百鬼夜行の花嫁

花道優曇華

第1話「幽世」

あの時の事を忘れたくても、今もふと思い出す時がある。

あの時、私は両親に捨てられた。何日だろうか。何日待っても帰って来ない。

誰も来ない、そんな場所に放置されていたが私はずっと生きていた。

運が良かったのかもしれない。


「可哀想に。ずっと一人だったのか」


誰か分からない人が家にやって来た。仮面を被っていて、怖い人だと思って

悲鳴を上げたら彼は困って、慌てて私をあやしてくれた。


「ごめんな。俺は今は名前が名乗れないんだ」

「名前が無いの?」

「それで良いか。好きに呼べ。俺は、俺たちは君の味方だよ。今日は一緒に

遊んでやろう。家の中で、だけどね」


そうだ。あの時、一人で泣きじゃくっていた私をその人は抱きしめてくれた。

一日中、おままごとに付き合ってくれた。人形遊びにも、お絵かきにも、

かくれんぼにも付き合ってくれた。今思えば、その人の声は低い。男の人だ。

だというのにままごと遊びにも人形遊びにも付き合ってくれるなんて。

男の人が帰る時に、私は彼にしがみついた。


「もう帰っちゃうの?一緒に遊んでくれないの?」

「帰らなければならないんだ。だけど、またすぐ会えるさ。君が綺麗な

女の子になったら、今度は君が遊びにおいで」


彼は私にある物をくれた。ネックレスだった。綺麗なネックレスだが当時の

私には大きい。


「それを持って、遊びにおいで。俺たちは待っているよ」



もう春。家の近くの桜が風に揺られている。桜吹雪が吹いている。あの日からすぐに

異変を感じた親戚が家に駆け付けて、八意弥勒は保護された。親権は全て親戚家族に

移って今はここで過ごしている。


「弥勒、ちょっと」


祖母に招かれて、外に出てみる。祖母と並んで歩いて、やって来たのは古ぼけた

神社だ。祖母はよく妖怪の事を話していた。幼い頃、祖母に話をしたことがある。

男の人が遊んでくれたと教えると


「それはね、妖怪様さ。弥勒が優しくて良い子だから、妖怪様は一緒に

遊んでくれたんだよ。遊びに行ってやりなさいな」


この神社は妖怪の世界への入り口でもあるという。強い風。桜の花びらが風に

乗っている。祖母は弥勒にネックレスを渡した。神社の神殿の扉が勝手に開く。


「いってらっしゃい。こっちは心配いらないよ。安心しなさい」

「うん。私、ちゃんと妖怪様に御礼を言ってくる」

「お前がしたいようにしなさいな。好きに選びな」


祖母に送られて、神殿の扉を潜り抜けた。その先はもう、妖怪たちが住む

幽世と呼ばれる場所。人間は誰もいない。潜った先は屋内ではなく、外だった。

何処かへ続く大きな橋の手前。奥にはまた大きな建物が建っている。周りに目を

向けると人間らしからぬ容姿の者が沢山行き交っている。


「オイ、こんなところで立っているんじゃない。邪魔になるだろ」


横からやって来た男は弥勒を見下ろした。彼の額には角が生えている。


「鬼?」


ぽつりと呟いた。鬼はそれを肯定するような表情を浮かべてから辺りを

見回した。それから彼は手を差し伸べる。


「来いよ。妖怪の中にはお前みたいな人間をすぐ喰いたがる奴もいる。

客同士の揉め事に割って入ったり、屋敷を守るのが用心棒の役目さね」


その手を取る。武骨な手。伝わるのは不器用な力加減。鬼である事を改めて

彼は認めた。名前を千景。妖怪たちの中で鬼は強力な一族であるらしい。


「鬼に金棒って言葉もあるし…やっぱり、強い妖怪なんだ」

「まぁな。だから、その…なんだ…人間なんて、もっと脆いだろ。手を出したは

良いが…」

「…分かってます。左手だから、まだ許せるから!」


弥勒の言葉を聞き、千景が爆笑した。


「ハハハッ!利き手じゃねえからか?気ィ遣わせたみてェだな。そんな簡単に

折ったりしねえから安心しろよ。しでかすと雇い主がうるせえからな」


千景に連れて来られた場所は建物の中。エレベーターが動き出した。到着。

そして進むと千景が襖を開いた。


「ほらよ、連れて来たぜ」


