帝国主義者に死を//ギャング

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 ──帝国主義者に死を//ギャング



 吉野がセクター13/6を進む中、東雲と八重野が続く。


「なあ、あんたハッカーで生計を立てていたわけじゃないだろ? これまで何やってたんだ?」


 東雲が退屈してそう尋ねる。


「いくら払う?」


「金取るのかよ」


「情報屋だから」


 吉野は舌を出してそういう。舌にはピアスだ。


「50新円」


「オーケー」


 東雲が吉野の端末に50新円をチャージする。


「私はちょっと前まで地下アイドルやってたんだよ。マトリクスではそれなりに有名だった。“クルーズ・トマホーク・エンジェルズ”って知らない?」


「知らん」


「そ。まあ、地下アイドルが一応は本業でハッカーは副業。このセクター13/6からなり上がるには芸能が一番だったからね」


「そうなのか?」


「セクター一桁の芸能事務所のスカウトマンが来て、拾ってもらえればセレブになるのも不可能じゃない。成功した人間はいるからね。シンデレラストーリーっていうのかな」


「ふうん。その夢は諦めちまったのか?」


「シンデレラはおとぎ話。実際に地下アイドルからのし上がるには嫌なこともしなければいけない。それだったら自由に生きて、勝手にくたばる人生を送った方がマシじゃない。どうせ今の流行りからはズレてたし」


「俺はアイドルとかよく知らないからな。朝ドラとか歌唱番組とかに出るアイドルをちょっと知っているレベル」


「朝ドラって。いつの時代の話、おじいちゃん?」


「うるせえ」


 吉野が信じられないという顔で東雲を見るのに東雲が吐き捨てた。


「八重野。アメリカにはアイドルっていたか?」


「アイドルという区分ではないが、男女ともに音楽活動をやっているグループはいた。それこそ白人至上主義のギャングが客だったり、コリアンギャングの構成員のグループだったり、ラテン系の不法移民がライブをしたり」


「ふうん。そういうのに縁はあったか?」


「たまに仕事ビズでその手の人間の護衛を任せられた。六大多国籍企業ヘックスもそういう人間を利用するんだ。私からすればどうでもいい人間だったが、確かに影響力は無視できない」


