“Perseph-Oneの解析に関するトピック”

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 ──“Perseph-Oneの解析に関するトピック”



 ベリアとロスヴィータは初めてBAR.三毛猫でトピックを立てた。


 それが“Perseph-Oneの解析に関するトピック”だ。


「来るかな?」


「暇人から来るだろうね。そして噂が広まれば」


 トピックが立ってから新しいトピックを残らず見てまわるベリアが言うところの暇なハッカーがやってきて、トピックにアップロードされたPerseph-Oneを見ると仰天して仲間に連絡し始める。


 それから連絡を受けたハッカーたちが続々とトピックを訪れた。


「本物なのか?」


「アルバカーキで入手したものだよ。アメリカ空軍の軍用アイスを砕いて、民兵ミリシアによる大陸間弾道ミサイルICBM基地占拠を行った“アメリカン・フロント”のハッカーから入手した、ね」


「なるほど。本物のようだな」


 自然といつもの面子が集まる。


 メガネウサギのアバターにアニメキャラのアバター、アラブ人のアバターなどなど。


「つまり、こいつを使えば俺たちも軍用アイスをやれるってわけか?」


「おすすめはしないよ。これまでそれを使った人間は軒並み死んでるか死んでるに等しい。今やこのPerseph-Oneは六大多国籍企業ヘックス目標ターゲットになってるし、ASAの雇った民間軍事会社PMSCも狙ってる」


「ASAの雇ってる民間軍事会社。例のサンドストーム・タクティカルか。元イスラエル国防軍IDFのローエー旅団」


 アラブ人のアバターが呟くように言う。


「だが、こいつはアイスブレイカーだ。アイスを砕かせなければ評価はできない。軍用アイスを相手に仕掛けランをやってみよう」


 アニメキャラのアバターの女性がそう言いだす。


「部屋に民間軍事会社の特殊作戦部隊が突入ブリーチしてくるかもよ?」


「まさか、私が軍の施設を相手に仕掛けランをやると思ったのか? 違うよ。ここで試す。ここに軍が使用してる高度軍用アイスがある。私の昔の仕事ビズで作った代物だ」


「わお。どこの軍から引き受けたの?」


「欧州のとある軍隊とだけ言っておこう。私が昔六大多国籍企業勤めだったのは言っただろう。その時に請け負った。私は限定AI制御のアイスに関しては専門家を名乗っていいと思ってる」


「欧州ってことはZ&E案件かな?」


「それを頼れない連中だ。あまり詮索してくれるんな」


 欧州を縄張りとするZ&Eの支援を受けれないということは国際的に認められていない軍閥かとベリアは推測した。


「クライアントはどうあれ私は高度軍用アイスを組んだ。限定AIによる複層式自己診断及び迎撃プログラムが組み込まれたものだ。今は私のマトリクスでヤバい場所に行くときのお守りとして使っているが」


 そう言ってアニメキャラのアバターがトピックに自作の高度軍用アイスをアップロードした。


「恐らくはアメリカ空軍の軍用アイスに引けは取らないはずだ」


「マジかよ。個人がそんなもの持ってていいのか?」


「ハッカーにそういうのを問うのは野暮だよ」


 アニメキャラのアバターはそう言ってトピックにアップロードした高度軍用アイスを相手にPerseph-Oneを仕掛けランる。


「おっと。早速食いついたぞ。表層の限定AIが沈黙した」


「軍用アイスだ。表層を砕いただけじゃ意味がない。次はどうなる?」


 メガネウサギのアバターが進捗を見守る。


「次の限定AIが表層の機能不全を察知する前に砕いた。これはアイスのパターンを学習してるのか? リアルタイムで? これはAIなのか?」


「そう考えるしかないな。次々に限定AIを、それも効率を上げて無力化している。国連チューリング条約執行機関のAIキラー以上だ。この限定AIのアイスはどれだけ分厚いんだ?」


「高度軍用の品だ。攻撃されることを考えて十層以上で構築してるし、AIキラーは想定している。パラドクストラップの類は通用しないし、通常のアイスブレイカーならば迎撃コードが発動して焼き殺される。だが」


