父と子

「ディートリヒ殿下、いよいよですな」


 大勢の貴族や騎士達が王宮正門に集結し、今日の祝賀会の開催を待ちわびる中、隣にやってきたフリーデンライヒ侯爵が声をかけてきた。


「はい……今日、私は国王陛下の名代として、皆の前に立ちます」


 それに加え、カロリング帝国代表として参列するロクサーヌ皇女とも、互いに次の後継者・・・・・として手を取り合う姿をアピールする手筈となっている。

 これにはオスカーもシャルル皇子も、悔しさで歯噛みしているに違いない。


「クク……実を申し上げますと、私はディートリヒ殿下とマルグリットの婚約には反対をしておりました」

「……でしょうな」


 あの時の私の評価は、何の感情も持たない、第一王子というだけの邪魔者、“冷害王子”だったのだ。

 そんな男に、可愛い娘を喜んで差し出す親など、いようはずもないからな。


「ですが、我が娘ながらまさに慧眼と言わざるを得ませんな。そして、私の目が曇っていたことも」

「フリーデンライヒ閣下、それは違います。私はあなたの大切な娘であるリズのおかげで、このように変われたのです。真に素晴らしいのは彼女です」

「……そのようにお褒めいただき、父親冥利に尽きます」


 私達がそんな会話をしていると。


「「殿下! おめでとうございます!」」


 グスタフとメッツェルダー辺境伯が、腕を組みながら笑顔でお祝いの言葉をかけてくれた。


「はは、ありがとございます。グスタフも、王都を出立する前よりも随分と肌艶が良くなったように見えるが……?」

「で、殿下!?」


 私は含み笑いしながらグスタフを見やると、彼は顔を真っ赤にしながらわたわたと手を振る。

 はは、分かりやすいな。


「これは、二人からめでたい話を聞ける日も近いかもしれんな」

「「でで、殿下!」」


 さて、二人を揶揄からかうのはそれくらいにして。


「ハンナ」

「……既に全員・・配置についております」

「うむ」


 そばに控えていたハンナに声をかけると、彼女は一礼した後、そう答えた。

 これで、全ては整った。


 リズも、第一王妃や第二王妃の隣で、ノーラと共に見守ってくれている姿が見える。

 来賓の席には、ロクサーヌ皇女とコレット令嬢も。


「ディートリヒ殿下」

「うむ」


 私は皆に向かって、右手を高々と掲げる。


「これより、祝賀会の開会を宣言する!」


 ◇


 ――ワアアアアアアアアア……!


 大通りに集結した王都中の民衆に応えるように、国王陛下、そしてその名代である私は、馬車の上から手を振りながらゆっくりと進む。


 これから、中央広場においてエストライン王国とカロリング帝国、両国の友好を確認するための調印式を行う予定となっている。


 その後三日間、王都では祝賀の祭りが行われる。

 これには、王族も、貴族も、民衆も、分け隔てなく賑やかに祝えるようにと用意した。


 もちろん、私もリズと共に祭りを楽しむ予定だ。


 すると。


「ディートリヒよ」


 国王陛下が、唐突に声をかけてきた。


「はっ、何でございましょうか」

「二年前までのお主は、感情をおもてに表すこともなく、ただ第一王子としての役割をこなすのみで、無為に過ごしておった」

「……はい」

「これについては、余がテレサ……いや、その後ろにおったヴァレンシュタイン公に余計な気遣いを見せてしまったばかりに、お主にはつらい思いをさせてしまった。一人の父として、心より謝罪する」


 そう言うと、国王陛下がまさか、深々と頭を下げた。

 そのあり得ない姿に、私は困惑する。


「っ!? お、おやめください! 国王陛下がそのような……!」

「よいのだ……そんなお主が、少しでも心を取り戻せればと、フリーデンライヒ卿に頼み、マルグリットと引き合わせたのだ」


 そうか……私とリズとの婚約には、国王陛下のそのような想いがあって……。


「ハハハ……あの時の余の判断は、間違いなかった。なにせ、このような立派な後継者・・・に育ってくれたのだからな」

「陛下……」


 頬を緩める国王陛下の姿に、私は目頭を熱くさせる。

 陛下は……父は、これほどまでに私のことを想ってくれていたとは……。


「うむ。王太子の儀はお主が十八を迎えるころに、と考えておったが……もっと早めることとしよう。それさえ済めば、もう思い残す・・・・・・ことはない・・・・・

「っ!?」


 ま、まさか……っ!?


「そ、そのような気弱なことを……まだまだ、陛下はこの国になくてはならぬ御方。それに、私はまだ陛下より何一つ教わってはおりません。どうか、私をお導きください」

「ハハ……そうしたいのはやまやまだが、余の存在こそ、誰も望んではおらぬ」


 やはり……自身が狙われていることを知って……。

 そして、前の人生での国王陛下の死因も、何者かの手によるものだったか……。


「いいえ、この私めが陛下を望んでおります。これから先、いかなる者が陛下に魔の手を伸ばそうとも、仲間・・と共に全て打ち滅ぼしてみせましょう」

「そうか……仲間・・、か……余に最も足らなかったものは、まさにそれであるな……」

「陛下……」


 寂しく微笑む国王陛下を見て、私は唇を噛む。


「ふむ……広場に着いたな」

「はい……」

「ハハハ、そのような顔をするな。今日は我が息子の晴れ舞台、笑顔で送ろうぞ」

「は、はい」


 国王陛下は私の背中を叩くと、破顔した、

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