コンクリートジャングル・クルーズ//ラビリンスとミノタウロス

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 ──コンクリートジャングル・クルーズ//ラビリンスとミノタウロス



 東雲たちを迎えに来た意外な人物。


 それは王蘭玲本人だった。


「先生も“ケルベロス”に加わっていたのかい?」


「そうだよ。話せば長くなるが私もこの事件に少しばかり責任がある。君たちに協力するのは当然の義務だと考えているよ」


「先生の責任って……」


「後で話そう。財団ファウンデーションが君たちを探している。ここから逃げないと不味い」


「分かった」


 東雲が助手席に、他は後ろに乗り込んだ。


「先生。信頼してないわけじゃないが、どうやって飛行場まで行くんだ? 飛行場はどれもセクター一桁代で、ドローンや偵察衛星の目を避けても生体認証スキャナーに引っかかちまうよ」


「地下を進む。そこの情報屋が詳しい。そっちから聞いてくれ」


 東雲が尋ねるのに王蘭玲がそう言ってSUVを発進させる。


「吉野。TMCの地下について情報があるのか?」


「あるよ。都市伝説染みたものから本当の情報まで」


「金払ったんだから本当の情報を寄越せ」


 東雲が吉野にそういう。


「オーケー。まず第三次世界大戦前に時代は遡るよ」


 吉野が説明を始めた。


「東京を含めた首都圏は人口減少の著しい日本にあって人口増加に悩まされていた。都市部の人口は増え続け、物価も地価も高騰。その当時政権与党になった左派政党は雇用創出も兼ねた大規模なインフラ整備を計画した」


「何作ったんだ?」


「旧東京湾浄化施設跡地は知ってる? 建築技術の進歩で地下はかつてより大規模に開発できるようになった。そこで計画されたのが幻の首都圏大深度地下空間計画。通称関東ダンジョン計画」


「ジオフロントか」


「そう。いくつものジオフロントを首都圏に作ってそれらを地下鉄やトンネルで結び、東京の地下にもうひとつの開発可能な空間を生み出す。そして、それによって人口増大に対応するって政策だった」


「成功したのか?」


「残念ながらノー。開発途中で台湾を起点に第三次世界大戦の勃発でそれどころじゃなくなった上に戦争が終わったと思ったら悪夢の九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアが発生」


「旧東京湾浄化施設跡と同じ運命を辿ったってところか」


「問題は工事に着工できなかった、じゃなくてある程度は地下に穴を開けていたってこと。九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアでは地下構造物による影響はなかったけど、私たちの足元にはデカい穴がある」


「おいおい。埋め直しはしてないのか?」


「計画した左派政党が選挙で大敗北して、戦争前から計画を批判していた中道右派政党が政権を握ったから全ての予定はキャンセル。埋め直すのにも金がかかるし、当時の日本は既に大井に乗っ取られていたから予算は出なかった」


「夢の未来都市が単なる不良債権になっちまったわけだ。ロマンがない時代だぜ」


 吉野の解説に東雲がため息を吐く。


「大井も今度また九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイア級の大地震がくれば地下の穴は問題になると思ってセクター一桁代から補強工事を始めてる。埋め直さないのはいずれは大井もジオフロントを開発するつもりだから」


「読めて来たぞ。そのジオフロントを逃走に利用するんだな?」


「その通り。今は大井も特に管理してなくて密輸業者が密輸に利用したり、電子ドラッグジャンキーが風雨を凌ぐために潜り込んだりしてる。入り口は知ってるからそこに向かうよ。旧調布飛行場まで辿り着ける」


「それで飛行機は?」


「他のハッカーが確保する予定。旧調布飛行場は今は赤字経営で閉鎖されてるけど、滑走路などの設備は使えるし、何より大井がマークしてない」


「オーケー。そのプランで行こう」


 王蘭玲が運転するSUVはセクター13/6の道路を駆け抜けると、また違法建築物が立ち並ぶ治安の悪い地域に入り、そのままのスピードで進んだ。


 ここはどのヤクザも、どのチャイニーズマフィアも、どのコリアンギャングも縄張りにしていない。というよりもその三勢力による係争地帯だ。そのためセクター13/6でもかなり危険な場所になっている。