「動作してない」


 アニメキャラのアバターが唸りながら説明するのにメガネウサギのアバターが一言そう言った。


 Perseph-Oneは軍の基幹システムを防衛する高度軍用アイスを砕き切り、完全に無力化した。


「すげえ。マジかよ」


「ログはあるか?」


「アップロードした。こいつはすげえぞ!」


「軍用アイスを単体のプログラムで仕留めるなんてありえねえ」


 トピックが騒然となり様々な解析ログがアップロードされる。


「これで本物だって証明できたね」


「そうだな。こいつは本物だ。文学部ハッカーに軍用アイスを砕かせるに十分な能力を持っている。今のでアメリカ空軍の軍用アイスをやるのも無理じゃないって示された」


 ベリアが言うのにメガネウサギのアバターがログを読みながら頷いた。


「ああ。こいつが仮に噂のPerseph-Oneじゃなかったとしても、それなり以上の脅威になる。このアイスが砕けるなら六大多国籍企業のアイスも砕ける。こいつはヤバイネタだぞ」


「六大多国籍企業もこれを追いかけてる。当然のことだけど。これまではASAとサンドストーム・タクティカルが痕跡を消して来た。だが、こうして流出したわけで。解析を行いたいと思うんだけど?」


「こいつに手を出して無事に済むという保証は?」


「正直に言おう。そんなものはないよ」


 アニメキャラのアバターが尋ねるのにベリアは率直にそう返した。


「クソ。ときどき自分がハッカーなのが嫌になるよ。『おいおい。こいつはどう考えたって不味いぞ。手を引いた方が長生きできる』って思っても行動の方はそれに反したことをしちまうんだ」


「じゃあ、乗るかい?」


「乗る。こいつは知りたい。何なのか」


 アニメキャラのアバターが頷いて見せた。


「俺も乗るぞ。俺も本能がこいつは関わり合わない方がいいと言ってるが、本能に従ってたら今も俺たちは洞穴で暗闇を恐れながら暮らしたままだ」


「やってようぜ。六大多国籍企業を出し抜いてやる」


 メガネウサギのアバターとアラブ人のアバターも乗った。


「あたしも乗っていい?」


「おや。BGM-109。君も?」


「まあ、気になるしさ」


 前にアルゼンチンのマトリクスを探索したBGM-109という女性ハッカーも合流した。


「よし。じゃあ、今現在の解析で分かっている情報だよ。予想していた人は多いと思うけど、ASAが開発しただろうこのPerseph-Oneには白鯨由来の技術とマトリクスの魔導書由来の技術の両方が合わさっている」


「おかしなことに本来なら交わらないものが上手く交わって、こんな強力なアイスブレイカーになってる。恐らく彼らはふたつの技術が組み合わせられる新しい言語を開発した。それが意味するのはこのPerseph-Oneを生み出した存在」


 ロスヴィータとベリアがトピックに構造解析の結果を示す。


「白鯨のバージョンアップか?」


「クソッタレ。ASAの連中は白鯨の亡霊をずっと追いかけてたってわけだ。そして、実用可能になった白鯨を稼働させて、こいつを生み出した。その新しい言語とやらでバージョンアップされた白鯨で」


 メガネウサギのアバターとアニメキャラのアバターが言う。


「ちょっと質問。白鯨は凄いけどいつまでも昔のAIに拘る必要はある? 前に見たけどあれのコアコードはイカれてた。新しく作り直した方がいいくらい」


「新しいAIか。それは考えてなかったな」


 BGM-109が指摘するのにベリアが頷く。


「いんにゃ。こいつは白鯨のまんまだぜ。設計思想に奴の色が出てる。狂ったAIが吐き出した代物だ。前に奴が使ったアイスブレイカーとの比較を出す」


「ああ。こいつは白鯨だな。Mr.AKも昔懐かしのアイスブレイカーも。相互参照で白鯨由来のコードはほぼ一致だ」


 アラブ人のアバターが分析したのにメガネウサギのアバターも同じような結果に至ったデータをアップロードする。


「やはり白鯨なのか? 末席とは言えAI研究者から言わせるならば、白鯨というAIには成長の余地があった。自己学習能力は平均的な自律AI以上。そして奴は過去にも軍用アイスをやってる。覚えてるよな?」


「忘れるはずがない。奴は世界中の無人兵器をジャックしたんだ。危うく黙示録の世界だった。だが、ASAの目的はなんだ? 白鯨を復活させて、また世界規模の大騒ぎを起こすつもりか?」


