侯爵を味方に
「む? マルグリットはどうした?」
応接室へと戻ると、フリーデンライヒ侯爵と談笑していた国王陛下が、訝しげな表情を浮かべながら尋ねた。
「はい。マルグリット殿は化粧直しのため、遅れて戻られます」
「ふむ、そうか……ところでディートリヒ、お主はマルグリットをどう思う?」
「どう思う、とは……?」
質問の意図が分からず、私は思わず聞き返した。
「もちろん、お主の婚約者として相応しいかどうかということだ」
ああ、なるほど……なら、答えは一つしかない。
「相応しいもなにも、むしろ私のような者にマルグリット殿のような素晴らしい女性が婚約者となることを了承してくださったこと、女神ダリアに心から感謝いたしております」
「おお、それはよかった」
私の答えに満足したのか、国王陛下は破顔した。
「ディートリヒ殿下……我が娘は少々不器用なところがありますゆえ、誤解されてしまうところもあるかもしれませぬが、何卒、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、マルグリット殿に相応しい男となるよう、誠心誠意努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるフリーデンライヒ侯爵に対し、私も負けじと頭を下げる。
もちろん、侯爵としては政略結婚としてマルグリットを私にあてがっただけなのかもしれないが、それでも彼がそう判断してくれたからこそ、私は彼女と出逢えたのだから。
すると。
「国王陛下……」
侍従長が、国王陛下に耳打ちする。
「すまぬが、所用で席を外す。ディートリヒよ、フリーデンライヒ卿に粗相のないようにな」
「かしこまりました」
国王陛下は満足げに頷くと、侍従長を伴って退室した。
……思いがけず、フリーデンライヒ侯爵と二人きりになれたのは
「……フリーデンライヒ閣下、実はマルグリット殿との婚約に当たり、一つお願いがあるのですが……」
「……ほう? 何ですかな?」
私がそう切り出すと、侯爵は鋭い視線を向けた。さすがはこの国の内務大臣を務めるだけの威圧だな。
だが、この程度のことで臆するわけにはいかない。
私は顔を上げ、侯爵の視線に正面から返す。
「恥ずかしながら、私には
私は、恥ずかしさを押し殺しながら、声を絞り出す。
だが……そのような恥、マルグリットのためならいくらでも被ろう。
「……つまり、
「二人……いえ、一人でも構いません。閣下子飼いの諜報員を、私の侍従としてお与えください」
そう……この王宮内において、私の味方など一人もいない。
私がその味方を作っていく必要があるが、マルグリットが王宮へやって来るのは一か月後。一から準備をしていたのでは、到底間に合わない。
ならば、マルグリットの絶対的な味方であり、私を推すことを決めたフリーデンライヒ侯爵の力を借りるほかない。
そして、フリーデンライヒ侯爵はこの国の内務大臣を務める人物。
内政全般を司る彼には、国の内部を取り締まるための諜報機関を持っていることも承知している。
そんな諜報員が一人でもいれば、それを足掛かりに王宮内に二人、三人と味方を作り、足場を固めることができる。
「……やれやれ。失礼ながら、ディートリヒ殿下は他者には興味がなく、まるで氷のようだと評価していたのですが……これは、色々と改めなければいけませんな」
そう言うと、フリーデンライヒ侯爵は肩を
「承知しました。一週間以内には、この王宮に優秀な者を一名派遣いたしましょう」
「っ! ありがとうございます!」
よし! これで何とか、マルグリットが王宮に来るまでに彼女を守るための体制を整えることができそうだ!
――コン、コン。
「た、大変お待たせいたしました……」
応接室の扉が開かれ、少し恥ずかしそうにしたマルグリットが中へ入ってくると、優雅にカーテシーをした。
どうやら、まぶたの腫れも無事引いたようだ。
「ではディートリヒ殿下、陛下もお忙しいようですので、これで失礼いたします。今後とも、よしなに」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
私と侯爵は握手を交わし、お互い目で語り合った。
「マルグリット殿……一か月後、また君に逢えることを楽しみにしている」
「はい……それまでディートリヒ殿下も、どうかお元気で」
私とマルグリットは、まるで今生の別れかと思うほどに、名残惜しそうに見つめ合う。
「コホン……ではマルグリット、帰るぞ」
「はい、お父様」
「玄関までお見送りいたしましょう」
私は
「ディートリヒ殿下……先程もそうでしたが、婚約者である私に、殿下ほどの御方がこのようなことはなさらなくても……」
「何を言われるか……大切な君だからこそ、私はこうしたいのだ。だから、遠慮などしないでほしい」
「は、はい……」
私がそう告げると、遠慮していたマルグリットは耳まで真っ赤にしながら受け入れてくれた。
そうとも……彼女が私を婚約者として受け入れてくれたのだ。それだけでも私には過分なのだから、そんな彼女に失礼な真似ができようはずもない。
……いや、彼女だからこそ、私はそうしたいのだ。
「クク……いやはや、これは予想外であった」
苦笑しながらかぶりを振るフリーデンライヒ侯爵だが、私はそれを無視してマルグリットを玄関で待つ馬車までエスコートした。
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