婚約者の選択
「あ、あの……ディートリヒ殿下……」
マルグリットをエスコートしながら王宮内を歩いていると、彼女は頬を染めながら私の名を呼んだ。
「何かな? マルグリット殿」
「あ……う……」
「ひょっとして、私が歩くのが速すぎたか……これは失礼した……」
「い、いえ……そうではありません……」
ふむ……どうやら違ったようだ。
となると……。
「この先に、王宮自慢の庭園がある。そこで、お茶でもしよう」
「あう……」
私はマルグリットが疲れたのだと思い、庭園で休憩をすることにした。
それに……庭園には、幼い日に金貨と金のボタンを投げ入れた、あの噴水がある。
そうして、私はマルグリットのエスコートを続けていると。
「あれ? 兄上……そちらの女性はどなたですか?」
間の悪いことに、オスカーが現れて声をかけてきた。
……いや、ひょっとしたら私達を待ち構えていたのかもしれないな。
私を
「お前には関係のないことだ。行こう、マルグリット殿」
「あ、は、はい……」
オスカーから一刻も早く離れたかったため、彼女の手を引いて立ち去ろうとする。
だが。
「待ってください。王宮内で、兄上がそのような見ず知らずの令嬢と歩いていては、それこそ示しがつきません」
オスカーは私達を追いかけてきて、そんなことを告げる。
……面倒な。
「ディートリヒ殿下、確かにオスカー殿下のおっしゃるとおりです」
「だが……ん? マルグリット殿、何故オスカーを知っている?」
マルグリットが初対面であるはずのオスカーの名前を告げたことを不思議に思い、私は思わず尋ねた。
「そ、それは、オスカー殿下がしきりにディートリヒ殿下を“兄上”とお呼びになられておられましたので……」
「ああ、そういうことか」
ハア……今度から、兄上という呼称も変えさせたほうがいいかもしれないな……。
もはや私にとってオスカーは、弟ではなく
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。フリーデンライヒ侯爵家の長女、マルグリットと申します」
「ああ、そうだったのか……僕はオスカーだ。それで、マルグリットは何故兄上と一緒に?」
兄である私がマルグリットに敬称をつけているにもかかわらず、弟の貴様がどうして呼び捨てにしているのだ……。
「それは……「私の婚約者となる
少し言い淀むマルグリットに代わり、私は彼女とオスカーの間に立ちながら告げた。
……だが、早くオスカーから逃れるために言ったこととはいえ、今の言葉は後でマルグリットに謝罪せねばな……。
「なるほど……そういうことですか」
「もう分かっただろう。私達は行くぞ」
「オスカー殿下、失礼いたします」
恭しく一礼をするマルグリットを連れ、少し足早にその場を離れた。
「全く、目障りな奴だ……それより、先程はすまなかった」
オスカーの姿が見えなくなったところで、私はマルグリットに向き直り、深々と頭を下げて謝罪した。
「あ、頭をお上げください! ど、どうして私に謝られるのですか!?」
「それは……言い淀む君の言葉を遮り、勝手に婚約者だとオスカーに告げたからだ」
そうだ……私はまだ、マルグリットの意思を確認していない。
それに、言い淀んでいたのはこの婚約をよく思っていない証拠ではないか。
なのに、私は……。
「そ、それこそディートリヒ殿下が謝る必要のないことです! ディートリヒ殿下と私が婚約者同士であることは、間違いないのですから!」
「だ、だが! ……まあいい、それについてはお茶でも飲みながらゆっくり話をしよう」
「あ……は、はい……」
私は再び彼女の手を取り、庭園へと歩を進める。
だがマルグリットは、表情には出さないもののどこか落ち込んだ様子を見せていた。
そして。
「ここは……」
「この王宮にある庭園の一つだ」
到着した庭園には、可憐なマーガレットが一面に咲き誇っていた。
そして、中央には
「さあ、座ろう」
「は、はい……」
庭園のテラスにある椅子に座り、メイド達に指示をしてお茶と菓子を用意させる。
さあ……婚約のこと、どうやって彼女に切り出そうか……。
私とマルグリットの間に沈黙が続く。
すると。
「ディートリヒ殿下」
居住まいを正し、真剣な表情を浮かべるマルグリットが沈黙を破った。
「何だろうか、マルグリット殿」
「……殿下が、私との婚約を快く思っていらっしゃらないのは承知しております。また、私に至らない点が多々あることも……」
視線を落としながら、マルグリットが淡々と告げる。
だ、だが、ちょっと待て!?
「な、何故この私が、マルグリット殿との婚約を快く思っていないのだ!?」
「突然、このように寝耳に水の話を告げられ、戸惑うのも当然です……ですが、もし殿下がお許しいただけるのであれば、どうかこの私に、殿下の婚約者となる機会を与えていただけませんでしょうか……?」
「ま、待つのだ!」
必死で訴えるマルグリットの言葉を、私はとりあえず制止する。
「……私は、マルグリット殿こそ、この私との婚約を望んでいないのだと思っている……」
「っ!? ま、まさか!」
「まずは聞いてくれ……第一王子である私の婚約者になるということは、王妃になるためのつらい教育を受けねばならない。他にも、見たくもないような様々な王宮の闇に触れることになってしまうだろう……」
「…………………………」
「何より……この私に、君の婚約者である資格が……」
そこまで言って、私は思わず唇を噛む。
そうだ……マルグリットに婚約破棄し、つらい目に遭わせた私には隣に並ぶ資格はない……。
「マルグリット殿、正直に答えてほしい。もし、私との婚約が嫌であるならば、私はなんとしてもこの婚約を破談にしよう……」
「そ、そんな……」
「……だが、こんな私であってもなお、君が私との婚約を望んでくれるというのならば、私は君を絶対に幸せにしてみせると……生涯君に尽くすと誓おう。君が望むなら、笑ったこともない私だが、君に心からの笑顔を送ろう……」
さあ……私は、伝えるべきことは伝えた。
たとえどちらを選んだとしても、私はマルグリットを生涯幸せにしてみせよう……。
拳を握り、ジッと彼女の答えを待つ。
すると。
「どうして……」
「……マルグリット殿」
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか……! 私はこんなにも、あなたの婚約者となりたいのに……あなたの隣にいたいのに……!」
マルグリットは、唇を噛みながら涙を
私は、彼女のこんな姿を見たのは初めて……いや、断頭台で見たあの時を含め、二回目、か……。
何故、マルグリットが私と共にあることを選んでくれたのかは分からない。
処刑されたあの時も、どうして私のために祈りを捧げてくれたのかも分からない
だが。
「あり……がとう……」
私は申し訳ないと思いながらも、彼女のその選択が心から嬉しくて、ただ涙を流した。
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