太平洋、空の旅//スクランブル

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 ──太平洋、空の旅//スクランブル



 ベリアたちはマトリクス上でヒッカム空軍基地を管轄するアメリカ空軍の構造物に対する仕掛けランを開始した。


「アイスブレイカー、準備完了。ジャバウォック、バンダースナッチ! 仕掛けランを開始して! アイスを砕け!」


「了解なのだ!」


 ジャバウォックとバンダースナッチというホムンクルスでありAIである彼女たちが、高度軍用アイスによって守られているアメリカ空軍の構造物に仕掛けランを開始した。


「いくにゃ!」


「砕けるのだ!」


 AIである彼女たちの演算スピードは生身のベリアたちよりも素早く、何百層にも及ぶアメリカ空軍のアイスをナノセカンドの遅れもなく砕き、限定AIがアイスが砕かれていることも察知できずにいる。


「複層式アイス突破なのだ!」


 そして、表層の複層式限定AIアイスが沈黙。


 残るはアメミット式ブラックアイス。


「ジャバウォック、バンダースナッチ! これを使って!」


 ジャバウォックたちにエミリアの魔術をコンバートして制作したアイスブレイカーが渡される。ゼノン学派の攻撃魔術でゴーレムやホムンクルスなどの魔術的生命体を殺害する魔術が組み込んである。


「喰らえにゃ!」


 アメリカ空軍の最終防衛ラインに存在するアメミット式ブラックアイスに向けてほぼ完全に魔術の産物であるアイスブレイカーが叩きつけられ、ブラックアイスは一瞬で機能を喪失して無力化された。


「オーケー! アメリカ空軍の構造物を掌握したよ! 飛行機を拝借しよう!」


 ベリアがアメリカ空軍の構造物内に侵入し、アメリカ空軍所属の航空機を管理しているシステムにアクセス。


 航空機の位置情報と機種及び所属している飛行隊の情報を見ながら、先に衛星画像で目をつけていた高速ティルトローター機を探す。


「見つけた。では、制御権限を掌握っと」


 目的の航空機が無人であり、かつバッテリーがしっかりと充電されており、ツバルまでのフライトが可能であることを確認してから、ベリアが航空機の制御権限をハックして強奪スナッチした。


「イエイ。航空機ゲット。東雲たちに連絡してくれる? いよいよツバルに突入ブリーチするよ。ヒッカム空軍基地からダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に航空機は移動させておく」


「分かった。東雲たちに連絡する」


 ベリアがハックしたアメリカ空軍の高速ティルトローター機を密かにヒッカム空軍基地に隣接するダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に移動させる準備をするのに、ロスヴィータが東雲たちに連絡した。


 場がフリップする。


 東雲たちはサント・フシールのから武器弾薬を買い取って、サービスしてもらった軍用四輪駆動車でホテルに戻っていた。


『東雲? 聞こえる?』


「聞こえるぜ、ロスヴィータ。どうした? こっちは無事に武器弾薬ゲットだ」


『それはいいニュース。ええとね。ベリアがアメリカ空軍から輸送機を拝借したから、いよいよツバルに向かうよ。一回ホテルに戻ってきて合流しよう』


「あいよ。すぐに戻る」


 ロスヴィータからの連絡に東雲が頷いた。


「ベリアたちが航空機を確保したぞ。いよいよツバルに突っ込むことになる」


「覚悟を決めるか。このまま世界が終わっちまうか、それともまた反吐が出る日常が戻ってくるかだ」


「反吐が出ようが、退屈だろうが日常の方がマシさ」


 呉が言い、東雲がそう返す。


「ギルバートに連絡しておくか? 離陸を妨害される可能性もある。味方を空港に集めておいて損はしないだろう」


「そうだな。少佐に援軍を乞おうぜ。八重野、連絡しておいてくれ」


「分かった」


 八重野の提案に東雲がそう返し、八重野がギルバートに連絡する。


 そして、東雲たちは一先ずベリアたちがいるホテルへと戻って来た。


「誰か車見ておいてくれねえか?」


「俺が見ておくよ」


「すまんな、暁」


 暁が車に残り、東雲たちはホテルの部屋を目指してエレベーターに乗った。ホテルのエレベーターが異音を発しながら上昇し、最上階にある東雲たちのプレジデンシャル・スイートのフロアに昇った。


