コンクリートジャングル・クルーズ//救援

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 ──コンクリートジャングル・クルーズ//救援



「腹減った奴、いるか? 非常用のカップラーメンがあるぞ。お湯が要らなくて、5秒でできるの。食いたい奴いるか?」


「食えるうちに食っといたほうが良さそうだな」


 ベリアたちがマトリクスに潜っている間、東雲は準備していた非常食を物色し、呉は油断なく待機し、セイレムは何も起きないことに退屈し、八重野はワイヤレスサイバーデッキから周囲の動きを探っていた。


「いろいろ味があるぞ。トンコツ、醤油、ミソ、ガーリックバター、エビ」


「何でもいいよ。その手の非常食の味は大して変わらん」


「それじゃあ、あんたは醤油な。八重野とセイレムは食わないのか?」


 呉がカップラーメンを受け取り、東雲が八重野たちに尋ねる。


「一応あたしにもくれ。次にいつ食い物にありつけるか分からんからな」


「私も食べておきたい。ラーメンしかないのか?」


 セイレムと八重野が反応した。


「ラーメン以外は蕎麦とうどん、それからおかゆ」


「ラーメンにしておこう」


 そして、全員が非常食のカップラーメンを受け取り、内蔵された薬品による化学反応で瞬時にお湯が発生する仕組みでできたカップラーメンを箸やフォークでずるずると啜った。ガソリン臭かった倉庫に今度はラーメンの臭いが漂う。


「結構美味いな。カップラーメンとしてはいい感じだ」


「そうだな。不味い奴だととことん不味い。有機溶剤の臭いがするのをカナダで食ったことがある。一口目から吐きそうになった」


「うへえ。想像したくもねえ」


 呉がずるずると割りばしで麺を啜りながら言うのに、東雲がおまけ程度についている大豆とオキアミで作られた小さなチャーシューを口に放り込んだ。


「機械化してれば味覚と嗅覚を停止できるだろう?」


「味も臭いもしない食い物を食うってのは虚無だぞ」


「腐っていなければ問題ない。必要なカロリーを摂取することが重要なだけだ」


 呉が渋い顔をするのに八重野がフォークでガーリックバター味のカップヌードルをずるずると啜って食べた。


「これが終わったらすげー美味いもの一緒に食いに行こうぜ。ステーキでも中華でもいいからさ。腹いっぱい食べて、酒飲んで、ゆっくり雑談でもしないか。こんなジャンクなカップラーメンじゃなくてさ」


「その前にこの状況からどう脱するかを考えた方がいいぞ。俺たちはこれで晴れて六大多国籍企業ヘックスのお尋ね者だ。仮にツバルで白鯨をどうこうできても、もうTMCなんかには戻れん」


「俺とベリアたちは海外に逃げるつもりで準備してきたけど、あんたらは?」


「セイレムと香港に逃げる準備をしておいた。非合法傭兵みたいな使い捨てディスポーザブルにされる立場の人間は当然脱出経路も確保しておく」


「そいつはよかった。巻き込んじまったからな」


「後悔しちゃいないさ」


 東雲が申し訳なさそうに言うのに呉が肩をすくめた。


「東雲。今、この周囲を映している偵察衛星の映像だ。見てくれ」


 八重野がラーメンを置いて東雲のARデバイスにデータを転送する。


「おーおー。ドローンと無人攻撃ヘリに軽装攻撃ヘリまでうろうろしてやがる。それに地上にもコントラクターどもがちらほらしているな」


「まだ見つかってはいないと思うが、ローラー作戦をやられたらいずれ見つかる」


「不味いな。さっさと移動しないと一か所に留まるのはリスクが高い。ラーメン食ってる場合じゃねえ」


「ラーメン食べるぐらいのことはいいと思うが、早期に脱出する方法を考えなければ」


 東雲が急いで麺を啜ってスープを流し込むのに八重野が深刻そうな表情を浮かべた。


「脱出するなら地下だな」


「なんだよ、セイレム。やっぱりトンネル掘ろうっての?」


「馬鹿を言ってる場合か。TMCには九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアで放棄された地下鉄の路線やジオフロントがある。空はドローンと偵察衛星が見張っているから、それを避けねばならん」


