コンクリートジャングル・クルーズ//マーシャル・ロー

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 ──コンクリートジャングル・クルーズ//マーシャル・ロー



 東雲たちは無事にインドからタイに逃亡することに成功した。


「我々は独自に動く。TMCには同行できない」


「そうか。じゃあ、上手くやってくれ」


「ああ」


 エイデンとマスターキーは蘇った死者たちの中でも死者の世界と現実リアルの接続を断つべきとする勢力を支援するために、タイで東雲たちを別れた。


 東雲たちはベリアに準備してもらった航空チケットを使ってタイのスワンナプーム国際航空宇宙港からTMCへのフライトに搭乗した。


「何というか。タイもかなり警戒態勢にあったな?」


「タイを仕切ってるのは軍事政権だからな。タイ・マレーシア戦争ではタイをアトランティスが支援して、マレーシアを大井が支援する代理戦争だった。その時からタイではずっとクーデターを起こした軍事政権が権力を握ってる」


「どこもここも民主的な政治が嫌いらしい。で、軍事政権だから死者の復活に警戒してるってのか?」


「警戒そのものはどの国もしてるが、街中に戦車を配置するのは軍事政権のやり方だ」


 東雲がファーストクラスのシートに背をゆだねて尋ねるのに呉が肩をすくめた。


「世界的な混乱が起きてる。あちこちで歩く死体デッドマン・ウォーキング現象が報告されて、そのせいで戦闘が勃発してるぞ。アメリカじゃ蘇った南軍の将兵がバージニア州の州軍と交戦してる」


「滅茶苦茶だな。次に蘇るのは何だ? ナチスか? ソ連か? もしかしてローマ帝国? それともアッティラ大王やモンゴル帝国?」


「さあな。生き返った死人たちは文明が進歩してるのに驚くんじゃないか?」


「『おい、見ろよ! 馬がいない鋼鉄の馬車が走ってるぜ!』ってか。異世界物の定番だな。ヒトラーが蘇ったらすぐにBCI手術を受けてマトリクスで演説始めるだろうな」


 八重野が言うのに東雲がうんざりした様子でそう返す。


「何が蘇っても迷惑だろ。死人は死んでないとおかしいんだ。現在の社会のどこにも歩く死体デッドマン・ウォーキングの義務も権利も規定したものはない。俺のお袋が生き返ったって帰ってくれというだけだ」


「言えてる」


 東雲たちを乗せた超音速旅客機は無事に成田国際航空宇宙港に到着。


 東雲たちはTMCに帰還した。


『現在TMCにはTMC自治政府から戒厳令が発令されております。大井統合安全保障及び太平洋保安公司のコントラクターの指示に従ってください。繰り返します。現在TMCはにはTMC自治政府から戒厳令──』


 成田国際航空宇宙港の到着ロビーには何度も同じアナウンスが繰り返されている。


「戒厳令かよ。白鯨事件のときみたいになってるな」


「そりゃそうだ。白鯨事件と似たような状況じゃないか。世界的な混乱で、引き起こしたのは白鯨の野郎だ」


 東雲が唸るのにセイレムがそう言った。


「マトリクスに面白いものが流れてる。2025年に死んだ元首相と2038年に死んだ経産大臣が今の経済について議論してる。連中の政策が六大多国籍企業ヘックスを増長させたのに、六大多国籍企業は不健全だとさ」


「政治家ほど無責任な人種もいないってことだろ。政治家は全員機会主義者だよ。下手に強硬なことをすると支持率が落ちるからな。ローマ帝国の時代から変わってねえ」


 呉がマトリクスで流れているニュースを見ながら言うのに東雲は空港を出て無人タクシーを探した。いつもすぐに捕まる無人タクシーも今日という日は戒厳令の影響のせいかビジネスマンたちが列を作っている。


