裏モノビデオ
西川東
裏モノビデオ
自営業のEさんの体験。
Eさんの仲間でDさんという男がいた。 二人がどういう関係かというと、互いに友人であり、また、互いに生粋の
ある日、Dさんからとんでもない話が流れてきた。
「コレ、もう女優からシチュエーション、構成、全部最高!おまえも見てみんか?」
そういわれてDさんから渡されたのは、いわゆる〝裏ビデオ〟であった。
〝裏ビデオ〟とは、市場に出回っている正規のAVメーカーでは扱えないビデオやDVD、具体的には、モザイクなしの無修正ものや、正規品のコピーといった違法映像、海外から輸入したもの、はたまた、とんでもなくマニアックでハードなもの・・・などを指す。
当時のEさんは言ってしまうと〝裏ビデオ童貞〟で、初めての体験にワクワクしていた。家に帰るや否や、早速、中身を覗いてみた。
個人で撮ったモザイクのない映像、いわゆるインディーズもので、なんの前座もなく、ホテルのベッドで撮影をしはじめる様子から映像が流れた。登場人物は男女の一組だけで、男側が終始ハンディカメラで撮っているのだが、重要なのは出ている女の方だ。
全く自己紹介などがないため、名前の分からない画面上の女。
これが中肉中背で、胸は大きめ、お尻も程よい大きさ。色白で長い黒髪、整形した感じが全くない素人の女性。悪く言うと〝コレといった特徴がない〟外見なのだが、鮮やかな赤の勝負下着をつけた彼女の、そのしぐさや、言葉遣いがもうたまらない。
顔を赤らめ、恥じらいながらキスに身をゆだね、体をくねらせていく。その接吻の隙間から抑えきれずに漏れる喘ぎ声を耳にしたとき、Eさんの体は熱く火照っていた。
ベッドで熱く情事を交わしたあとは、そのまま風呂場に向かい、体を洗いつつ・・・。
それからは、ホテルを出て山道の途中でこっそりとしたり、ホテルを変えて束縛された状態で激しくプレイ、更には薄赤色の浴衣を着た彼女をお持ち帰りして・・・などなど、思い返せば「Eさんの好みのシチュエーションを知っている人間が作った」と言わんばかりのラインナップだった。
しかし、Eさんが感動したのはそこではない。
映像の中でなにもかも曝け出している彼女は、表に出ていれば売れっ子間違いなしだったであろう。みればみるほど、その魅力に引き込まれていく。その姿をAVでみるとは・・・と一瞬悔やんだぐらい、彼女に心奪われていた。
そして、画面の中では、浴衣姿の彼女が、あられもない姿にされつつ、手で口元を隠しながら声を漏らしている。そんな
学生時代、付き合っていた自分の彼女のこと。
中肉中背、色白で長い黒髪、自然な感じの女性。コレといった特徴がない、クラスのなかでは地味な存在だったのだが、しぐさや言葉遣いが可愛くて・・・。
「京子ちゃん、どうしとるんやろ・・・」
そんな言葉がふと口から漏れた。その一言にEさんは思わずはっとしたそうだ。
「変な感覚でしたわ」
「彼女なんて、生まれてこのかた出来たことないのに、なんで、ありもしない記憶を思い出した気でおったんか」
「なんで、いまみているテレビ画面の子が、まるっきり同じ見た目で、その思い出の中に現れてきよったんか」
「そして、どこから〝京子〟なんちゅう、知らん名前が出てきよったんか・・・」
軽いパニックに陥ると同時に、いままでムラムラと湧いていた感情が急激にしぼんでいく。画面越しに目が合っている女。上目遣いで舌を動かす彼女が、急に怖くなってきた。
「そりゃ僕だって、これこれこういう女性と学生時代の自分が・・・なんちゅう妄想はしますよ。でも違うんですわ。そういう過程をすっ飛ばして、勝手に記憶が入り込んできよった感じがして・・・」
「それに、こがな妄想なんて、都合のいいシチュエーションしか考えんですよ」
「でも、なんちゅうか、このビデオを見続けとったら、そういう妄想じゃ済まなくなる・・・だから〝裏ビデオ〟だったんやろうかなって・・・」
Eさんは映像を止め、Dさんに連絡して、そのまま裏ビデオを直接返しにいった。
Dさんの家の玄関に通されて、ニヤニヤ顔で感想を求めた彼をよそに、「この裏ビデオは、あまりよいものではない」と遠回しに告げた。
するとDさんの態度は一転し、顔が真っ赤になった。今までみたことのない怒りの形相で罵声をかけてきた。
Eさんは、なんとかなだめようとしたが、Dさんはそれを一蹴してこんな怒声をあげた。
「おまえに〝京子〟のなにが分かるんよ!」
そうしてEさんを追い出すと、玄関を力任せに閉じてしまった。
それからDさんとは連絡が取れなくなり、あっという間に彼は行方不明になった。
そのため、あの裏ビデオを彼がどんな経緯で入手したのかは、分からずじまいである。
風の噂では「Dさんは女を作って夜逃げをした」という。
しかし、Eさんは「そんなんで済んでないやろうな・・・」と、いまでも思っているそうだ。
裏モノビデオ 西川東 @tosen_nishimoto
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