ドラゴンに介抱される話
翔羅
第1話
春はいい。
冬は寒くて頭痛がするし、何度もトイレに行ってしまう。かといって、暖かくしようと厚着をすれば動きづらくなる。そしたら夏なら……と思うが、10年ぐらい前であれば半袖に扇風機でよかった。だが、今は温暖化が進んでしまったのか、エアコンの冷房がないと救急車で病院に連れて行かれるどころか、あの世へ連れて行かれるほど暑くなってしまった。
結論、日本人は春が好きだろう。……まあ、俺の個人的な結論だけどな。秋は……秋は……なんとなく春ほど好きじゃないな。なんでかは俺も分からん。なんとなくだからな。
だけど、そんな春でも油断して薄着で過ごしているとな……俺みたいに毎年風邪を引いてしまうから要注意だ。
俺が風邪を引き始めたのは3月31日。朝なんとなく体がだるかったけど、気のせいだろうと思ってそのまま出社した。……が、ほっぺと耳がやけに暑くて、同僚に顔を見てもらったら見事に真っ赤だったそうだ。その時の俺は、また春に風邪を引いたと認めたくなくて、
「赤いか……。そっか……。ありがとう。」
と言ってパソコンに向き直った。しかしその同僚が上司に通報し、会社備品の体温計で測られ、その日は早退ということになった。
早く帰りたい気持ちをぐっと抑え込み、毎年春に行くことになる病院へ歩いた。タクシーを使いたいが、うつしてしまったら申し訳ないから使わない。いざ着くと看護師の方々から「お久しぶり。」をやっぱり聞くことになった。
「来ると思ったよ。春だもんね。」
お医者様から言われるほど、俺は毎年春に風邪を引く。
今日は4月2日。新人が顔を覚えてもらう為に、指導係にあちこちに連れ回されているだろう。そんな時に俺は自宅にいる。つまり顔がわからん。人事は顔写真付きの書類を見てるだろうけど、別の部署にいる人間はメールで新人が入社してくることしかわからない。運が良い人間は、面接に向かう新人を見かけただろうけど、残念ながら俺は運が良くなかった。
風邪を引いているせいか、もくもくと煙のように会社のことを考えてしまう。いつもなら全く考えずにゲームをしているのだが……今はゲームができるほどの元気がない。
「そろそろ冷えピタ剝そうかな。」
冷蔵庫に向かうべくむくりと上半身を起こすと、長期保存用の栄養調整食品とコップ8分目の水をのせたお盆を、両手で持っているドラゴンが傍らにいた。
「あ、もう12時か。ありがとな、アイシラ。」
褒められたのが分かったのか、尻尾がフリフリ動いているドラゴネット型のこのドラゴンは俺のペット。顎から腹の下あたりは、他のドラゴンと同じように柔らかくて白い。それ以外の部分が白藍色の鱗だから、逆に呼んで『アイシラ』と名付けた。
アイシラは買ったわけではなく、拾った。よくある段ボールに入れられた捨て猫とは少し違う。会社帰りに見かけた時、翼の膜が少しボロボロで体のあちこちに傷があった。その姿が、必死で帰ろうとしているのか、はたまた何かから逃げてきたように見えた。俺は後ろにいたから、丁度死角になってて気付かなかったのだろう。一切振り向かず、ただ前へと進んでいた。だけど、俺が見つけてから1分も経たないうちに突然倒れてしまった。
最初は俺のことに気付いていて、芝居でもしてるのかと思った。でも、近付いてもピクリとも動かなかった。見捨てれば罰が当たる気がしたから、猫と変わらないサイズだったアイシラを抱えて病院へ行った。
それから色々あったけど、今は俺のペットだ。病院でちゃんと調べて、マイクロチップが体のどこにもないことも確認済みだ。だから、新しく俺の名前や住所が登録されているマイクロチップを埋め込んでもらった。もし後から飼い主やショップの人が現れたら俺は返すつもりだったが、病院からは警戒した方がいいと言われた。
「違法な可能性か……。」
声は聞いたことないけど、そんなふうには見えないけどな。
ゴミを捨てようとしたら、ゴミ箱を持ってきてくれる。お風呂に入る時、背中を洗って流してくれる。今も、俺が何かしら食べて昼の分の薬を飲んでいると、新しい冷えピタを持ってきてくれた。
特にこれといって躾けていないが……そういえば、俺が何か作業をしていると視線を感じることがある。もしかして、俺のこと観察してるのか?それで、やることを覚えたのか?だとすると……ドラゴンってけっこう賢いんだな!
今は特にすることがないと感じたのか、アイシラは専用のベッドで横になっている。しかし、顔がこちらを向いていて目も開いている。
これは……あれだな?
「アイシラ。」
俺は両手を広げてアイシラを呼んだ。すると、こちらを見つめていた目がキラキラと輝き出した気がする。ゆっくりフヨフヨと飛んできて、胡坐をかいている俺の足に乗ってきた。そのままお互い抱き合った。
あ~……ひんやりしてて気持ちいい……。熱がある俺にとって、アイシラは心地よかった。尻尾がまたフリフリしているということは、アイシラもまんざらでもない感じだろう。
「ありがとう、アイシラ。お前がいなかったら、今まで通り俺一人で苦しんでただろうな。」
相槌なのか、服をギュッと掴んできた。お礼とお疲れ様の意味を込めて、アイシラの背中を撫でた。
お前の声を聞けなくても、お前には可愛い顔がある。……ふと、アイシラの声を一番最初に聞くのは、俺だったらいいなと思った。
ドラゴンに介抱される話 翔羅 @kuroneko_no_satO8
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