入学記念パーティー
「……それにしても、義父上がそのようなことを密かに計画されておられたとは……」
「本当に、私も驚きです……」
その日の夜、私とリズ、それにハンナは、馬車に乗って王都にあるフリーデンライヒ侯爵のタウンハウスへと向かっている。
もちろん、フリーデンライヒ侯爵主催の私達の王立学園入学を祝したパーティーに参加するために。
「だが、今日は私の派閥の貴族のみの参加であるから、気が楽でいい」
「ふふ、そうですね。特に私は、実家に帰るわけですから」
「……私は、できれば遠慮したいのですが」
私やリズとは対照的に、ハンナが珍しく嫌そうな顔をした。
「む、どうしてだ? フリーデンライヒ家は、ハンナにとっては幼い頃から育ってきた場所ではないのか?」
「その……」
私が不思議そうに尋ねると、ハンナは言い淀んだ。
「ディー様。実は……」
リズは私に顔を寄せ、そっと耳打ちした。
なるほど……フリーデンライヒ侯爵の執事が、ハンナの師匠なのか。しかも、どうやらその執事は、ハンナをはじめ部下達をからかう悪癖があるらしい。
「その……ハンナも大変だな……」
「はい……」
そうして、私達は車内で談笑をしていると。
「着いたようだな」
「ふふ……はい」
フリーデンライヒ侯爵のタウンハウスの玄関へ馬車を横付けし、私は先に降りる。
「リズ」
「ありがとうございます……」
私の手を取り、リズがゆっくりと馬車から降りた。
「さあ、ハンナも」
「……本当に、殿下は……」
ハンナは顔を僅かに背けつつ、私の手を取って馬車を降りる。
「ディートリヒ殿下、ようこそおいでくださいました。執事を務めております、“ランベルト”と申します」
出迎えてくれたのは、話題に上がっていたフリーデンライヒ家の執事兼ハンナの師匠だった。
だが、なるほど……その所作やたたずまいからも、かなりの人物であると見て取れる。
「本日はよろしく頼む」
「ランベルト、久しぶりね」
「マルグリット様も、息災で何よりでございます」
リズはニコリ、と微笑みながら、頭を下げたままのランベルトに声をかける……のだが。
「…………………………」
ハンナは、その師匠を前にして無言のままだ。
「ハンナ、どうやらディートリヒ殿下やマルグリット様に、大切にされているようです。まさか、ディートリヒ殿下の御手を取って馬車から降りてくるとは思いませんでした。それに、その服装も」
「っ!? そ、それは……」
「おや? ハンナ、耳が赤いようですがどうしましたか?」
「~~~~~~~~~~!」
……なるほど、こういうところが、ランベルトのからかい好きだという部分か。
そして、ハンナのからかい癖は師匠譲りなのは間違いなさそうだ。
「既に皆様ご到着なされております。どうぞこちらへ」
私達はランベルトの案内で、会場であるホールへ向かうと。
「あら、来たわよ!」
「おお! よくお似合いですぞ!」
中に入るなり、パーティーに参加している貴族達が一斉に注目した。
なお、本日は学園入学記念ということで、普段のドレスコードではなく制服を着ている。
「ディートリヒ殿下、マルグリット、よくぞ参られた」
「義父上、本日は私達のためにこのようにお祝いいただき、本当にありがとうございます」
「クク……やはり、殿下から“義父上”と呼ばれるのはこそばゆいですな……」
「それに関しては、慣れていただくほかないかと」
鼻の頭を人差し指で掻きながら照れる、フリーデンライヒ侯爵。
まあ、私の義父になったのだから諦めてもらうほかない。
「さあ、殿下の言葉がないとせっかくのパーティーが始まりませぬぞ」
「ははっ、承知しました」
侯爵に促され、私はぶどうの果実水が注がれたグラスを手に取って皆の前に立つ。
「本日は、私とマルグリットを祝うために集まってくださり、心から感謝を申し上げます。ようやく私達も王立学園へと入学することとなりました」
ホールにいる全員が、微笑みながら私の言葉に耳を傾ける。
この一年半の間、私を支え続けてくれた同志達が。
「……あらためて宣言いたします。私は、エストライン王国の王となる。この国に住む、全ての者が生涯微笑んでいられるようにするために。なので皆様、若輩者のこの私に、力をお貸しください」
「ディートリヒ殿下、万歳!」
「エストライン王国に、栄光あれ!」
挨拶を終えると、万来の拍手と喝采がホールに響き渡った。
「ディー様……あなた様の想いが詰まった、素晴らしいご挨拶でした」
「そうか。君にそう思ってもらえたのなら、心から嬉しい」
拍手をしながら迎えてくれたリズを、私はそっと抱き寄せた。
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