「マトリクスの連中は順応するのがクソみたいに速いぞ。マトリクスに入り浸りのマトリクス中毒の連中が今何やってるか知ってるか?」


「面白いことなら聞く」


「生き返って欲しい偉人ランキングを作ってる。日本ローカル版と世界グローバル版でランキングがある」


「どいつがランクインしてるの? やっぱ生き返って欲しい偉人って言えばリンカーンとかガンジー? 日本なら間違いなく織田信長だぜ。当たってるだろ?」


「世界グローバル版1位は我らがイエス・キリストだ」


「この騒ぎで蘇ったらダメな奴だろ、それ」


 呉が笑いながら言うのに東雲がそう返した。


「日本ローカル版1位は織田信長じゃないな。神武天皇ってどこのどいつだ?」


「日本の最初の天皇。俺だったら織田信長に投票するけどな。あるいは明智光秀。本能寺の変がどうして起きたのか教えてほしい」


「本能寺の変って戦国時代の話だろ? まだ分かってないのか?」


「少なくとも新しい発見があったって本は読んだことない」


「で、2位は平将門だってさ。こいつも戦国時代の人間か?」


「ちげーよ。もっと前の時代の人で怨霊が有名な奴。これ以上ヤバイのを召喚しようとするんじゃねーよ。悪乗りランキングじゃねーか。もうそれなら3位は菅原道真か崇徳天皇だろ」


 呉がよく分かっていない様子で言うのに東雲はため息を吐いた。


 そこでようやく無人タクシーがやってきて東雲たちが乗り込んだ。


「これからどうするんだ?」


「とりあえずベリアたちと合流して作戦会議だ。ツバルに白鯨がいるならツバルに行く必要があるだろうな。まだ付き合うか?」


「付き合うよ。これは放置したらろくなことにならない」


「助かる」


 東雲が尋ねるのに呉とセイレムが頷いた。


 無人タクシーがTMCの道路を走るが、あちこちに大井統合安全保障と太平洋保安公司が作ったチェックポイントがあり停車を強いられる。チェックポイントには無人戦車やアーマードスーツも展開している。


「えらいことになってるな。TMCで核兵器でふっ飛ばされかかったり、ナノマシンを散布されそうになった時と違って連中、本格的にTMCを制圧してやがる」


「そのようだ。あれを見ろ、東雲。あれが原因だろ」


 東雲がチェックポイントの無人戦車を見てぼやくのに、窓から外を見ていた八重野が通りの向こうを指さして見せた。


「おお。マジかよ。あれはチハ戦車だ!」


「旧日本軍が復活したようだな。軍隊が復活するのは面倒だぞ」


「いや、待てよ。あっちには本物の侍がいるぞ。江戸幕府の侍か?」


 第二次世界大戦における日本陸軍の戦車である九七式中戦車チハが道路を進み、その後ろから旧日本陸軍の軍服を来て三八式歩兵銃を構えた歩兵が進む。


 それに向かって江戸時代の武士の格好をした侍たちが日本刀で突撃している。


 そこに太平洋保安公司の無人攻撃ヘリが飛来し、両者に向けて電磁機関砲とロケット弾を叩き込んだ。道路が炎に覆われ、封鎖される。


「クソみたいな状況だぞ。どうすんだよ、これ」


「ベリアたちが対策を立てているのだろう? 雪風もいる」


「これをマトリクスからハッカーがどうこうできるとは思えなくなってきた」


 八重野が言うが東雲はそう言って眉を歪めた。


 東雲たちを乗せた無人タクシーは駅まで東雲たちを送り届け、東雲たちは電車でセクター13/6を目指した。駅にも大量の大井統合安全保障のコントラクターたちがいて、今が戒厳令下にあることを示している。


「あちこちで死者が生き返っている。セクター13/6でも死んだはずの犯罪組織の構成員たちが、生きている犯罪組織と抗争を始めた。カオスも極まってきたな」


「ツバルに向かって白鯨をどうこうすれば解決するのかね。このままだと本当に世界が終わっちまうぞ」


 八重野と東雲がそう言葉を交わすと電車はセクター13/6に到着。


「今日はうちのアパートに泊っておくか?」


「いや。作戦会議が終わったら俺とセイレムはホテルに向かうよ」


「オーケー。作戦会議をしないとな」


 呉が答え、東雲たちは東雲のアパートに向かう。


「銃声だ」


セクター13/6ゴミ溜めではよくあることだろ」


「いや。確かに犯罪組織の連中が使う中国製や旧ロシア製の銃火器の音もするが、電磁ライフルや電磁機関砲の音もする」


「大井統合安全保障と犯罪組織がやり合ってる?」


「かもしれないが──」


 そこでジェットエンジンの音が上空に響いたと思えば、連続した激しい爆発音が辺り一面にこだました。爆撃だ。


「おいおい。TMCをセクター13/6とは言え、爆撃してるってのか」


「どうやら本気で大井は騒動を鎮圧するつもりのようだな」


 東雲が上空を見ると爆撃評価のドローンが飛来していた。


「強襲制圧部隊が動員されるのも時間の問題だな」


「最悪。何が最悪買って言えば、この混乱の狙いがまるで分からないことだ。ASAの連中は“ネクストワールド”で死者の世界と現実リアルを繋げた。そのことで起きたことと言えば、世界規模の混乱。それだけだ」


