は引き留める事ができなかった。

 惨めに縋る事さえも許してくれそうに無い、初めて見る彼の態度。


 彼の言った許すという言葉には関係の修復は含まれていなかった。もう、私に関心が無いから許すと彼はそう言ったのだ。

 言葉でも、態度でも彼はそれを表した。


 いつの間にか彼の優しさを当然の事のように受け止めていた。付き合い始めた頃にはとても嬉しかったその事をあたりまえと感じるようになっていた。


 淋しい気持ちをちゃんと彼に伝えていれば違ったのかなあ……

 今更そんな事を考えてももう彼は私の元へは戻って来ない。

 彼の気持ちを考えなかった私は本当の意味で彼に許される事はない。


 その事に気づいた私は溢れる涙を堪える事ができずに嗚咽をこぼした。



 それから少しして私は仕事を辞め、実家に戻った。

 あの町で暮らすには彼との思い出が多過ぎる。


 失ってからその大切さに気がつくとはよく聞く話だけど本当にそうだった。

 今も後悔に涙を溢す事がある。


 もう二度と会ってはくれないだろう彼の事を私は忘れられずにいる。


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 咲夜様から最後の彼女視点が見たいとのリクエストがありましたので書いてみました。何分時間が空いているもので纏めるのに苦心しました。

 整合性のとれていないところもあるかもしれませんが許してください。


 この彼女は淋しさから他の男性に惹かれていった訳ですけど、バレるのがもっと後ならここまで彼に気持ちを残す事なく別れていたと思います。

 今回の事を教訓にする事ができれば浮気をする事はないでしょうけど、できなければまた同じ様に淋しくなったからと言って他の男性に心変わりするんでしょうね。

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