二人からの詰問

「……そう、なのですね……」


 私は、マルグリットとハンナに、メッツェルダー辺境伯にも告げたこれから先のことについて語った。

 だが……その結果、マルグリットが巻き込まれたりしないか、それだけが気掛かりだ……。


「マルグリット……これからは、私は常に君のそばにいる。だから、絶対に離れてはならぬぞ?」

「あ……ふふ、もちろんです。私は、絶対にあなた様のそばにおります……そして、この私があなた様を守ります」

「え!?」


 マルグリットの言葉に、私は思わず面くらってしまった。


「い、いや、そうではなくてだな……」

「あら? ひょっとして、私のことを侮っておられるのではありませんか?」

「そういうわけではないが……こ、これではあべこべではないか……」


 私が彼女を守ろうと考えていたのに……。


「殿下。マルグリット様は、お館様のご息女であり、幼いころから槍術をたしなんでおられます。並の者よりも腕が立つかと」

「そ、そうなのか!?」


 ハンナの言葉を受け、私はマルグリットを見やると……彼女は胸を張り、どこか誇らしげな表情を見せる。

 ……こ、これは、前の人生でも知らなかった彼女の新事実だ……。


「それに、殿下とマルグリット様のそばにはこの私がおります。何があろうとも、この私が命に代えてもお二人をお守りいたします」


 そう言って、ハンナは膝をつき、こうべを垂れた。


「……悪いがハンナ。その言葉、到底受け入れられぬ」

「っ!? ……何故でしょうか……?」


 ハンナにしては珍しく困惑した表情を見せるが、すぐにいつものように無表情に変わって尋ねる。


「決まっている。私とマルグリットの幸せには、侍女として仕えるお主も含まれておるのだからな」

「……かしこまりました。私自身も無事でありつつ、お二人を守ることといたします」

「うむ。ならいい」


 言い直したハンナを見て、私は満足げに頷く。

 そんな彼女は、表情を変えずにただ頭を下げたままだった。


「……ハンナ、口元が少し緩んでいるわよ?」

「っ!? ……気のせいでは?」


 マルグリットにしては珍しく、ハンナをジロリ、と見やりながら若干低い声で告げた。

 そんなマルグリットに、ハンナは少し顔を逸らしながらとぼけた……?


 ま、まあいいか……。


「さて……これからは私もディートリヒ様と共に戦うとして……」

「っ!?」


 マルグリットに鋭い視線を向けられ、私はたじろぐ。

 い、いや、前の人生を含め、彼女のこんな怒りに満ちた表情は記憶にないのだが!?


「……その右頬・・について、説明していただけますでしょうか?」

「な、なに!?」


 し、しまった!? メッツェルダー辺境伯に不意打ちをされた、あの口づけの跡が残っていたのか!?


「……どうぞ」

「……う、うむ」


 ハンナがご丁寧にも、手鏡で私の右頬を写す。

 その視線は、マルグリットに勝るとも劣らない冷たいものだった。


 それから、私はマルグリットとハンナに、延々と詰問され続けていた。


 ◇


「マルグリット様、まだまだ言い足りないのはやまやまですが、そろそろパーティーがお開きとなる時間です」

「あ、そうなのですね」


 ハンナが耳打ちすると、マルグリットは渋々といった様子で頷いた。

 こ、これだけ追い詰めても、まだ足りぬというのか……。


 だが。


「ははっ」


 私は、マルグリットに叱られていたというにもかかわらず、思わず笑ってしまった。


「……ディートリヒ様、何がおかしいのでしょうか?」

「いや、すまない……ただ、マルグリットは存外嫉妬深いのだと思ってな」


 ジロリ、と睨む彼女に、私は苦笑しながら謝った。


 すると。


「……たとえ誰であっても、ディートリヒ様を取られたくはありません……」

「あ……」


 はは……そういえば前の人生ではそもそもマルグリット以外、誰も寄り付かなかったのだったな。

 ならば、彼女が嫉妬を抱いたりする姿を見たことがないのも当然か。


「心配しなくともよい。私などに興味を持つような女性など、少なくともこの国にはおらぬよ」

「「……本気でおっしゃっているのですか?」」


 ……何故、私は二人からそのような視線を向けられているのだ?


「コホン……そ、それよりも、私達が戻って来るのを皆も待っているだろう」

「……そうですね」


 どうやら、マルグリットはまだご機嫌斜めらしい。

 だが……これは、彼女にもっと知ってもらう必要がある……って。


 ここで、私は思い至る。

 ……そうだな。それ・・もせずして、どうして信じてもらえようか。


「マルグリット」


 私は彼女の前でひざまずき、右手を差し出した。


「……とにかく、戻ろう」

「はい……」


 マルグリットは私の右手に手を添えると、一緒にサロンを出てホールへと向かった。


 その途中。


「……パーティーが終わったら、私に時間をもらえないだろうか」

「っ!? は、はい……」


 私はマルグリットにそっと耳打ちをすると、彼女は頬を赤らめ、小さく頷いた。

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