西海岸戦争//ニューロサンジェルス到着

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 ──西海岸戦争//ニューロサンジェルス到着



 東雲たちは成田国際航空宇宙港からニューロサンジェルス国際航空宇宙港へと飛んだ。全日本航空宇宙輸送ANASの超音速旅客機のファーストクラスでのサービスを満喫しつつ、ニューロサンジェルスに降り立った。


「ここがニューロサンジェルスか。いい感じの街だな」


「忌々しい場所だ」


「あんたの気持ちは分からんでもないが」


 八重野がこぼすのに東雲が困った顔をした。


 ニューロサンジェルスはアメリカ西海岸の主要な経済都市だ。九大同時環太平洋地震ナイン・リング・ファイアからの復興で、全てが作り直された。港湾施設も都市の交通インフラもTMCクラスの最先端だ。


 見上げることしかできない高層ビルが立ち並び、先進的な電車や無人運転のバス、タクシーが綺麗に整備された道路を走っている。


「あんたが頼りだぞ、八重野。ラジカルサークルと繋がってるのはあんただ」


「分かっている。取引場所は当然治安が悪いぞ」


 呉が言い、八重野がタクシーを拾う。


 無人運転のタクシーは東雲たちをニューロサンジェルス郊外──災害地帯に近い場所まで運んだ。限定AIが運転するタクシーには各種警備システムが内装されており、治安の悪い場所でも襲われることはなかった。


「こっちだ」


 八重野が東雲たちを案内する。


「おい。周りにいる連中はラジカルサークルの構成員だと言ってくれ」


「違う。ただの貧困層だ。だが、他のギャングはこの縄張りにはいない。それでもいきなり撃たれることもあるから警戒はしてくれ」


「勘弁してくれよ」


 東雲たちが歩くのはニューロサンジェルス国際航空宇宙港から見た先進的な経済都市ではなく、廃墟となったかつてのグレーター・ロサンジェルスの外周部だ。コンクリートのジャングル。汚染で荒れ果てた土地。


「すぐそこだ。気を付けろ。私が話すまで油断するな」


 八重野がそう警告し、かつて何かの工場だった場所に入る。


「よう、アリス! マジで久しぶりだな。どこで仕事ビズやってんだ?」


「ああ。久しぶりだな、アレハンドロ。今は私は別のジェーン・ドウについてる」


 ラテン系。大柄でカジュアルなシャツとジーンズの上に軍用のタクティカルベストを身に着け、腰には50口径の自動拳銃を下げた男が八重野に笑いかける。


「あんたからの知らせを聞いたときは懐かしかったぜ。俺たちは仲良くやってたもんな。クソみたいな貧乏白人のカモ・ストリートや黒人以外は人間だと思ってないビッグ・ブラックの連中と違って」


「そうだな。あんたたちが一番まともだった」


 ラジカルサークルの構成員の男が懐かしそうに語るのに八重野が頷いた。


「今度はどんな仕事ビズだ?」


「ALESS相手だ。儲かる仕事ビズじゃないぞ」


「そうかい。よけりゃ俺たちにも儲かる仕事ビズを回しちゃくれないか? アトランティスとアローがこの近くで戦争をおっぱじめたせいで商売あがったりでさ」


「ひとつ頼みたいことがある。金は別途で払う。騒動を起こしてほしい。ニューロサンジェルス市内でだ」


「ふうむ。どの程度の騒ぎだ? 昔懐かしのロサンジェルス暴動規模か?」


「そこまでは求めない。ちょっとした騒ぎでいい。確かに人種絡みの暴動なら、こちらの目的が分からなくてありがたいが」


「オーケー、オーケー。任せとけよ。いくらだ?」


「20万新円」


「おお。太っ腹だな。ビッグになったな、アリス。成り上がったじゃないか」


「ジェーン・ドウの払いだ。私は昔のままだよ」


 ラジカルサークルの構成員が笑みを浮かべるのに八重野は肩をすくめる。


「じゃあ、悪いが先に支払いでいいか? あんたの荷物の分も含めて」


「分かった。端末を」


 八重野はラジカルサークルの構成員の端末に金をチャージした。


「じゃあ、またな、アリス。何かあれば俺たちが雇ってやるよ。あんたは凄腕のサイバーサムライだからな。そして、俺たちは人種で人を差別しない」


「機会があったらな」


「荷物は部下に案内させる。パックス、お客さんを案内しな。失礼なことはするなよ。アリスは俺たちの仲間だ」


 八重野は軽くそう返し、ラジカルサークルの構成員は部下に密輸させた荷物まで案内させた。彼の部下は白人だ。


「仲間だって?」


「腐れ縁という奴だ。昔、崩壊したロサンジェルスでストリート暮らしをしていたときに世話になったことがある。連中は確かに人種では差別しないし、他のギャングと比べればマシだった」


