婚約者、マルグリット

「さて……」


 朝食を終え、誰もいなくなった部屋から窓の外を眺めながら、私はこれからのことについて考える。


 マルグリットに関しては、朝食前に考えたとおり、まずは彼女の意思を確認するところから始めよう。


 次に……目を覚ますまでの一連の出来事が、果たして実際にあったことなのか、それとも夢なのか、だが……。


「……こればかりは、頭の中で考えたところで答えなど見つかるはずがない、か……」


 そう呟き、私はかぶりを振る。

 とはいえ、何も分からぬまま捨て置くわけにもいくまい。

 まずは、過去に同じような経験をした者がいるか、文献などから調べてみるか……。


 あとは、いかにして同じ結末をたどらないようにするかだが……。

 やはり、国王陛下の急死を防ぐことこそが最優先だろう。それさえなければ、あのような醜い王位継承争いも、その後の内政破綻も、そしてオスカーの台頭もなかったのだから。


「となると、やはり一番に考えるべきは、誰が国王陛下を殺害したか・・・・・、だな……」


 前の人生における国王陛下の死に関しては、不審な点が多すぎた。

 それまで健康に不安を抱えていなかった国王陛下が、突然死を迎えてしまったのだから。


 では、どのように殺害されたかを考えた場合、毒による殺害が最も可能性が高い。

 何故なら、国王陛下の身体に外傷が見当たらなかったのだから。


「……さて。そうすると犯人はオスカーか、それとも第一王妃か……」


 国王陛下が邪魔なのは、考えられるのはこの二人。

 どちらも同じ位可能性としてあるので、両方を警戒する必要があるな……。


 だが、そうなるとそれを監視するための代わりのが必要となる。


 この王宮内で私……つまり、第一王子派にくみしそうな者を思い浮かべる。

 ただし、母である第一王妃の手下を除いて。


「……そのような者、いるわけがない……」


 私は第一王子ではあるが、所詮は十三歳。

 しかも、これまでは第一王妃のしつけに従い、人形のように動いていただけ。それでは信頼のおける者などいようはずもない。


「ハア……やるべきことが山積みだな……」


 溜息を吐き、思わず額を押さえる。

 だが、これを疎かにしてしまっては、また同じ破滅する未来が待っているのみ。


 そして、婚約者になる、ならないにかかわらず、マルグリットに幸せになってもらうためには、そんな泣き言は言っていられない。

 私には、今度こそ彼女を幸せにするためのが必要なのだ。


 すると。


 ――コン、コン。


「殿下、家庭教師が到着いたしました」

「分かった、下がれ」

「はい」


 ふう……今さら、家庭教師の授業を受けたところで意味はないが、両陣営に不審に思われないようにするためにも、今日のところは出席しておくとしよう。


 私は深く息を吐いた後、家庭教師の待つ部屋へと向かった。


 ◇


「…………………………」


 家庭教師の授業、そして昼食も終え、私は部屋で腕組みしながら部屋の中を歩き回っている。

 もちろん、侍従が私を呼びに来るのを待っているのだが……。


「やはり……マルグリットに逢うのは……」


 そう……間もなく、マルグリットはフリーデンライヒ侯爵に連れられて王宮にやって来る。

 その時が、私とマルグリットの、婚約のための顔合わせだ。


 だが……私は、彼女をまともに見れる自信がない……いや、彼女に合わせる顔がないといったほうが正しい。


 私は……彼女を捨てた男なのだから……。


 ――コン、コン。


「失礼します。ディートリヒ殿下、国王陛下がお呼びです」

「……分かった」


 結局、心の準備も覚悟も定まらぬまま、その時が来てしまった。


 私は近侍の後に続き、国王陛下が私的な用件で面会を行う際に使う、応接室へと向かう。

 そこには、国王陛下のほかにフリーデンライヒ侯爵と、マルグリットが既にいるだろう。


「どうぞ」

「う、うむ……」


 私は扉の前で深呼吸をした後、入口を守る近衛騎士が開ける扉をくぐった。


「国王陛下、ディートリヒがまいりました」

「うむ」


 恭しく一礼し、顔を上げると……そこには、フリーデンライヒ侯爵の後ろに控えるように、一人の少女がいた。

 もちろん、私が彼女を見間違うはずもない。


 輝く白銀の髪、琥珀色の瞳、整った鼻筋に白い肌に映える紅い唇……。


 私が命を落とすその瞬間まで、こんな私のために祈りを捧げてくれた……あの、マルグリットだ……。


「ディートリヒよ、お前の婚約者だ」

「王国の星、ディートリヒ殿下に拝謁いた……って、ど、どうなされましたか!?」


 恭しくカーテシーをしながら、あの時と同じ言葉を告げようとしたマルグリットだが、一瞬にしてその表情が変わる。


 何故なら。


「あ……あああああ……っ!」


 私は今……マルグリットに逢えて涙をこぼしていた。

 彼女に……生きて、再び彼女に逢えたことへの喜びで……!


 母である第一王妃に背中に鞭を打たれた時も、国王陛下の死にも、勝ち誇るオスカーに死刑を宣告されたあの時でさえ、涙をこぼしたことがなかったこの私が、だ……。


「ディートリヒ、いかがした?」

「も、申し訳ありません……どうやら私は、目の前にいらっしゃいます御方の美しさに心を奪われてしまい、感激のあまり泣いてしまったようです」


 すぐに気を取り直し、私は袖で涙を拭いて言いつくろうようにそう告げた。

 もちろん、いつもの抑揚のない表情を張り付けて。


「そ、そうか……だが、お主がそこまで見初めたのなら話は早い。余が申したとおり、そこなマルグリットは、お主の婚約者となる」

「あ……マ、マルグリットと申します……」


 私が泣いてしまったせいで、困惑してしまったマルグリットが慌てて名乗った。

 これは、申し訳ないことをしてしまったな……。


 とはいえ。


「マルグリット殿、お初・・にお目にかかります。私は第一王子のディートリヒと申します」


 前回・・のような無礼な態度とは違い、私は最大限の礼を尽くし、挨拶をした。

 だが、実は幼い頃に会っていたことも、ましてや既に二回目・・・の顔合わせであるなど、到底言えないのでそのような言葉を告げる。


「ふむ……あの滅多に感情を見せぬディートリヒがな……」

「陛下、よろしければ二人がより仲を深めるためにも、娘とディートリヒ殿下を二人きりにしては?」

「おお、それはよい。ディートリヒよ、せっかくだからマルグリットを案内してやれ」

「かしこまりました」


 私は国王陛下の言葉に一礼すると。


「マルグリット殿、どうぞ……」

「っ!?」


 彼女の前でひざまずき、手を差し出した。

 王族の……しかも、次期国王候補である私が臣下の令嬢にこのように膝をつくなど、普通ならあり得ないことだろう。


 だが、私にはこうする義務・・がある。

 こんなろくでもない私のために祈ってくれた、尊いマルグリットのために。


「あ……は、はい……」


 マルグリットは申し訳なさそうな表情を浮かべ、おずおずと私の手を取ってくれた。


「では、行ってまいります」

「うむ。ゆっくりするがよい」


 国王陛下とフリーデンライヒ侯爵に見送られ、私とマルグリットは応接室を出た。

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