1.一週間しかないのではなく、一週間もある
もうすぐ夏休みが終わる。ということで、おれは新学期の準備をしている。父ちゃんもばあちゃんも出勤した今、茶の間にいるのはおれだけ。
あー、静かだ。
穏やかな午前中に、いらないタオルをチクチク縫いながら思う。
今回も楽しかったな。
これまでの今年の夏休みを振り返る。ほとんどの日が楽しかった。大体は家族や友達と平和で、幸せな夏休みを過ごせたと思う。
どうか最後まで、大事件のない長期休暇であってくれ。
そんな願い事をしていると、
「ギャアーッ!」
ドドドドッ……。
バカでかくて幼い悲鳴と、いかにも何かが起こりそうな(いや既に起こっているだろう)足音が聞こえてきた。その正体は、間もなく明らかになる。
「どうしようっ、お兄ちゃんっ!」
茶の間の戸が開き、うるさいそれが姿を現した。
うわー、
「どうした、うるさ」
「うるさじゃない! し・ず・か!」
「じゃあ家の中で走って、大声出すのやめような」
遥か昔から名前負けをしている妹。新しい雑巾を縫っている兄が、指に針を刺して怪我したらどうする。兄ちゃんは、お前のためにやっているというのに。
「もうっ、とにかく聞いてよ!」
「はい何でしょう」
縫い物をしていた手を止め、おれは(一応)かわいい妹の泣き言を聞き始めた。
「夏休み、一週間しかないのに……まだ宿題たっぷり残ってるの~!」
「ああそう。一年前も同じことを言っていたね。でも去年よりは成長したかもな」
「……何で?」
「この前の夏休みは、三日前だっただろ。それが今年は、一週間前になったからだよ。やるじゃん」
毎年(何もない限り)8月15日前には必ず終わらせている兄には及ばないが。この日は、おれの誕生日だ。厄介なことを全て終わらせて、平和な誕生日を迎えたい。そういう思いから、おれは毎回早めに夏休みの宿題を片付けている。ちなみに、静の誕生日は7月20日。夏休みが始まるか始まらないかの絶妙な日。
「……お兄ちゃん……」
「はい」
そこそこ受け答えが淡々としているからか、兄の顔を不思議そうに見る妹。きゅるんと丸っこい二つの目が……まあ、かわいらしくはある。
「どうしてそんなに冷静なの?」
「いや、一週間もあれば何とかなるだろ」
「え! 一週間しかないんだよっ?」
「しか」じゃない、「も」だ。何だか長くなりそうなので、この話は別の機会に聞かせることにした。
「静、一週間もあれば足りるよ。今日から決して怠けずに宿題をやれば終わる」
「えぇ~、大丈夫かなぁ」
「大丈夫。兄ちゃんが見てやるから」
「……うん! ありがと!」
ここで兄に満面の笑みを見せる妹。やれやれ。昼間から困ったり笑ったり、忙しい子どもだ。……まあ、かわいいが。
「よし、じゃあ残っている宿題を持ってこい」
「はーいっ!」
てててて、と静は楽しそうに自分の部屋に向かっていった。
ああ、静が元気で良かった。
静の後ろ姿を見ながら、おれは思った。
「ん?」
静が茶の間から去った直後、テーブルの上に置いてあるスマホが震え出した。電話の相手は……。
「もしもし、
「あー、カズ……助けてくれ~……」
「……は?」
「〆切が迫っているんだよぉ~……。手伝いに来てくれぇ~……」
そっちもかーい!
「あ、おしずも連れてきてね」
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