大きな座敷。真ん中を開いて左右に多くの妖怪たちが並んでいる。彼らの目は

何かを警戒している様子。鬼を?それともわたしを?どちらでも構わない。


「テメェ等、そうカリカリすんじゃねえ。今日からはこいつも家族だ。さぁ

こっちへ来い、

「!は、はい~!」


畳の上をゆっくり恐る恐る歩く。ヒソヒソ話が聞こえる。中央に座す男は

何の妖怪だろうか。初対面であるにもかかわらず彼は自分の名前を知っていた。彼の前に弥勒は腰を下ろした。首から提げているネックレスを見てニコッと笑った。


「うん。しっかり、約束を守ってくれたな。まずは着替えをしよう。その格好では

すぐに目が付けられるだろうし、周りから浮いてると無駄な揉め事に

巻き込まれかねない」


現世の服装だからだろうか。それ以外にもここは和装の屋敷である。周りも和服ばかり。だからこそ、余計に目立つのだろう。


「こっちは名乗って無かったな。俺は理人、ぬらりひょんの理人だ」


理人はぬらりひょんという妖怪。ぬらりひょんというと長い頭を思い浮かべる。

妖怪の総大将としても有名だ。なるほど、それなら彼が他の妖怪たちに強く命令

できるのも、彼らが理人に従うのも頷ける。

用意されたのは袴。それに袖を通せという。部屋を移動して、着替える。その

手伝いも妖怪がしてくれる。彼女は覚妖怪の心春こはる。覚妖怪は心を読む事が

出来る妖怪だ。


「どうでしょう?苦しくありませんか」

「うん。大丈夫。ありがとうございます。心春さん」


そう呼ぶと彼女は柔和な微笑みを浮かべた。


「心春、で良いですよ。弥勒さん」

「そう?じゃあ、心春って呼ぶね」


心を読まれることを良く思わない人が大勢いるが、弥勒はそんなことを全然気にして

いなかった。寧ろ凄い能力だとすら思った。心を読めば本心が見えてしまう。友人

だと思っていた相手が実は自分の事が嫌いだった…もう、それが分かればショック。

だが使い方次第では的確な気遣いや手伝いが出来る。

着替え終わったことを報告しに行くと、理人は彼女を見て目を丸くした。


「サイズはピッタリだな。似合ってるじゃねえか」

「あの、着替えたのは良いとして私は何をすれば良いの?働けるか分からないけど…」

「別に働けなんて言わねえさ。今は頼むことはねえ。別館があるから

そこを譲ろう。…ん、でも待てよ。雪音、別館の方はどうだ」


雪音と呼ばれた女性は首を横に振った。


「あーもう、全然ダメー!ボロボロよ!間に合ってないわぁ!」


雪女の雪音は肩を落とす。放置されてから長い年月が経っているせいで

家屋はボロボロになっている。急遽理人の要請によって掃除がされたが

苦労している様子。建物も疲れているのだろう。瓦解しかねないとまで

雪音は言った。


「となると、あそこを家にするのは暫く無理そうだな…だがなぁ…」

「私の部屋、良ければ使ってください」


言い出したのは心春だった。彼女の提案を受け、理人が思案する。


「なら、そうしよう。すぐに終わらせる。明日にでも住めるようにね。

今日は心春の部屋に泊まること」

「えぇー、私は?私はどうなのよ、ぬらりひょん様!」

「お前の部屋、ぐっちゃぐちゃだろ。見なくても分かる」


雪音は図星を指されて硬直した。その後、プルプルと震え出した。全員が

動き出した。


「弥勒さんも」

「え、え?」


理人もヤベッ!て顔をして席を立った。


「女の子に対して失礼よー!!!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」


大広間が一瞬で凍り付いて、そこに氷像が立つ。氷が解けるのに丸一日

掛かってしまうらしい。他の妖怪たちは全員仕事に戻って、彼は放置されていた。

リーダーなのは確からしいが、少しだらしない。だがそこも彼の魅力らしい。

完璧すぎる上司ではなく、適度に間抜けな部分があると親近感が湧くのだろう。


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