「六大多国籍企業の広報活動にでも使うのかね」


「さあな」


 八重野は関心もなさそうにそう流した。


「あなた、サイバーサムライ?」


「そうだ。それがどうした?」


「サイバーサムライにしては可愛い顔してるなって。私、可愛い女の子好きだよ」


「あいにくだがその手の話は間に合ってる」


「残念」


 八重野はため息交じりに吉野に言い、吉野は肩をすくめた。


「そろそろか?」


「うん。あの建物だよ」


 吉野が指さしたのは1階に中華料理屋が入り、2階に雀荘、3階が消費者金融になっている見た通りのチャイニーズマフィアの拠点のひとつだった。


「チャイニーズマフィアか」


「犯罪組織はお嫌い?」


「ああ。嫌いだ」


 八重野が嫌悪感を隠さずそういう。


「大丈夫だ。俺が一緒に行く。八重野は表で待ってろ」


「分かった」


 東雲は八重野にそう言って八重野は中華料理屋の前に立った。


「アポとか取ってるんだろうな?」


「大丈夫。安心して」


 吉野は東雲にそう言って中華料理屋に入る。


「いらっしゃい」


「こんちは。チョウ大人ターレンはいる?」


「あ? あんた、どこの人間だい」


「清水の使いだよ」


 中華料理屋の店員がしげしげと吉野と東雲を見る。


「銃は?」


「持ってない」


「じゃあ、上に行きな。あんたのお目当ての連中は上だよ」


 中華料理屋の店員はそう言って階段を指さした。


「ありがと」


 吉野は中華料理屋の店員にそう言って2階に昇っていった。


「おい。なんだ、お前ら。何か用か?」


「メッセージ。周大人に」


「清水の使いか?」


「その通り」


「生体認証をする。待ってろ」


 雀荘の前にいたスーツ姿の中華系の男が吉野の顔をARデバイスでスキャンした。


「ボスは上だ。行け」


 中華系の男がそう言って階段を指さした。


 吉野と東雲はさらに3階に昇る。


「情報屋の使いだな。ボディチェックだ」


 3階の消費者金融の事務所の前にもスーツ姿の中華系の男が立っていた。中国製の自動小銃で武装している。


「はいはい。お好きなように。けどエッチなことはしないでね」


「てめえみたいなのは趣味じゃねえ」


 吉野がジャージ姿の体を任せるのにスーツの男が金属探知機でスキャンした。


「お前もだ」


「はいはい」


 東雲も当然チェックされる。


「入っていいぞ」


「どもども」


 スーツ姿の男が扉を開け、吉野と東雲が消費者金融の事務所に入る。


「よう。情報屋の使い走り。俺にメッセージらしいな」


 事務所の中にはブランド物のスーツを纏った大型な男とそれに付き従っている銃火器で武装した男たちがいた。


「そ。メッセージを伝えるよ。『チェン少将は取引から手を引く。穏便に関係を終わらせたいと願っている』だってさ」


「クソ。チキン野郎が」


 吉野がメッセージを伝えると同時に詳細な情報を短距離通信で目的の人物の端末に送るのに、目的の男が悪態を吐きながら情報を眺める。


「情報屋。他に何かないのか?」


「これだけ。お駄賃貰える?」


 目的の男が吉野を見るのに吉野が首を傾げてそう言った。


「そいつは困るな。情報、持ってるんだろ? 出せよ。これからの円滑な取引のためにとでも思ってさ」


 目的の男がそう言うと部屋にいた男たちが一斉に銃口を吉野と東雲に向ける。


「参ったな。ただのお駄賃も踏み倒そうってわけ?」


「そっちの態度によってはな」


 吉野が肩をすくめるのに男たちは銃口をしっかりと彼女に定めていた。


「いい加減にしとけよ。金はちゃんと払え」


 東雲がうんざりしたようにそう言うのと同時に顕現した“月光”が男たちの銃火器を全て切断してしまい、そして目標の男の首に刃を向けた。


「サイバーサムライ!?」


「こいつ、“毒蜘蛛”だ!」


 チャイニーズマフィアの男たちが叫ぶ。


「知ってるなら話は早い。ケチな情報屋に手を出してジェーン・ドウとトラブルを抱えたくはないだろ? 大人しく金払って取引しろ。取引が拒否されたら、それでお終いだ。オーケー?」


 東雲が目的の男にそういう。


「はあ。畜生。分かった。情報には金を出す。何かあるか?」


「陳少将はTMCでの取引全体から手を引くって。代わりにユエ大校が取引に興味を示している、ってさ」


「いい知らせだ。それを伝えろ。8000新円でいいか?」


「いいよ」


「端末出しな」


 目的の男が言うのに吉野が端末を投げ渡し、男がそれにチャージした。


「また情報が入ったら連絡をくれ。ああ、それから清水によろしくと伝えておいておいてくれよ」


「任されました」


 目的の男から端末を投げ返されると、吉野は東雲より先に事務所を出た。それから東雲が“月光”を格納して事務所を出る。


「清水の野郎。こうなるって分かってやがったな。あんたはこれで手を出せない危険人物の仲間入りってわけだ。あんたとトラブルを起こせば、俺とのトラブルになり、そしてジェーン・ドウとトラブルになるって思わせた」


「かもね。私にとっては嬉しいことだけど。私みたいな女だと変なのに絡まれやすいから、犯罪組織とつるむか、あるいは金を出して用心棒を雇うしかないし」


「1000新円が高くついたぜ」


 東雲がやれやれというように肩をすくめてビルを出る。


「八重野。終わったぞ」


「そのようだな。揉めたようだが?」


「大丈夫。解決した」


 八重野が吉野を睨むのに東雲が軽くそう言った。


「ふん。チャイニーズマフィアなどと取引をするから」


「ごめんねー。お金入ったから甘いものでも奢ろうか?」


「別にいい」


 吉野が端末を振っていうと八重野はため息をついた。


「東雲。私たちの仕事ビズをした方がいいぞ。例の情報屋の情報によれば、問題になってるコリアンギャングの拠点はそう遠くない。連中の準備している武器を押さえればテロは防げるだろう」