「それが金になるか否か。利益を上げなきゃどんな組織だって潰れる」


「白鯨はどう考えても金にはならない」


 アニメキャラのアバターが言うのにメガネウサギのアバターが首を横に振った。


「しかし、白鯨はPerseph-Oneを生み出したと思われる。これまで私たちが解析してきたデータだけで構築されているものではない。白鯨とマトリクスの魔導書の両方の技術が親和性を得るための技術も使われている」


「白鯨でもマトリクスの魔導書でもなく、新しく作られた言語か。白鯨でも理解不能なのにそれを越えて来た。言語を作るというのは簡単なことじゃない。言語とは歴史だ。俺たちが普通に使う日本語も、プログラミング言語も」


「言葉。それについては一言では語れない。この二文字の単語を説明するのに人類がどれほどの時間をかけてきたことか。私たちは言語を自然に使いながらも、そこにある技術的、文化的、生物学的背景を知らない」


「誰もが自分たちが使っているものの構造を完全に正しく理解しているわけじゃない。俺たちは何も理解しないまま、これまで使われてきて便利だと言う理由で技術を利用しているのさ」


 アニメキャラのアバターがPerseph-Oneを構成する言語を解析しながら言うのに、メガネウサギのアバターも解析を進めながらそういう。


「言語には限界というものがあるって思わない? いかなる言語にしても組み合わせには上限があり、人間の言葉で表せるものは人間の発想の範囲を出ない。ボクたちは言葉によって高度な社会を築いたけど限界は来る」


「言語による限界は超知能に影響する。超知能は人間の言語で思考しない。私たちが『夢のようだ』としか表現できないものを、超知能は具体的に、詳細に表す。恐らく超知能が生み出したものの説明を受けることは難しい」


 ロスヴィータとベリアがそう考察する。


「だが、人間は言い表せないものを言い表そうとすることに文明のリソースをつぎ込んできた。化学式、数式、プログラミング言語。世界の全てが科学に帰結するって論法が正しいなら、超知能だろうとここに収まる」


「俺たちが作った科学の世界が本当にこの世の全てを説明できると思うか? 未だに宇宙の始まりも終わりも、シジウィック発火現象が示唆する死後の世界や宇宙人の存在の有無についても説明できないんだぞ?」


「科学者はその場しのぎの仮説や理論を披露しない。ドミトリ・メンデレーエフは未発見の元素を含んだ周期表を発明したし、数学は人間の想像の範囲外になる方程式を生み出している。科学は全てを含む」


「その科学は白鯨の技術を説明したか? どんな数式とプログラミング言語が白鯨やマトリクスの魔導書を説明した? 事象改変的現象としか今のところは表現されていないだろう?」


「それはそうだが。それでも法則性は見つかっている。いずれは科学に帰結するさ。こいつは別にイエス・キリストの奇跡じゃない。そう、事象改変的現象って名のただの物理現象だよ」


 メガネウサギのアバターが指摘するのにアラブ人のアバターが肩をすくめた。


「言語の限界が世界の限界だという考え方にはあまり同意できないね。世界には、宇宙には最初から言葉があったわけじゃない。言葉がなくとも生命は誕生したし、進化したし、言葉を生み出すに至った。でしょ?」


「宇宙の誕生はまだ分からないけれど、生命の誕生は恐らく化学式という言語があったし、生命の進化はDNAコードという名の言語があった。何も文学的だったり哲学的だったりするものが言葉の全てじゃない」


 BGM-109も発言するがロスヴィータがそう反論する。


「さて、解析が進んだぞ。白鯨とマトリクスの魔導書のふたつの技術を繋げた新言語についてだ。法則性はまだだが、Perseph-Oneから白鯨と断定できるもの、マトリクスの魔導書と断定できるものを除いた」


「これそのものは特に意味のあるコードじゃなさそうだが。しかし、ただの接着剤やビスってわけでもなさそうだな。Sorcerer-CSをバージョンアップして対応させよう。明日は有給使って今日は徹夜でやるぞ」


 メガネウサギのアバターがトピックのデータをアップロードし、アニメキャラのアバターがそう言って気合を入れた。


「どういう結果になるかな……」


「暗闇の世界を、神秘の世界を解体する。人間が火を手にしてからずっとやってきたことをやるだけだよ。人は隠されたものを暴き、自分たちの理解の下においてきた。今回だってきっとそうなる」


 ロスヴィータが呟くのにベリアがそう返して、彼女もSorcerer-CSのアップデート作業に参加した。


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