勝利の喜びを共に

「で、殿下!?」


 謁見の間から出てきた私を見て、あのハンナが珍しく困惑の表情を見せた。

 どうやら、感情が上手く隠せていないようだ。


 はは……あの人形と呼ばれ、“冷害王子”と蔑まれるほどに感情を見せることのなかったこの私が、な……。


「ハンナ、今すぐリズのところに向かう。それと、ノーラも一緒に連れて行くぞ。イエニーは……さすがに、コレット令嬢の監視を外すわけにはいかないか……」

「ノーラも!? い、一体、国王陛下からどのようなお話があったのでしょうか……」

「それは、二人が揃った時に説明する」


 私は急ぎ王宮の玄関へ向かい、ハンナはノーラを呼びに行く。

 そして三人で馬車に乗り込み、王立学園へと向かった。


「…………………………」

「「…………………………」」


 無言の私を見て、二人も緊張した面持ちでいる。

 ふむ……上司であるこの私が、部下にそのように気を遣わせてはいかんな……。


「心配しなくてもいい。決して悪い話などではない」

「……そうですか」


 ハンナは抑揚のない声で答えたが、その瞳には明らかに安堵の色がうかがえた。

 ノーラも、ホッと胸を撫で下ろしている。


 ああ……早く、リズに逢いたい!

 逢って、このことを伝えたい!


 リズは喜んでくれるだろうか。微笑んでくれるだろうか。

 私は……とうとう、ここまで来れたのだ……!


 馬車が王立学園に到着すると、私は逸る気持ちを落ち着かせるため、わざとゆっくりと馬車から降りる。

 もちろん、続くハンナとノーラをエスコートして。


「この時間だと、リズは授業を受けているか……」

「殿下、私がマルグリット様をお呼びしてまいります」

「うむ」


 ハンナはそう言うと、教室へと向かった。


「ノーラ、二人が来るまで私達はここにいよう」

「はい」


 私とノーラは、二人が来るのを待っているのだが……こうやって、ノーラと二人きりになるという機会は、そうそうない。

 せっかくなので、気になっていることを聞いておこうか。


「ところで……その後、リッシェ子爵家はどうだ? 何か困ったりしていることはないか?」

「あ、は、はい! おかげさまで、今では領内も安定しております! ただ……」

「む、なにかあるのか?」

「い、いえ……実はグロースホルン山から流れている川が、その……金が流れるようになりまして……」


 ノーラが少し恐縮した様子で、おずおずと告げる。

 ああ……そういえば、元々はコレンゲル侯爵も、あの山にある金鉱脈を狙っておったのだったな。


「はは……ならばそれは、コレンゲル侯爵から大切な山を必死で守ったリッシェ家に対し、女神ダリアが感謝の気持ちを届けてくれたのかもしれんな」

「あ……は、はい!」


 私がそう言うと、何故かノーラは頬を赤らめた後、笑顔で涙をこぼしてしまった……。

 う、ううむ……何か余計なことを言ってしまっただろうか……。


「ディー様、何かおありなのでしょうか……?」


 ハンナと共にやってきたリズが、心配そうに私とノーラを交互に見つめる。

 どうやら、泣いてしまったノーラを見て、よからぬことがあったのではないかと、勘違いしてしまったようだ。


「う、うむ……国王陛下との謁見の件で、至急伝えたいことがあってな。ここでは何なので、別の場所へ移動しよう」

「殿下、既に部屋は確保しております」


 私の言葉に、ハンナが一礼しながらそう告げた。

 本当に、ハンナは優秀だな……。


 ということで、私達はハンナが用意してくれた部屋へと向かった。


 そして。


「「「…………………………」」」


 三人が、私の言葉を今か今かと待ちわびている。

 そうだな……ここまでついて来てくれた、大切な人達に伝えよう。


 我々の、一つの勝利・・を。


「三人も知ってのとおり、私は今日、国王陛下と謁見した。内容は、一か月後に開催されるエストライン王国とカロリング帝国の友好を記念した祝賀会を、無事に執り行うようにとのことだ」

「はい……」


 リズは、私の説明に頷いた。

 まあ、ここまでは既定路線であるからな。


「そして……国王陛下からはこうも告げられた。国王陛下の・・・・・名代・・として、期待している、と」

「「「っ!?」」」


 それを聞いた瞬間、三人が一斉に息を飲む。


 そして。


「あ……ああ……!」

「殿下……殿下……!」

「や、やりました……!」


 三人は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。

 あの、普段は感情を露わにしない、ハンナまでもが。


「ああ……これも、全ては三人の……みんなのおかげだ。本当に、ありがとう……」


 私は、三人に向かって深々と頭を下げた。

 最大限の、感謝の気持ちを捧げるために。


「ディー様!」

「「殿下!」」


 感極まった三人が、私の胸に飛び込む。


 そんな彼女達を、私は優しく抱き留め、この喜びを共に噛みしめた。

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