「白鯨のときはまだAIによる人類の管理ってお題目があったがな」


「そうだよ。こいつには何の目的がある?」


 呉が言うのに東雲がそうぼやく。


「考えてみよう。まず白鯨の開発者であるオリバー・オールドリッジは白鯨というAIによって世界を支配し、人類をAIによって管理することで戦争や貧困をなくそうとした」


「そう、オリバー・オールドリッジの目的は白鯨による平和って奴だった」


「そして、一方のルナ・ラーウィルの目的は地球の生態系の保全。マトリクスの魔導書の技術で不老不死になった生命を宇宙へと進出させ、他の惑星で地球の生態系を維持しようと考えた」


「そうだった。ルナ・ラーウィルは地球の生態系が大事で、絶滅種や絶滅危惧種をまずはマトリクス上のシミュレーションで維持しようとしていたが、マトリクスの魔導書の存在を知って考えを変えた」


 八重野が説明するのに東雲が相槌を打つ。


「では、こいつらの意志を継いだであろうASAの狙いはとなる。恐らくはオリバー・オールドリッジとルナ・ラーウィル、両方が果たそうとした野望を連中はやり遂げるつもりだ。そう考えられないか?」


「ってことはオリバー・オールドリッジが企んだようにAIで人類を管理し、そしてルナ・ラーウィルが目指したように地球の生態系を異常な技術で保全するということか?」


「その可能性はあるだろう。マトリクスの理が現実リアルに上書きされ、死者の世界と繋がるというのは。まずマトリクスの理が現実リアルに上書きされることで、超知能に至った白鯨はどうなる?」


「マトリクスの怪物から現実リアルの怪物になる……」


「その可能性はあるだろう。既にPerseph-Oneはアイスブレイカーとしてだけではなく、現実リアルで機能する兵器となった。超知能となった白鯨がアイスブレイカーより脅威が低くなるとは思えない」


「確かに。あの化け物が現実リアルに降臨するとなれば、それこそ今回は世界征服は成功するかもしれないな。白鯨による世界秩序の構築。究極のディストピアだ」


 八重野が推察するのに東雲が唸りながら同意する。


「そして、死者の世界と繋がったことで死という概念が消滅した。絶滅というのは結局のところ大量死だ。その大量死というものもなかったことになる。絶滅種は復活し、絶滅危惧種は絶滅を恐れずともうよくなる」


「じゃあ、マンモスやサーベルタイガーも復活するのか?」


「あり得ない話じゃない」


「マジかよ。ネアンデルタール人も蘇るのかね」


 八重野が言い、東雲がどうでもよさそうな感想を漏らす。


「マンモスにせよニホンオオカミにせよ、そういうのが蘇るのは特に困らないが、旧日本軍や江戸の武士が蘇るのは困る。それから白鯨だ。事件の中心にはASAがいて、白鯨がいる。連中が現実リアル仕掛けランをしたら不味い」


「ああ。私たちが防がないとな」


 東雲と八重野がそう言葉を交わしつつ、セクター13/6のアパートに戻って来た。


「ベリア。インドから戻ってきたぞー」


 東雲が自宅の扉を開けて言うが返事がない。


「ベリア? ロスヴィータ?」


 東雲が呼びかけた。


 すると、ベリアの部屋の扉が開いてベリアが出て来た。


「お帰り、東雲。凄いことになり始めたね」


「全くだよ。TMCで旧日本軍と江戸の武士が戦っていたぜ」


 ベリアが言うのに東雲が肩をすくめた。


「でさ、呉とセイレムも引き続き仕事ビズに付き合ってくれるって話だから、これからの作戦会議をやりたい。白鯨はツバルにいるって話だが、ツバルに現実リアルで突っ込むのか、マトリクスでどうこうするのか」


「そうだね。話し合う必要があるね。“ケルベロス”としても調べていることはあるし、君たちにはまだ伝えてないこともある。情報を整理しよう」


 ベリアはそう言ってワイヤレスサイバーデッキをつけて、ミーティングモードで東雲たちと作戦会議を始めた。


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