後継者

「陛下、どうぞこちらへ」


 既にロクサーヌ皇女が登壇している中、私は国王陛下を調印の場へと案内する。


 だが。


「……いかがなさいました?」

「うむ……皆の者、よく聞くがよい! 此度こたびのカロリング帝国との調印においては、余の名代・・であり後継者・・・である、第一王子のディートリヒが執り行う!」

「「「「「っ!?」」」」」


 突然の国王陛下の宣言に、この場にいる全ての者が声を失った。

 特に、オスカーに至っては明らかに狼狽ろうばいしている。


 このまま、沈黙が続くかに思えた、その時。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

「王太子殿下、万歳!」

「国王陛下、万歳!」

「エストライン王国に栄光あれ!」


 周囲にいた民衆達が熱狂の声を上げ、私を……祝福してくれた。

 だが、どうして皆はそのように喜んでくれるのだ?


 私は……“冷害王子”だったのだぞ……?


「ハハハ、民はよく分かっておる。この二年の間、お主がいかに余の課した任務に取り組み、民達に寄り添ってきたのかを」

「あ……」


 確かに私は、任務の大小にとらわれることなく、この国が……民達の暮らしが良くなるならばと、精力的に取り組んできたのは事実だ。

 だが、だからといってこれまでの評価が、そんな簡単に変わるものでもないことは知っている。


 なのに……なのに……っ!


「さあ……そのように泣いておらず、見事、余の代役を果たしてみせよ」

「陛下……!」


 国王陛下に背中を押され、私はゆっくりと壇上へと向かう。


「うふふ……やはり、ディートリヒ殿下と手を結んだのは間違いではありませんでした」

「ロクサーヌ殿下……」


 ロクサーヌ皇女は、そう言ってニコリ、と微笑んだ。


「さあ、調印を済ませてしまいましょう。私も、王太子殿下・・・・・に後押ししていただきたいですから」

「は、はは……」


 おどけるロクサーヌ皇女を見て、私は涙をこぼしながら苦笑する。

 そして、私は最も愛する女性ひとへと視線を向けてみると……リズは、私と同じように口元を押さえながら、大粒の涙をこぼしていた。

 離れて控えている、ハンナも、ノーラも。


 その後、無事に調印を済ませ、皆の歓声と拍手に包まれながらロクサーヌ皇女と握手を交わした。


 だが……私の署名が、にじんでしまった上に下手くそなのはご愛嬌だ。


 ◇


 その後も、祝賀会で予定していた式典はつつがなく進む。

 もちろん、オスカーやシャルル皇子による妨害は一切なく。


 そして。


「それで……できれば、何故このような真似をしたのか、話してくれると助かるのだが」

「…………………………」


 式典の合間を縫い、私は今、祝賀会を失敗させるために忍ばせていた刺客と接触しようとした、コレット令嬢と対面している。

 もちろん、ロクサーヌ皇女も同席して。


「コレット……どうしてなのですか……?」


 瞳に涙を溜め、ロクサーヌ皇女が震える声で尋ねた。

 子どもの頃から一緒だったのだ。その心中、察するに余りある。


「答えずとも、さすがに王国内でこのような行為を見過ごすわけにはいかない。残念だが、コレット殿については王国の法に則り、処罰を行うこととなる」

「っ!? ディ、ディートリヒ殿下!? コレットには何か事情があるに違いありません! どうか、寛大な処置を!」


 私が静かにそう告げると、ロクサーヌ皇女は縋りながら必死に訴える。


「そうはまいりません。私も一緒に王立学園で机を並べる者として思うところもありますが、それでも、この私が間違えるわけにはいきません」


 そうだ、私は国王陛下の後継者なのだ。

 一歩間違えば民衆に被害が及んだやもしれぬことを、許すわけにはいかない。


 真に優先すべきは国であり、民なのだから。


「……正式な処罰は裁判を経てということになりますが、祝賀会の妨害を目的としたテロ行為への共謀、扇動、暗殺未遂……おそらくは、極刑となるでしょう」

「あ……ああ……!」


 私の無情の言葉に、ロクサーヌ皇女が泣き崩れた。


「……どうして」

「む?」

「どうして、ディートリヒ殿下は私がロクサーヌ殿下のだと分かったのですか?」


 抑揚のない声で、コレット令嬢が尋ねる。


「簡単な話だ。君がシャルル皇子に加担していることを、命を賭して伝えてくれた名もなき侯爵子息がいた。それだけだ」

「……そう、ですか」


 コレット令嬢は、そう一言だけ呟くと、そっと目を伏せた。


「さて……それで、君と繋がっていた者を明らかにしてもらえれば、それなりの恩赦を与えることもできるのだが……」

「っ!」


 そう持ちかけた瞬間、ロクサーヌ皇女が勢いよく顔を上げた。


「コレット! 全てを話すのです! そうすれば、あなたが助かるのですよ!」


 ロクサーヌ皇女はコレット令嬢の両肩をつかみ、必死に詰め寄る。

 何としてでも、彼女を救いたいという想いで。


「……今さら私が助かったところで、実家・・はもう……」


 なるほど……失敗した家とシャルル皇子との繋がりがばれぬよう、先に潰しにかかる、か……。


「だが、友好国であるエストライン王国が処罰する格好となるのだ。そのような真似をしたところで、首謀者・・・はただでは済むまい。何より、いくら大国カロリング帝国とはいえ、周辺国との軋轢あつれきは避けたいであろうしな」

「…………………………」

「まあ、祝賀会が終わり次第、裁判を執り行う故、それまでゆっくりと考えるのですな。ロクサーヌ殿下、後はお任せします。イエニー、行くぞ」

「はい」


 私はロクサーヌ殿下とコレット令嬢を置き去りにし、その場から立ち去った。

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