「だから、地下か。しかし、このセクター13/6にも地下構造物があるのか?」


セクター13/6ここはあたしの縄張りじゃないから知らんよ。知ってる人間に心当たりはないのか?」


「情報屋に聞けば分かるだろうが、この状況で情報屋に接触するのは難しいぜ」


 セイレムが尋ねるのに東雲が呻いた。


「八重野。あんたもセクター13/6に暮らして長いだろう。知ってることはないのか?」


「残念だが知らない。古い地下鉄の路線を陥没の危険ため解体する工事の看板は見たことがあるが、もう数年は放置されている様子だったことぐらいしか」


 呉が尋ねると八重野は首を横に振った。


「ベリアたちに調べてもらうか?」


「まあ困った時はマトリクス、だな。こっちでも調べてみるから、あんたは相棒に連絡しておけ」


「オーケー」


 呉が言い、東雲がベリアにメッセージを送った。


 外では絶え間ないエンジン音が遠くから聞こえる。ティルトローター機、ドローン、無人攻撃ヘリのエンジン音だ。大井統合安全保障と太平洋保安公司が東雲たちを探して、セクター13/6を索敵している。


『東雲。“ケルベロス”から助けが来るよ』


「おう。どういう状況だ?」


 そこでベリアから東雲に連絡が来た。


『まずパイロットは確保。暁がTMCにいる。彼が飛行機を操縦する。今、他のハッカーが航空会社の構造物に仕掛けランをやって、飛ばす飛行機も確保しようとしてる』


「暁が? そいつはラッキーだな。あいつは頼りになる奴だ」


『うん。それからこのセクター13/6から脱出するのにも何名か助けが来る予定。こっちの現在地のデータを彼らに送ったから、助けが来たら合言葉だよ』


「合言葉? 随分とノスタルジックな方法だな。忍者気分か」


『生体認証のためおデータがやり取りできないから仕方ないでしょ。どこで六大多国籍企業が見てるか分からないだから』


「はいはい。で、愛言葉ってのは?」


『サイコロに対してルビコン』


「ユリウス・カエサルか。いいね」


 ベリアの言葉に東雲が頷く。


「で、助けはいつ頃来るんだ?」


『まだ未定。もうセクター13/6はあちこちに財団ファウンデーションの民家軍事会社が展開している。彼らに足止めされれば必然として到着は遅れる』


「気長に待ちますか。そっちは何してるんだ?」


『ツバルの状況の調査と飛行機でツバルまで向かうフライトプランの計画。それから限定的に死者を排除できるプログラムを雪風、ディーと組んでる』


「死者を限定的に排除できるプログラム?」


『そう。死者の世界から現実リアルに戻るってのは現実リアルという構造物への死者の世界という構造物からのトラフィックなんだ。そして、マトリクスにはトラフィックを阻害するプログラムがある』


「つまり死人をアクセス禁止にする?」


『そういうこと。とは言え、これは管理者シスオペが行うアクセス禁止とは違う。私たちは別に現実リアル管理者シスオペじゃない。そんな権限は持ってない。現実リアルというシステムの管理者シスオペは不在』


「管理されてない電子掲示板BBSってわけだ。荒らし放題。どうするんだ?」


管理者シスオペ不在ということは向こうにとっても現実リアルという構造物を荒らすチャンスでもあるけど、こっちも好き勝手できる』


 ベリアが説明する。


『昔電子掲示板BBSにいた自治厨ってのを知ってる?』


「なんだ、それ? 自治厨?」


管理者シスオペ気取りの迷惑な荒らしのひとつ。勝手にルールを決めてそれを他の利用者に押し付けるって感じの。私たちはそれを真似するんだよ』


「掲示板荒らしの真似したってしょうがないだろ」


『ある意味では私たちも荒らしだよ。こっちでルールを決めて、それを他に強要する。でも、それで死者が押し戻せるなら?』


「それはいいことだ」


『でしょ? こっちも管理者シスオペ不在を利用して現実リアルという構造物で好き勝手させてもらう。まずは特定の死者のアクセス禁止の実施。そのためのプログラムをBAN-DEADとして開発してる』


 ベリアが続けた。


『けど、これは完璧ではないんだ。一時的に死者を押し返すだけで恒久的に復活を阻止できるわけじゃない。あの手この手で死者たちは現実リアルという構造物に仕掛けランをやってくる』


「んじゃ、どうするの?」


『それを今どうにかしようとしているんだよ。Dusk-of-The-Deadが切り札だ。ディーが原型を作り、雪風が改良する。これで“ネクストワールド”を無力化して、死者の世界との接続を完全に切断する』