 東雲が眉を歪めて尋ねるのに八重野がそう返す。


「さっきの暴動の件はジェーン・ドウからの提案か?」


「ああ。私がラジカルサークルと繋がっていることをあの女は知っていた。だから、奴らを使えと。全く、忌々しい」


「あんたは犯罪組織が嫌いだもんな」


 八重野はうんざりしたように語り、東雲が同情した。


「お客さん。こいつが荷物だ。ちゃんとしてるか確認してくれ。VIP待遇で丁重に運んだが、あんたらが納得しなけりゃ返金する」


「あいよ」


 八重野、呉、セイレムがそれぞれの刀を取り、東雲も電磁パルスグレネードを手に取った。事前に準備しておいたのだ。


「問題なしだ。アレハンドロによろしく伝えておいてくれ」


「分かった。またな」


 八重野がそう言って部下が去る。


「それじゃあ、ホテルに向かいますか。ジェーン・ドウの奢りで高級ホテルのロイヤルスイートだぜ。人の金で贅沢するのは楽しいよな」


「あまり借りを作ると後が怖いぞ」


 東雲が暢気にそう言うと呉が忠告した。


 東雲たちはラジカルサークルが準備した車に乗り込み、ニューロサンジェルス市内ビジネス地域にある高級ホテルにチャックインした。


 ロイヤルスイートの贅を凝らした部屋に入り、東雲たちは一段落する。


「さて、作戦だ」


 東雲が落ち着いてから呉たちを集めて宣言した。


「まずは暴動が起きて、ALESSの注意がそっちに向くことを前提とする。大井D&CウェストコーストにはALESSの軽装部隊が配置されている。現地はALESSによって封鎖済み。騒動が起きて期待できるのは敵の増援が来ないこと」


 ラジカルサークルが起こす暴動では大井D&Cウェストコーストを封鎖しているALESSの部隊は動かないと思われている。


「ALESSの構造物はベリアたちがハックしてくれる。一時的にC4Iをマヒさせて、襲撃が司令部に知らされるのを止めることができる。だが、相手も六大多国籍企業ヘックス民間軍事会社PMSCだ。油断はできん」


 ALESSの構造物はベリアたちがハックしている。C4Iの機能を停止させることも可能だ。だが、そう長くは持たないだろう。


「ALESSの部隊を蹴散らしてから大井D&Cウェストコーストのビルに突っ込む。目標は完全な開放じゃない。お土産パッケージの確保とTMCへの護送だ。お土産パッケージをひっかけたらとんずらだ」


 脱出経路を東雲たちが確認する。ニューロサンジェルス国際航空宇宙港に駆け込み、そこからチャーター機に乗り込んでTMCへ離脱する。


お土産パッケージは南島エルナ。大井D&Cウェストコースト勤務のAI研究者だ。生体認証データは全員持ってるな?」


「ああ。持ってる。大丈夫だ」


 お土産パッケージは女性研究者。京都大学で学位を取った数学博士で暗号研究とAI研究の第一任者ということであった。


「不確定要素を確認したい。まずアトランティスとアローの戦争。ニューロサンジェルスを巡って戦争が起きてる。いつ、ニューロサンジェルス市内に波及するか分からんということだったな」


「ああ。アトランティスとアローは災害地帯で血塗れの市街地戦をやってるそうだが、アローはアトランティスの後方であるニューロサンジェルス市内に工作員エージェントを侵入させているそうだ」


 呉が確認するのに東雲がベリアたちから受け取った情報を告げる。


「ふうむ。そいつは面倒だな。アローの不正規作戦部隊がいるのか。恐らくは生体機械化兵マシナリー・ソルジャーだろう。殺し甲斐がある」


「あんたはそれでいいかもしれないけど、仕事ビズを考えれば無用な騒動はごめん被るぜ。ただでさえジェーン・ドウは仕事ビズの失敗に苛立ってる。また失敗したら使い捨てディスポーザブルだ」


