愚かな人形の末路
「当然、次の王は我が息子であるディートリヒに決まっています!」
「いいえ、第二王子のオスカー殿下こそが相応しいかと」
国王陛下の葬儀もそこそこに、王宮では誰を次の国王にするかで揉めていた。
第一王妃である母は、実家である王国最大貴族のヴァレンシュタイン公爵家の後押しを背景に、強硬に私……ディートリヒが次の王であると主張し、外務大臣であるクレンゲル侯爵をはじめとする多くの貴族達はオスカーを支持した。
そんな中。
「……ディートリヒ殿下は、王になりたいとお考えですか?」
国王陛下の棺の
「王、か……そうだな、私は今まで、王になることだけを母に求められ、王になることこそが私の存在価値だった。それが、私のこれまで生きてきた意味だった……」
私は自嘲気味にそう答える。
だが。
「殿下……それでは答えになっておりません。私は、殿下が王になりたいかどうかを尋ねているのです」
「……そう、だったな」
私の婚約者は、存外手厳しい。
そのような逃げの答えでは、満足してはくれないようだ。
「……私は、本音を言えば王になど興味はない。だが、私は第一王子だ。私が望む望まないにかかわらず、王として選ばれたのなら、王にならざるを得ないのだ……」
棺に手を添えながら、そう告げると。
「マル……グリット……」
「…………………………」
彼女は、私を後ろから無言のまま強く抱きしめた。
本当に……私の婚約者は
……なら、私にできることは一つしかなさそうだ。
私は唇を噛みながら、
◇
結局、ヴァレンシュタイン公爵家の強大な力によって他の貴族達に圧力をかけ、私が正式に次の国王となることが決定した。
だがその結果、多くの貴族の反感を買う結果となり、決して私の国王としての船出は順風満帆というわけにはいかないのだが、母である第一王妃は、そんなことはお構いなしに勝利の美酒に酔いしれていた。
「ウフフ……アハハハハハハハ! あのエルネスタの悔しそうな表情を見ましたか! これでこの国の王は、ディートリヒ、あなたです!」
口の端を吊り上げ、高らかに
実の息子である私の瞳には、そんな母が怪物のように見えた。
さあ……私は、私のすべきことをしよう。
「第一王妃殿下……いえ、母上。一つ、お願いしたいことがございます」
「おや? ディートリヒが願い事とは珍しい。言ってごらんなさい」
「はい……」
私は、そっと願い事を告げると。
「……いいでしょう。もはや、
「ありがとうございます……」
ああ……これで、
泥船に乗り続ける必要は、もうないのだから……。
◇
そうして私は即位し、正式に国王となった。
あとは……たった一言を告げるのみ。
「マルグリット=フリーデンライヒ」
「……はい」
私が婚約者の名を呼ぶと、彼女はどこか決意めいた瞳で、私を見つめる。
さあ、言え、言うのだ。
私はすう、と息を吸うと。
「……今日この場をもって、貴様との婚約を破棄する」
「っ!? …………………………」
やはり、彼女自身も分かっていたのだろう。
一瞬目を見開くが、マルグリットは無言のまま婚約破棄を受け入れ、謁見の間から去って行った。
これで、いい。
これで彼女は、泥船から降りることができたのだから。
◇
マルグリットと決別し、私はただひたすらに政務に勤しむ。
だが、所詮は十七歳を少し過ぎたばかりの若造であり、多くの貴族の協力も得られぬのだから、政務が上手くいくはずもなく、施策はことごとく失敗に終わった。
加えて、第二王子派だった貴族達は、ここぞとばかりに政務の妨害ばかりを企てる。
さらには民衆の不満も頂点に達し、国王である私への批判が国内各地で相次いだ。
貴族達の反発や民衆の扇動、これらは全てオスカーの画策によるものだった。
調べたところによると、どうやら王位継承争いでは負けたフリをし、愚王の烙印が押された私を打倒することで、確固たる地盤を築くという計画だったようだ。
そして……即位してから三年後。
私は今、手枷をされ、足首に鎖を繋がれた状態で断頭台の前で立ち尽くしていた。
「大罪人、ディートリヒ=トゥ=エストラインよ。最後に言い残すことはあるか?」
口の端を吊り上げ、嬉々とした表情で現国王、オスカー=トゥ=エストラインが、静かに尋ねる。
その隣には、同じく薄ら笑いを浮かべる妹のヨゼフィーネの姿も。
「……いや」
短くそう告げると、私はそのまま断頭台の前で
なお、隣には醜悪な
……
私はただそのことだけに安堵する。
「ぐ……っ!」
兵士に無理やり押さえつけられ、私は断頭台に固定された。
いよいよ、私は死ぬのだな……。
そう思って、石を投げつけ、罵倒を浴びせている群衆へと目を向けると。
「あ……」
その中に、フードを被った一人の女性が、両手を合わせて必死に祈りを捧げている姿があった。
その女性はやつれてはいるが、白銀の髪に整った鼻筋、白い肌に映える紅い唇。
何より、あの琥珀色の瞳を見間違うはずがない。
それは……かつての婚約者、マルグリットだった。
はは……お前は、何を必死に祈っているのだ。
まさか、私が救われるようにと祈っているとでもいうのか。
だが……そんな彼女の祈る姿を見て、私はもう一つ思い出してしまった。
幼かった日に王宮の噴水で見た、必死に祈りを捧げる少女の姿を。
ああ……そうか……。
あの時から、私はお前と……いや、
オスカーが、勝者の笑みを浮かべながらゆっくりと右手を上げる。
マルグリットよ……。
私は、君に本当に酷いことをした。
君への罪を償うことは叶わないが、せめて……今まさに散るこの命、君に捧げよう。
私は涙を
――ありがとう。そして、すまない。
そんな言葉と共に、私はその命を終えた。
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