誓いの口づけ

「聞いたわよ! 殿下が刺客に襲われたって、本当なの!?」


 メッツェルダー辺境伯の屋敷に戻ると、肌をほんのり朱色に染め、濡れた髪の彼女が慌てて問い詰める。

 その後ろには湯気をまとっているグスタフもおり、二人共仲良く温泉に入っていたようで何よりだ。


「メッツェルダー閣下、ご心配なく。刺客はこのハンナが仕留めました。今は憲兵が刺客の死体を引き受け、調査を行っているところです」

「そ、そう……」


 メッツェルダー辺境伯は見るからに安堵の表情を浮かべたかと思うと、すぐに眉を吊り上げた。


「……私の街でそんな真似をするなんて、いい度胸じゃない! 絶対に首謀者を見つけ出して、八つ裂きにしてあげるわ!」

「このグスタフ、一生の不覚……!」


 ああー……オスカーか第一王妃か、はたまた下の者の仕業かは分からんが、バレたらただでは済まんだろうな。本当に、馬鹿な真似をしたものだ。


「それにしても……どうして私達が、この街に来ていることをつかんだのでしょうか。今回の件はお忍びだったはずですのに……」


 リズがポツリ、と呟く。

 そう……ラインズブルックの街に来ることを決めたのも、メッツェルダー辺境伯から手紙を受け取った次の日でもある上に、行き先はイエニーやフリーデンライヒ侯爵といった数名にしか伝えていない。


 なら、この街に先回りし、なおかつ数ある店の中からあのカフェで待ち伏せをするなんて、普通なら考えられない。

 ……どこかに、私達の行動を監視しているか、もしくは内部にオスカーや第一王妃の間者がいるか、そのどちらかだろうな。


「……王都に戻ったら、害虫のあぶり出しをせねばな」

「殿下、お任せください。この私が、一匹残らず駆除してみせます」

「わ、私もです!」


 私の言葉に、ハンナとノーラが気合いを入れる。


「それは頼もしいが……いいか二人共、絶対に危ない橋を渡ろうとするな。二人はもはや私にとって、かけがえのない存在なのだからな」

「……もちろん、承知しております」

「はい……!」


 二人の瞳を見て、私は満足げに頷いた。


「あらあら。本当に殿下って、結構な人たらし・・・・よね。私やグスタフまで巻き込んじゃうほどに」

「そ、そうでしょうか……」


 元々、前の人生では不器用が過ぎてリズとグスタフ以外からは全員に疎まれておったから、そのような覚えはないのだが……。


 だが。


「メッツェルダー閣下にそう言っていただけるようになれたのは、私がリズに出逢えたからです。そして、ハンナやノーラ、グスタフ、もちろんメッツェルダー閣下にも。そんなたくさんの出逢いがあり、今の私がおります」

「ディー様……」

「「殿下……」」

「ハハハ……いやはや、殿下は本当にお変わりになられました……」

「あらあら、私も殿下の成長に一役買えたなら嬉しいわね」


 私は愛する女性ひとと、そして、この素晴らしい仲間達と微笑み合った。


 ◇


「ふう……」


 メッツェルダー辺境伯による私達の歓迎の晩餐会が終わり、私は一人、屋敷に備え付けられている温泉に一人浸かっている。


 一応、この温泉は男女の隔てはないとは聞いているが、その……さすがにリズと一緒に入る勇気はまだない。

 そもそも前の人生においても、リズとそのような・・・・・関係・・を持ったこともない故……。


「だが……私が名実ともに王となり、リズが王妃となった、その時は……」


 その時こそ、私はリズと一緒にまたここへ来よう。

 そう決意し、温泉の湯で顔を洗う…………………………ん?


 水面に映る人影を見て、顔を上げると。


「殿下……」

「リ、リズ……!?」


 そこには、ローブをまとったリズが立っていた。

 月明かりに白い肌が照らされ、幻想的に見える彼女の姿に、私は心を奪われる。


「そ、その……ご一緒しても、よろしいでしょうか……」

「あ、も、もちろんだとも!」


 私は上ずった声で、恥ずかしそうにうつむくリズを招き入れた。


「と、ところで、どうしたのだ……? 寝つけなかったりしたのか?」

「いいえ……ハ、ハンナが、ディー様が温泉に向かわれたと、教えてくれたものですから……」

「そ、そうか……」


 なるほど……ハンナめ、わざわざリズに私の行き先を教えたということだな。

 だ、だが、いきなりのことで思わず緊張してしまうな……。


 私はチラリ、と湯船に浸かるリズを見やると……湯気の中で浮かび上がるリズの細い首筋や、ローブからのぞく鎖骨や胸元が目に入ってしまった……。


「ディー様……その、今日はご無事で何よりでした」

「え!? あ、ああ、うむ……ハンナがいてくれたおかげで助かったな」


 リズの身体に釘付けになっていたところに話しかけられ、私は思わず身体を硬直させてしまうものの、かろうじて平静を装った。


 すると。


「っ!?」

「ディー様……よかった……よかった……っ!」


 リズは私の胸に飛び込み、肩を震わせる。

 ……そうか、彼女は皆に弱気な姿を見せまいと、必死でこらえていてくれたのだな……。


 そんなリズの想いが嬉しくて。


「あ……ディー様……」

「リズ……私は、絶対に死んでなどやらぬ。死ぬのは、君と共に天寿を全うした時だけだ……だから」


 涙をこぼしながら、胸の中で私の顔をのぞき込むリズ。


 私は、そんな彼女の顎を持ち上げ……。


「ん……」


 ――その紅い唇に、そっと誓いの口づけをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る