女傑の援軍

「もちろん! この封蝋に押されている印が、その証拠です!」


 ボンホフ伯爵は、得意げに答えた。


 それを見た瞬間、私も、傍聴席にいるリズとハンナも、口を持ち上げる。


「ほう? 本当にこの私のもので間違いないか、その印を拝見しても?」

「もちろんです!」


 ボンホフ伯爵が、してやったりといった表情を浮かべながら、そばにいた法廷の職員に手渡し、私の元へと運ばせた。


「どれ……」


 私は便箋を手に取ると、まじまじと封蝋に押されている印を確認するが。


「……残念ながら、これは私の印ではありませんな」

「そんなはずはありませんぞ! まさか、我が王国の第一王子であらせられるディートリヒ殿下が、我が身可愛さに法廷の場でそのような虚偽を述べるとは……嘆かわしい……」


 そう言うと、ボンホフ伯爵は大仰にかぶりを振った。


「ではお聞きするが、この印が私のものであると、ボンホフ閣下はどうしてご存知なのですかな? 少なくとも、私はボンホフ閣下と手紙をやり取りしたことは一度もないと記憶しているが?」

「そ、それは……そう! ディートリヒ殿下の手紙を受け取ったことがある者に確認をしてもらったのです!」


 はは……苦しい言い訳だな。

 そもそも、私が手紙を送る相手など、私の派閥に属する貴族以外にはおらぬ。

 そして、大切な同志達・・・が、この私を裏切るはずがない。


 すると。


「あらあら? それって本当なの?」

「っ!? メッツェルダー閣下……!?」


 突然、法廷にメッツェルダー辺境伯が現れ、ボンホフ伯爵に尋ねた。

 い、いや、私も彼女が王都に来るなど、聞いてはいないのだが!?


「フフ……こう見えて私、ディートリヒ殿下とお手紙をやり取りする仲なのよ? だから、その印が本物かどうか、私が確かめてあげる」

「あっ」


 そう言うと、メッツェルダー辺境伯は私の元に来て、便箋を奪った。


「……ふうん、よく似てはいるけど、これは明らかに違うわね」

「そ、そんな馬鹿な!」

「本当よ。だって、ディートリヒ殿下の印には小さなマリーゴールドの花があしらわれているもの。この印にはそれがないわ」


 メッツェルダー辺境伯の言葉に、ボンホフ伯爵の顔から大量の汗が噴き出す。

 そして、その視線をゆっくりと傍聴席へと向けた。『話が違う』とでも言いたいのだろう。


「……ディートリヒ殿下、確認のために印璽いんじをお借りすることは可能ですか?」

「もちろんです」


 裁判長の依頼に私は頷くと、傍聴席のハンナが立ち上がり、印璽いんじを取りに退廷する。

 他にも、裁判長は私から手紙を受け取ったことのある貴族を募り、便箋を証拠の品として求めた。


 その結果。


「……確かに、ディートリヒ殿下とメッツェルダー閣下が正しいですな」

「そ、そんな……」


 提示した便箋の印が違うことが明らかとなり、ボンホフ伯爵は青ざめてよろけた。


「ボンホフ閣下……あらためて聞きますが、どうしてその便箋を私のものであると言ったのですかな?」

「そ、それは……先程も言ったように、手紙を受け取ったことがある者からそう聞いて……」

「裁判長。では、その者を証人として出廷を求めます」

「証人の出廷を認める」

「…………………………」


 こうなれば、ボンホフ伯爵はどうすることもできまい。

 下手な策をろうするから、このような結果となったのだ。それなりの報いを受けるのだな。


 ◇


「メッツェルダー閣下、いらっしゃるのであれば言ってくださればよかったのに……」

「フフ、せっかくだから驚かせたいじゃない? だけど、こんな面白いことをしているだなんて、思わなかったわ」


 裁判も終わり、王宮の応接室にメッツェルダー辺境伯を招いて、私達は談笑している。


「ですが、まさかこうも見事に騙されるとは、思いもよりませんでした」

「まあ、言い逃れできない状況下で、余計な策を弄するからこうなるのだ」


 苦笑するノーラの言葉に、私はそう告げた。

 実は、今回の視察に向かう際、私はノーラに指示して印璽いんじをすり替えておいた。


 あの短慮なオスカーが、私の留守中によからぬことをするであろうと見越して。

 案の定、オスカーはリンダを使って印璽いんじを持ち出し、それを、私をおとしめる策に用いたというわけだ。


「結局、偽の便箋を証拠の品としてディー様を貶めようとしたボンホフ伯爵は、王族への不敬罪となって二階級降爵と財産と領地の大半を没収、リンケ子爵は予定どおり極刑となりましたね」

「うむ。これで、第二王子派の貴族を二人も消せたな・・・・


 微笑むリズに、私は頷いた。


「ねえ、私ったら、いい働きをしたと思わない?」

「ええ、それはもう。ですので、また国王陛下秘蔵のワインを数本、メッツェルダー卿に進呈させていただきます」

「フフ! 相変わらず太っ腹ね!」


 メッツェルダー辺境伯は、満面の笑みを浮かべながら私の肩を叩いた。


「ところで……メッツェルダーはどのような用件で王宮へ参られたのですか? 今は特に招集もかかっていないはずですが……」

「あら、決まってるじゃない。殿下とマルグリット様の王立学園の入学祝いのパーティーに参加するためよ」

「「ええ!?」」


 メッツェルダー辺境伯の言葉に、私とリズは驚きの声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る