生徒会長への立候補

「兄上、ちょっといいですか?」


 席を立ち、教室を出ようとすると、まるで見計らっていたかのように、オスカーがオットーを連れて声をかけてきた。


「……なんだ?」


 私は、ジロリ、とオスカーを睨む。

 おそらくは、ロクサーヌ皇女に関することだとは思うが、それにしてもいちいち絡んでくるのはやめてもらいたいものだ。


「いや、実は学園の生徒会に関してなんですが」


 意外にも、別の話題だった。

 ふむ、生徒会か……。


 元々、生徒会は王立学園の子息令嬢の中で最も身分の高い者が生徒会長を務め、学園を運営するというものだ。

 まあ、実際にはそのようなものは形骸化されており、ただの特権階級にサロンを与えるための特典に成り下がっている。


 とはいえ、このように学園に王位継承権のある王族が二人もいるような場合は、どちらが生徒会長になるかは王太子選抜に当たっての判断材料の一つにはなり得る。

 やはり、学園の子息令嬢を束ねることができてこそ、国を束ねることができるのだから。


「生徒会がどうかしたのか?」

「いえ、兄上は興味ないでしょうから、僕が生徒会長になろうと考えているのですが……」


 オスカーの言うとおりではあるが、面と向かってそう言われるとそれはそれでかんに障るな。


「……好きにしろ」

「あはは! ありがとうございます! では、そういうことですので!」


 オスカーは嬉しそうにしながら、オットーを連れて教室を出て行った、


「ディー様……よろしいのですか?」

「構わない。確かに、生徒会長になれば学園側に対して一定の権限が与えられる上、認められた者しか入室ができないサロンを手に入れられるのは魅力的に映るかもしれないが、私には無用の長物だ」


 心配そうに尋ねるリズに、私は微笑みながらそう答えた。

 前の人生を経験していなければ、私も生徒会長の座を手に入れようと考えたかもしれない。


 だが……今の私は、充分な実績を積み、オスカーと違って様々な任務を与えられるまでに至った。

 そのおかげで、学園側も私に配慮するようになり、今日の昼食の時のように来賓用の部屋をすんなり借りることも可能だ。


 今さら、生徒会長などという地位を得たいとも思わない。


「……ですが、オスカー殿下が生徒会長に居座るというのは、私も気分がよいものではありません」

「ハンナは相変わらず容赦ないな」


 表情は変わらないものの、ハンナの声は不機嫌であることを物語っていた。

 まあ、彼女は嫌いな者に対しては、言葉がかなり辛辣になるのですぐ分かるが。


 そうして、私達は今度こそ教室を出た。


 ◇


「殿下、手紙が届いております」


 ロクサーヌ皇女が留学してから一か月。

 学園寮の談話室でリズと会話を楽しんでいると、ハンナが手紙を持ってきてくれた。


「……ディー様、どなたからですか?」

「む……ああ、メッツェルダー辺境伯からだ」


 まるで疑うように尋ねるリズに、私は手紙の差出主を答えた。

 だがリズよ……私達は片時も離れたことがないのだから、君が考えているようなことは起こり得ないのだが……。


「どれどれ……ふむ、どうやら判断に困る案件があるから、一度ラインズブルックの街に来てほしいとのことだ」

「判断に困る案件、ですか……」

「ああ」


 とりあえず手紙にあるのは、想定どおりロクサーヌ皇女を狙って刺客が入り込んでおり、その都度諜報員や準備しておいた憲兵によって取り締まっている状況ではあるが、その中で、身分の高い者が刺客の一人にいたというものだった。


「……なんでも、その捕えた刺客というのがカロリング帝国の侯爵家の長男だったらしい」

「侯爵家の子息が刺客ですか!?」


 まあ、リズが驚くのも無理はないな。

 普通に考えて、侯爵家の、しかも後継者であるはずの長男が刺客になるなど、絶対にあり得ない。


「うむ。メッツェルダー辺境伯が直々に尋問に当たっているらしいが、一向に答える様子はないらしい。ただ……」

「ただ?」

「私との一対一の面談でなら、話をするつもりはある、と言っているらしい」

「っ! 無礼な!」


 私の説明に、リズが激昂した。

 それはそうだろう。大国カロリング帝国の侯爵子息とはいえ、第一王子になら話してやってもいいと宣っているのだ。無礼というほかあるまい。


 だが。


「リズよ。私は明日にでもラインズブルックの街へ向け出立しようと考えているが、できれば君にも一緒に来てほしい」

「当然です。私はいつもディー様と共に」


 私のお願いに、リズは胸に手を当てて頷いてくれた。


「ハンナ、君にも当然ついて来てもらうが、その場合問題となるのが……」

「ご安心ください。念のため、イエニーを学園の生徒として在籍させております。私達の代わりに、オスカー殿下の動向の監視とロクサーヌ殿下の警護に当たらせます」

「はは、さすがはハンナだ」


 ハンナの言葉を聞き、私は満足げに頷いた。

 うむ。二人……いや、三人・・には、いつも苦労ばかりかけているからな。

 この機会を利用して、少し休養してもらうことにしよう。


「では、明日の朝にでも出発することにする。なあに、話をするだけなのだし、せっかくだからラインズブルックの街で少々羽を伸ばすことにしよう」

「あ……ふふ、それは楽しみです……」


 リズは私の手にその白い手を重ね合わせ、蕩けるような笑顔を見せてくれた。

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