「どれくらいで完成しそうだ?」


『ツバルで白鯨にアクセスするまでは完成しない』


「クソッタレ」


 ベリアの返事に東雲が思わず吐き捨てた。


『とりあえずできることからだよ、東雲。そろそろ助けも来るかもしれないから、こっちも準備しておく。そっちも準備しておいて』


「あいよ」


 ベリアとロスヴィータがワイヤレスサイバーデッキのストレージにアイスや各種データベースを保存する中で東雲たちは警戒を続ける。


『東雲。到着の知らせが来た。表を見てみて』


「八重野、呉、セイレム。一応戦闘準備しておいてくれ。罠の可能性もある」


 東雲は裏口の扉を開いて、セーフハウスの正面に向かった。


 人影が見える。小柄な人物だ。


「サイコロ!」


 東雲が人影に向けて叫ぶ。


「ルビコン」


「オーケー。味方だな」


 東雲が人影に近づいていく。


「や、お兄さん。また会ったね」


「吉野? あんたが助けに来たハッカーなのか?」


「そ。それからもうひとりいるよ」


 やってきたのは髪をショッキングピンクに染めて、ジャージを纏った女性。東雲が仕事ビズを手伝ったことがある情報屋見習いの吉野ミアだった。


「もうひとりいるのか。どこだ?」


「車で待ってる。ねえ、アスタルト=バアルってあなたの相棒なの?」


「あ? ああ、ベリアのことか。そうだよ。俺の相棒だ。それがどうかしたのか?」


「凄いじゃん。白鯨事件のときに白鯨相手に仕掛けランをやったハッカーなんでしょ? ディーと雪風っていう伝説的なハッカーの知り合いもいるし」


 吉野が興奮した様子で東雲にそういう。


「白鯨事件のときは軌道衛星都市まで行ったよ。偉い騒ぎだったよな、あれも」


「わお。生きた伝説って奴だね。マトリクスじゃ有名だよ」


「俺が?」


「“毒蜘蛛”。あなたのファンもいるよ」


「そいつは嬉しいね。サインでもしてやろうか」


 吉野が言うのに東雲が興味なさそうに肩をすくめた。


「東雲。助けが来た?」


「来たよ。俺の知り合いだった。世間ってのは案外狭いもんだよな」


 ベリアがサイバーデッキから起きてきて、正面のシャッターを開けてから尋ねるのに東雲が返す。


「君がBGM-109?」


「イエス。私がBGM-109だよ、アスタルト=バアル。伝説の非合法傭兵たちと仕事ビズが出来て光栄だね」


 ベリアが尋ねるのに吉野が答えた。


「逃げる準備はどうなってるの?」


「事情は分かってる。頭の上には財団ファウンデーションのドローンと偵察衛星って目がある。ここからツバルに向かうための飛行機に乗り込むには、それらを避けて飛行場に向かわなければいけない」


「そう。その通り。手はあるの?」


「もちろん。情報屋にお任せあれ。報酬は50万新円でいいよ」


「はいはい。東雲、払っといて」


 吉野が笑うのにベリアが東雲に投げた。


「マジで金取るの? 世界の危機だぜ?」


「世界が明日終わったってお金は必要だよ、お兄さん」


「守銭奴は碌な末路を辿らんぞ」


 東雲はぶつぶつ文句を言いながらも吉野の端末に指定された金額をチャージ。


「さて、逃がしてくれるよな? 金はちゃんと払ったぜ」


「こっち。協力者がいる。お兄さんの知り合いだって言ってたよ」


「俺の知り合いでハッカーか? 清水ぐらいしか心当たりがねえ」


「清水さんじゃない。清水さんは今雲隠れしてる。財団ファウンデーションがお兄さんたちを捕まえるのに自分を拷問すると思ったみたい」


「それは真っ当な懸念だな。奴は利口だ。情報屋って危ない仕事ビズであれだけ長生きしているんだから」


 吉野が言うのに東雲が頷いた。


「おい。全員、準備はいいか? ここからとんずらするぞ」


「準備できている。いつでも大丈夫だ」


 東雲が呼びかけるのに八重野たちが立ち上がる。


「じゃあ、行きますか。吉野、頼むぜ」


 東雲たちは通りに出て、吉野の後ろから通りを進んだ。セクター13/6のまともに整備されていないボコボコの道路を歩く。


「あの車だよ。まだ財団ファウンデーションの監視の目には引っかかってない」


「車でこっそり飛行場まで行こうっての? このセクター13/6ゴミ溜めならともかく飛行場があるセクター一桁代は生体認証スキャナーだらけだぞ」


「そこまで楽観的でも馬鹿でもない。ちゃんと準備はしてるって」


 吉野がそう言って車の運転手に合図する。


 車は高級SUVだ。恐らくは防弾仕様で完全なオフロード対応。バッテリーも改造しているだろう本格的な車だった。


「あんなゴツイ車の持ち主に知り合いなんていないんだけど?」


「会ってみたら? 顔を見せればすぐに分かるって言ってたよ」


「そうかい。どこの誰やら」


 東雲はそう言ってSUVの運転席をのぞき込む。


「やあ。助けに来たよ」


「先生!?」


 運転席にいたのは白衣姿の王蘭玲だった。


……………………

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