「ベリア。こっちの準備は万端だぜ。いつでも行ける」


「オーケー。いよいよだよ。どうなるか見当もつかないけど、私たちがやらないとこのまま世界が滅茶苦茶になっちゃう」


 ベリアは航空機の移動をジャバウォックとバンダースナッチに任せ、マトリクスから戻ってきていた。


「先生。先生も本当に行くのか?」


「ああ。そのつもりだ。足手まといにはならないよ」


「分かった。先生のことは俺が守るよ」


 王蘭玲が言うのに東雲がサムズアップした。


財団ファウンデーションの動きはどうなってる?」


「依然として財団ファウンデーションの指揮下にある日米海軍艦隊がツバルに向けて進行中。補給艦から補給を受けるために一度止まっていたけどまた動き出した」


「どうにかなるかな……」


「ディーを信じよう」


 ベリアが唸るのにロスヴィータがそう返した。


「サンドストーム・タクティカルの方は?」


「雪風からメッセージが来たところ。防空コンプレックスの構造物内に侵入したからいつでも機能をマヒさせられるって」


「いいね。さてさて、諸君! では、覚悟はいいかい?」


 ベリアが全員を見渡す。


「やってやろうぜ」


「やろう」


 東雲たちが答える。


「それでは、ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に出発!」


「おう!」


 ベリアたちはホテルをチェックアウトして軍用四輪駆動車に乗り込み、ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に向かう。


「東雲。ギルバートたちアメリカ軍部隊がダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に到着した。敵対的な死者と交戦状態だと報告している」


「マジで? 敵対的な死者ってどこのどいつだ?」


「分からん。だが、空港そのものは防衛できていると言っている」


「じゃあ、突っ込むしかねーな」


 八重野の報告に東雲が呻きながら外を見た。


 軍用四輪駆動車の窓の外には相変わらず物哀し気な、寂れたホノルルの街並みが映る。世界がひっくり返ったら、ここはどうなるのだろうかと東雲は思った。


「暁。偵察衛星の画像が入った。ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港で戦闘が発生している。“ケルベロス”についたアメリカ軍部隊とASAについた死者の軍勢が争ってる。これはハワイ王国軍?」


「把握した。だが、戦闘は回避できんぞ。迂回する方法はない」


「神様にお祈りだ」


 暁が断言し、ベリアが諦めた。


 そして東雲たちを乗せた軍用四輪駆動車は急速にダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港に向けて進み、銃声と砲声が聞こえて来た。


「八重野。事前に少佐に到着するから俺たちを撃たないように言っておいてくれ」


「ああ。こちらの情報を送信した」


 東雲が窓から空港の方を見ると土嚢が積み上げられた機関銃陣地が目に入った。第二次世界大戦のアメリカ軍の装備をしている兵士たちが、迫りくる様々な死者たちと戦っている様子が目に入る。


「戦場に飛び込む覚悟はできてるかい、紳士淑女諸君?」


「とっきにできてる。やって」


「オーケー!」


 運転している暁がアクセルを全開にして戦場になっているダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港の正面ゲートに突撃した。


「その車は撃つな! 味方だ!」


 アメリカ軍の兵士が叫び、軍用四輪駆動車は空港のエントランスで停車した。


「日本人! 無事か?」


「無事だ、少佐。援軍に感謝するよ」


「当り前のことをしているだけだ。それよりもツバルに向かう準備はいいのか?」


 東雲たちを出迎えのはギルバートだった。


「ああ。飛行機は準備した。離陸までどうにか空港を守り抜いてくれるか?」


「任せておけ。俺たちが守ってやる。海軍の援護もあるし、こちらの士気は高い」


 東雲の頼みにギルバートが頷く。


「お前ら! アメリカ軍の軍人としての義務を果たせ! 父と子と聖霊の名において! アメリカ合衆国万歳!」


「イエス、サー!」


 ギルバートが空港に守備隊に向けて叫び、守備隊のアメリカ兵たちが叫び返す。


 空港には機関銃陣地から迫撃砲陣地、対戦車砲陣地まである。それからあの軽戦車が土嚢に囲まれて砲撃と銃撃を行っていた。


 迫りくる無数の死者たちが守備隊の火力で薙ぎ払われる。


 そこで突如として旋風が吹き荒れた。


 機関銃陣地の射手の首が飛び、軽戦車が爆発を起こす。


「てめえら……! インペラトルのクソサイバーサムライどもか!」


「よう。あんたらをツバルに行かせるなって言われててな。覚悟してもらうぜ?」


 アメリカ軍の守備隊を切り裂いたのは非合法傭兵集団インペラトルのサイバーサムライ、アウグストゥスとカリグラだ。


「あいつらは敵だな?」


「ああ。敵も敵だ。ぶちのめさにゃならん」


 ギルバートがボルトアクション小銃の銃口をアウグストゥスに向けるのに、東雲が“月光”を展開して構えた。


「待て、青年。君はアリスたちとツバルに飛べ。ここで足止めされるな」


「エイデンのおっさん。任せていいのか?」


「年長者なりの責任を果たすだけさ」


 エイデンがヒートソードの柄を握ってアウグストゥスたちと対面する。


「あんたの話は聞いて来たぜ。様々な伝説を作ったサイバーサムライ。名人マスター級の剣豪。黒鬼ブラックデーモン死神グリムリーパー処刑人エクスキューショナーあんたがそうなんだろう、エイデン・コマツ?」