「こんな場所に地下への入り口があんのかよ」


「あるよ。もうちょっと進んだところ。車で入れるから」


 SUVは酷く荒れた道路を通過し、とある倉庫に似た建物の前で止まった。


「ここ、ここだよ。ちょっと話をつけてくるから誰かついてきてくれる?」


「俺が行こう」


 吉野が車を降りるのに東雲も降車した。


 そして、吉野は倉庫のような建物の正面にあるシャッター脇の扉を叩いた。


「なんだ! うるせえぞ!」


 ドアが開いてBCIポートにウェアを突っ込んだ男が出て来た。老齢で作業服姿だ。


「清水の紹介で来たよ。トンネルを使わせてほしい」


「清水? ああ、情報屋の清水か。あいつと知り合いでも割引はしねえぞ。いいな?」


「分かってる、分かってる。いくら?」


 老人が睨むのに吉野が尋ねる。


「15万新円。車を入れるなら追加で5万新円だ」


「だってさ」


 吉野が東雲に視線を向ける。


「俺が払うのかよ。はいはい、端末だしな、爺さん」


「ほら。さっさと払え、小僧」


 老人が東雲に旧式の端末を押し付け、東雲が指定された金額をチャージした。


「ふん。静かにやれよ。無駄な騒ぎを起こすな」


「別にあんたが所有してるもんじゃないだろ」


「この入り口は俺のものだ」


 偏屈な老人がそう言ってシャッターを開く。


 シャッターの向こうには地下に続くトンネルが存在した。重機か何かで掘り起こしたトンネルがあり、その先には小さな光源が奥に広がる空間を僅かに照らしている。


「これが入り口か。どれくらい広いんだ?」


「かなり。道順は運び屋をやってる知り合いに聞いてる。少し間違うと永遠に地下を迷うことになる、だって」


「うへえ」


 東雲は全ては見えないTMCの地下に作られた空間を見て呻いた。


「早く行こう。“ケルベロス”のハッカーが飛行機を確保できそうだと言ってる。それからパイロットも旧調布飛行場に到着した」


「分かったよ、先生。行きますか」


 東雲と吉野が再び王蘭玲が運転するSUVに乗り込み、SUVはそのまま地下へと入っていく。ガタガタと揺れるがオフロード仕様のSUVなので踏破性に問題はない。


「先生。こんな車を持ってたんだ」


「昔買ったんだよ。知り合いのディーラーから無理やり勧められて。そのディーラーにちょっとした借りがあったから断れなかった」


 買ってからもほとんど乗ってなくて車検にだけ出してたから新車も同然と王蘭玲。


「猫耳先生。私のナビ通りに進んでね。地下は迷路みたいになってる。途中で事業が放棄されたことと九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアの影響、それから密輸業者の不法建築」