 セイレムが嬉しそうに言うのに東雲はげっそりである。


「上手くやらないとな。騒動が起きれば空港も封鎖されかねない。そうなるとここから逃げる手段がなくなり、俺たちはアトランティスの縄張りのど真ん中で孤立する」


「最悪だな。この手の海外出張はこれだから嫌なんだよ」


「TMCでの仕事ビズも楽じゃないがね」


 東雲が愚痴り、呉がそう言う。


「“ネクストワールド”を巡る企業戦争はしばらく続くだろう。大井海運本社ビルのテロは最高のパフォーマンスだった。今やどの六大多国籍企業の重役も“ネクストワールド”について聞かされているはずだ」


「この手の仕事ビズは続くって訳か。やれやれだな」


 八重野がそう言い、東雲が椅子の背にもたれる。


「作戦実行は明日の夜だ。それまでのんびりしてていいぞ。飯食いに行くか?」


「そうしよう。何が美味いんだ?」


「しらね。八重野、おすすめの店に案内してくれない?」


 東雲が八重野にそう尋ねた。


「ステーキを出す店がある。上質の合成肉を使った高級店だ。エイデンとそこでよく仕事ビズの話をした。個室で盗聴防止が施してあるから向こうでも仕事ビズの話ができるぞ」


「ステーキか。いいねえ。肉が食いたい気分だった」


 八重野が言うのに東雲がようやくい嬉しそうに言った。


「飯食って、適当に過ごして、明日の本番に備えよう」


 東雲たちは八重野おすすめのステーキハウスに入った。


 案内ボットに個室に案内され、東雲は400グラムのガーリックバターステーキと赤ワインを頼んだ。ステーキはすぐに運ばれてきて、熱々としたステーキが香ばしい香りを漂わせる。


「おお。美味い。マジで美味いな。本当に合成品なのか、これ?」


「合成品もピンキリだ。金持ち向けに手間暇かけたものは美味いし、金が必要になる」


 東雲が上質な脂と赤身が程よく混じったステーキ肉を口に運ぶのに、八重野もステーキを口に運ぶ。八重野はサラダセットも頼んでいた。シーザーサラダだ。


「なあ、“ネクストワールド”は俺たちも使えるのか?」


「使えるんじゃねえの? あれは魔術だ。前に教えたけど、俺は異世界で勇者やって魔術を使ってた。マトリクスじゃなくて現実リアルでな。炎を出したり、結界を張ったり、肉体を強化したり」


「ふうむ。“ネクストワールド”を使えば俺も魔法使いになれるってのか。箒で空を飛んだり、ドラゴンを召喚したりとか?」


「飛行魔術はない。コントロールが難しすぎて魔術師が落下死しまくった。それから魔術で使役できるのは精霊と死霊。ドラゴンは無理だ」


「夢があるんだかないんだか」


 東雲がステーキを貪りつついうのに呉が赤ワインを口に運びながら呟く。


「あたしは欲しい魔術がひとつある。あんたが使っていた“ネクストワールド”使用者の展開する障壁をぶち破る魔術だ。それをくれ」


「あいよ。“ネクストワールド”は持ってんの?」


「持ってる」


 東雲が尋ねるとセイレムがそう返した。


「ちょっと待てよ。現実リアルの魔術をどうやって伝えりゃいいんだ?」


「あんた、知ってるんじゃないのか?」


「俺は“ネクストワールド”は使ってないし。現実リアルで伝えて見て使えるか試してみるか?」


「どうやって現実リアルで魔術を使うんだ? 魔法の言葉を詠唱する?」


「基本はそれ。だけど、詠唱は別に必須じゃない。詠唱はタグをつけて管理するようなもんだ。魔術の暴発を防ぐための。だから、使う魔術の種類が少なかったり、ちゃんと覚えていれば問題ない」


 東雲はそう言って魔術の発現方法をセイレムに教えた。詠唱と強く頭の中に思い浮かべるべき魔法陣。魔法陣は正確に思い浮かべなければ魔術は作動しない。


「使えそうか?」


「全然。何も起きないぞ」


「あんた、魔力がないしな」


「クソ。使えないな」


 東雲が軽く言うのにセイレムが吐き捨てた。


「ベリアからマトリクスで流れている魔術を貰った方が速いぜ。本格的な魔術を使うのは何年も修行してからだからな」


「やれやれ。手軽にインストールして使えるものじゃないってわけか。ローテクだな」


「うるせえ」


 東雲は教えたのに文句を言われて拗ねてしまった。


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