「そう呼ばれてもいたな。しかし、それは昔の話だ。だが、お前たち程度ならば容易に切り捨ててくれよう。お前たち若造と違って私には経験がある。亀の甲より年の功とは言ったものだろう?」


「面白い。俺たちが蘇ったのは永遠に殺し合いをするためだ」


 エイデンが鋭くアウグストゥスたちを睨むのにアウグストゥスが獰猛に笑う。


「援護する」


 ギルバートとエントランスにいたアメリカ軍守備隊の兵士たちがアウグストゥスたちに銃口を向けて構えた。


「いざ、真剣に」


「勝負っ!」


 アウグストゥスとカリグラが同時に超電磁抜刀でエイデンに襲い掛かるのにエイデンはそれを恐ろしく素早く、そして全く無駄のない動きで躱してしまうと超電磁抜刀を繰り出し、アウグストゥスの胴体を真っ二つにした。


「やるなあ! それでこそだ!」


「ふん。身体をいくら機械化しても刀に振り回されているようでは私には勝てんよ。刀は武器ではない。己の体の一部だ。それを理解せぬものに勝利はない」


 カリグラが襲い掛かるのをエイデンは軽くいなし、空振りの終わって攻撃後の隙が生まれたカリグラの右腕を斬り落とした。


「おっと。こいつはマジですげえな。俺とカリグラを一撃かよ」


「まだやるか、若造ども?」


「それはもちろん!」


 既に戦闘可能な状態に復帰したアウグストゥスが再び超電磁抜刀。


「視線や重心。それで動きは読める。無駄だ」


 エイデンはまたしてもアウグストゥスの攻撃を回避し、カウンターを叩き込む。


「おい、八重野。あんたの上司だったエイデンのおっさん。滅茶苦茶強いな」


「ああ。昔彼から剣術を教わったが、実際にはあれほどの腕前を隠していたとは。また彼から学びたいところだ」


 東雲が感心したように口笛を鳴らし、八重野はエイデンを見つめた。


「東雲! 航空機が来たよ! 急いで!」


「了解!」


 東雲たちがベリアに呼ばれて空港内を走る。


「エイデン! またいつか会おう!」


「すぐには来ないでくれよ、アリス。君は生きろ。それが私の願いだ」


 八重野が叫び、エイデンがアウグストゥスとカリグラを相手にしながら八重野に向けて優し気に微笑んだ。


「来るぞ! 第二波だ! 迎撃せよ!」


 ギルバートたちは完全な復活を目指し、東雲たちがツバルに向かうことを阻止しようとする死者の軍勢を相手に戦闘を始める。銃声と砲声が響き続け、戦場がより一層過熱していく。


「急げ、急げ。ツバルにいかないとこの混乱が野放しになる!」


 東雲たちは戦場を背後に空港内を駆けた。


『ヒッカム・コンロトールより離陸アプローチ中の航空機グリーンフェザント・ゼロ・ツー。離陸は許可されていない。直ちに離陸アプロ―チを中止せよ』


『グリーンフェザント・ゼロ・ツーは無人だ。ハックされているぞ!』


 アメリカ空軍が輸送機が乗っ取られていることに気づいた。


 だが、アメリカ空軍の構造物を既に掌握しているベリアたちが、制御を取り戻そうするアメリカ軍のサイバー戦部隊を退け、かつ撃墜しようとする無人戦闘機の動きを押さえ、目的の高速ティルトローター機が離陸。


 そのままヒッカム空軍基地に隣接するダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港のエプロンに着陸した。


「来たぞ。乗り込め!」


「暁! 操縦して!」


 東雲たちがベリアたちのハックして乗っ取った高速ティルトローター機に飛び乗る。


『オーケー。こいつは操縦可能だ。荒っぽいフライトになるぞ。ベルトは締めろ。それから緊急脱出用のパラシュートを準備しておけ』


 暁が操縦席で高速ティルトローター機のエンジンを起動し、タキシングして滑走路に入るとターボプロップエンジンを全開にして滑走路を駆け抜ける。


 そして、ふわりと輸送機が空に舞い上がった。


『よし。問題なしだ。このままツバルに突っ込むぞ』


 暁が操縦する高速ティルトローター機は空中で向きを変えるとツバルを目指す。


 ハワイの地上では依然として戦闘が続ている。


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