震える心

「……やはり、コレット令嬢だったのでしょうか……」


 王都へと帰還した日の夜、私とリズは学園の中庭にあるベンチに並んで座っていた。

 せっかくの二人きりの夜であるのに、気分は晴れない。


「うむ……あの反応からして、コレット令嬢がシャルル皇子の間者であることは間違いないであろう。ただ、昔からの友人であったはずのロクサーヌ皇女を裏切った理由は、詳しく知りたいものだがな」


 ロクサーヌ皇女の話によれば、コレット令嬢は幼い頃から従者として付き従っておったそうだし、当然ながらロクサーヌ皇女への情もあるだろう。

 にもかかわらず、このようにシャルル皇子になびいたのだ。余程のことがあるに違いない。


「……信頼している者に裏切られるのは、さぞやつらいだろうな……」


 私は、月を眺めながらポツリ、と呟く。

 前の人生では、そもそも私は誰も信頼してはいなかったし、誰も信頼を寄せてはくれなかった。

 だから、裏切られたとしても、『ああ、そうであろうな』くらいの感覚でしかなかった。


 だが……今は、あまりにも信頼する者達が増えた。

 そして私の中に、皆の信頼を裏切りたくないという想いも。


「ディー様……私は、たとえどのようなことがあっても、ディー様を裏切ることはありません。たとえ、あなたが私を裏切ったとしても」


 私の手を強く握りしめ、リズが凛とした表情でそう告げる。


「私もだ。いかなることがあったとしても、リズを裏切ったりはしない。たとえ、リズが私から離れたとしても」

「……私は絶対に、あなた様から離れませんから」

「そうか……私も、君を手放すつもりはない」


 私は、リズの華奢な身体を抱き寄せた。

 このような小さな身体に、これほどまでの情を内に秘める彼女。


 私の、世界一の宝物。


「リズ……」

「ディー様……ん……ちゅ……」


 月明かりが照らす中、私とリズは、お互いの想いを示すかのように、口づけを交わした。


 ◇


「殿下、少々よろしいでしょうか?」


 次の日、朝食を終えて支度をしていると、ハンナが私の部屋へとやってきた。

 一応、学園生活においては身の回りのことは個人で行うことが原則であるため、たとえ王族であろうと従者を置くことができない。


 なので、ハンナも学園寮においては基本的に別行動なのだが……わざわざこのタイミングで部屋に来たということは……。


「……何か動きがあったか?」

「はい……イエニーの報告によると、昨夜、コレット令嬢がオスカー殿下の従者であるオットーと接触したとのことです」

「そうか……」


 オスカーと繋がっているということは、つまりシャルル皇子とも繋がっているということがこれで証明された。

 あの刺客のフリをした侯爵子息は、そのことを伝えるために命を賭して来たのだな。


 だが、あえてこのタイミングで侯爵子息が来た理由を考えてみると、ロクサーヌ皇女の身の危険が間近に迫っていると考えたほうがよさそうだ。


「ハンナ、ロクサーヌ皇女関連の催事で、直近に何がある?」

「はい。一か月後、エストライン王国とカロリング帝国の友好を記念した祝賀会が開催予定です。そして、ロクサーヌ殿下がカロリング帝国の代表として参加されます」

「なるほど、な……」


 これで、色々と話が見えてきた。

 要はその祝賀会の場において、ロクサーヌ皇女を亡き者にしようという考えか。


「となると……早ければ今日、明日中には、王宮から呼び出しがあるかもしれんな」

「呼び出し、ですか?」

「ああ」


 ハンナの問いかけに、私は頷く。

 そもそも、ロクサーヌ皇女のホストを務めているのはこの私とリズだ。

 ならば、記念祝賀会について取り仕切るよう、国王陛下から直々に命ぜられるだろう。


 だが。


「ははっ」


 私は、思わず笑ってしまった。

 おそらく、オスカーもコレット令嬢も、私が二人の繋がりをつかんでいるとは思っていまい。


 なら……その祝賀会で、オスカーを地に落としてやるとしよう。


 ◇


「お主も知ってのとおり、きたる一か月後、カロリング帝国と我がエストライン王国の友好を記念した祝賀会を開催する。ディートリヒよ、その祝賀会をお主が執り行うのだ。無事、務め上げてみせよ」


 案の定、私は王宮から呼び出しを受け、謁見の間にて正式に国王陛下から任務が下った。

 そんな国王陛下のかたわらにいるラインマイヤー伯爵は、苛立ちを隠せない様子でいる。


 それもそうだろう。

 大国カロリング帝国との祝賀会の指揮を任されたということは、エストライン王国を代表することと同義。

 これだけで、国王陛下の私に対する扱いを内外に示すことになるのだから。


 ただし……無事に成功させれば、の話だが。


「かしこまりました。その大役、見事果たしてみせましょう」


 膝をつき、こうべを垂れながら私は答える。


「うむ。余の名代・・として、期待しているぞ」

「「「「「っ!?」」」」」


 国王陛下の言葉に、謁見の間にいる者達が騒然となった。

 それはもちろん、この私自身も。


 い、今の言葉の意味は、つまりはそういうことでよい、のだろうな……。


「はっ! 必ずや、素晴らしい祝賀会にしてみせます!」


 私は震える心を必死に抑え込みながら、国王陛下に応える。


 そんな私を見ながら、国王陛下は頬を緩め、頷いた。

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