「分かっているよ。君たちは財団ファウンデーションに気を付けていてくれ。彼らが私たちが地下を使うだろうと考えるのはそこまで遅くないはずだ」


 吉野が後部座席から王蘭玲に言い、王蘭玲は慣れた様子で車で狭いトンネルを通る。光源はもう車のフロントライトだけになっている。


「何か出てきそうだな」


「ミノタウロスとか?」


「気分はテセウスってか」


「アリアドネの糸はマトリクスにアップロードしてあるみたいだな」


 東雲たちを乗せたSUVは狭いトンネルを暫し進むと急に開けた空間に出た。


 巨大な地下空間だ。車のフロントライトでは照らし出せないほぼ広大な空間が広がっている。これが首都圏大深度地下空間計画の生み出したものだ。


「おお。TMCの地下にこんな空間があるのか」


「計画当初には1200万人が地下で暮らすはずだったからね」


「太陽の光浴びないと健康に悪いんじゃないの?」


「太陽光ぐらい人工的に生み出せるよ」


 東雲が尋ねるのに吉野が答えた。


『ソードダンサー・ゼロ・ワンより財団ファウンデーション統合J任務T部隊F-ジュリエットJ司令部。地下構造物における目標ターゲットの捜索を開始する』


財団ファウンデーション統合任務部隊-ジュリエット司令部よりソードダンサー・ゼロ・ワンへ。目標ターゲットは発見し次第、速やかに排除せよ。交戦規定ROEは射撃自由』


 マトリクスにトラフィックが流れる。


「東雲。この地下にある回線で民間軍事会社PMSCが交信してる。恐らくは財団ファウンデーションの連中だよ」


「来やがったか。迎え撃つか?」


「向こうは恐らくまだこっちを見つけてない。ここは急いで目的地に急ぐべきだね」


「あいよ。何かあったら俺が相手してやるよ」


 ベリアに東雲がそう言っていつでも戦えるように準備をする。


『ソードダンサー・ゼロ・ワンより全部隊。トンネルラット任務だ。モグラ狩りの猟犬を放つ。友軍誤射ブルー・オン・ブルーに警戒』


『了解』


 またトラフィック。


「何か音がしないか?」


「確かに。地下に何かいるぞ。アーマードスーツか」


 東雲が眉を歪めるのにセイレムがそう言って音響センサーで状況を探る。


「地下の回線のトラフィック増大。地下に何かいる。今、“ケルベロス”のハッカーたちも調べてるけど財団ファウンデーションってことは間違いないと思う」


「追手か。さて、どうしたものか」


 東雲が唸りながら周囲を見渡す。


 敵の姿は闇に隠れて見えない。


「音響解析の結果だ。敵の正体が分かったぞ」


「何が追いかけてきてるんだ? アーマードスーツ? 強化外骨格エグゾ?」


「“ハニー・バジャー”を覚えてるか?」


「ああ。コスタリカの研究所でやり合った空挺兵器」


「あれはアメリカ軍上層部が第三次世界大戦の苦い経験を味わった上で生まれた発想だったが、同じような構想を日本陸軍も持っていた。敵が航空優勢を握っている戦場で戦ったのは日本陸軍も同じだからな」


「ってことは、その話の流れからすると追いかけてきてるのは」


「日本陸軍第1空挺旅団と第12師団、第1水陸機動旅団、そして日本海軍特別陸戦隊向けに大井重工が開発した50式高機動装甲機械化生体──“天雷”」


 TMCに存在する暗闇に覆われた地下空間に“ハニー・バジャー”に並ぶ半生体兵器が投入されていた。


「勘弁してくれよ。“ハニー・バジャー”でも相当苦戦したのにさ」


「音響センサーの情報を解析したが近づいてきている。どうする?」


「その“天雷”ってのも対戦車ミサイルやらロケット弾やらで武装してんでしょ? 車ごとふっ飛ばされたらあの世行きだぜ。今は死んでも戻ってこれるけど」


「車に乗ったまま戦える相手でもない」


「あーあ。分かったよ。俺が降りてぶちのめしてくるから先に行っててくれ」


 セイレムが言うのに東雲がそう返す。


「東雲。私も付き合おう。ひとりでは困難だ」


「サンキュー、八重野」


 八重野も参加を表明した。


「じゃあ、先生。先に進んでいてくれ。後で合流する。吉野、後でナビを頼むぞ。敵の半生体兵器をスクラップにしたら合流するからな」


「はいはい。頑張ってね」


「頑張りますよ」


 そして、東雲と八重野がSUVから降車して真っ暗な地下空間に降り立つ。


「作戦は?」


「私にはセンサーとして暗視装置NVDがある。可視光増幅方式とサーマルのふたつだ。私がそちらに捉えたデータを送るので、それに従って戦闘を行ってくれ」


「オーケー。敵が熱光学迷彩を使っていたら?」


「音響センサーが頼りになる」


 東雲と八重野は重い音がするTMC地下空間の暗闇を睨んだ。


「ちなみに敵のスペックは?」


「口径105ミリガンランチャー。口径12.7ミリ同軸機銃。口径35ミリ電磁機関砲。42式多弾頭対戦車ミサイル。口径70ミリ多目的ロケット弾。口径40ミリ自動擲弾銃。それから近接防衛兵器とアクティブA防護PシステムS


「マジかよ。“ハニー・バジャー”だって戦車砲は持ってなかったぞ」


「“ハニー・バジャー”とは設計思想が異なっている。空中機動可能な高火力の装甲戦力として両者は作られたが、“ハニー・バジャー”の方は既に配備されていた空挺戦車の火力を補強するものだ」


「“天雷”は自分で空挺戦車の役割も果たすから主砲がある?」


「少なくとも日本国防軍は想定される敵主力戦を単独で撃破でき、同時に軽歩兵に火力を与えることを大井重工に要求した」


 八重野がそう説明する。


「じゃあ、やってやろう。ラビリンスのミノタウロスをぶち殺す」


 東雲はそう言って“月光”を構えた。


 “月光”の青緑色に輝く刃が暗闇を仄かに照らした。


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