「あいよ。仕事ビズをしましょう。じゃあな、吉野。帰りに襲われないようにとっとと逃げておけ」


 八重野が伝えると東雲が吉野に手を振った。


「またね、サイバーサムライさんたち」


 吉野は手を振ってセクター13/6の街に消えていった。


「さて、と。事前準備なしで突っ込むか?」


「今、マトリクスで情報を集めている。トーキョー・ボーイズは間違いなく韓国の軍事政権による非正規作戦のためのカバーのひとつだ。写真がSNSにアップロードされているが、大井重工製の軍用機械化ボディを装備した人間がいる」


「大井は韓国の軍事政権と取引してんのか?」


「大井は韓国の軍需産業を買収している。韓国製の武器は一時期売れたからな。ブランド名を買ったようなものだ。それからは立場が逆転して、大井重工製の兵器を向こうでライセンス生産している」


「なるほど。庇を貸して母屋を取られるってわけだ」


「韓国の軍事政権にはトートが主導して欧州諸国が経済制裁を課している。大井から最新の技術が手に入るのは向こうにとっても望ましいことだろう」


「で、その恩になっている大井に対して今回はテロを企てていると。何考えてんだよ。自分の支援者潰して何の得があるんだ」


「分からん。だが、歴史的に韓国の政府というのは日本と仲が悪い。日本政府にしたところで北朝鮮の核がなければ今さら韓国の軍事政権など支援しない」


 東雲が愚痴るのに八重野がそう言いながらマトリクスで情報を探る。


「よし。さらに情報が手に入った。例のギャングたちは韓国製の銃火器で武装。拠点には警備ボットと警備ドローンが配備されているが、警備は主に手動だ。情報屋の言った通りだな。韓国海兵隊の退役軍人がいる」


「嫌な予感しかしない。チャイニーズマフィアにカチコミかけたときと同じような展開になるんじゃないだろうな」


「少なくとも今回は大井統合安全保障の強襲制圧チームに脅かされることはない」


「子供兵は?」


「使っている。中国で人身売買された子供だ」


「胸糞悪い」


 東雲が吐き捨てた。


「特別な脅威は?」


「韓国海兵隊の退役軍人だな。韓国海兵隊の一部は高度機械化された兵士がいる。大抵その手の人間は太平洋保安公司か大井統合安全保障に転職するんだが、そのまま韓国の情報機関に準軍事作戦要員パラミリとして使われる」


「まあ、ジャクソン・“ヘル”・ウォーカー並みのイカレ野郎はいないだろう」


「それはそうだな」


 東雲が楽観的に述べるのに八重野が頷いた。


「セクター13/6で暴れる分には大井統合安全保障も突っ込んでこない」


「敵はコリアンギャングだけだ」


「好き放題暴れて、ぶち殺しまくってやろう」


 殺しは楽しくないけれどと東雲がぼやく。


「私も一応は仕事ビズだ。だが、クソッタレな犯罪組織の連中が死ぬ分には別に構いはしない。連中のような腐ったクズがいくら死んでも世の中にとって損失にはならないだろう」


「そりゃそうだ。何も生み出さず、分捕っているばかりの連中なら社会にとって何の損失でもございませんってな」


 八重野がタンパクに言うのに東雲が大きく頷いた。


「無人警備システムの制圧はできそうか?」


「ああ。一部に軍用のアイスが使われていたものの、大部分は民間に出回り、既に解析され尽くされたアイスだ。何の問題もなく制圧できるだろう」


「いいニュースだ」


「楽な仕事になるかもしれないな。連中とて自分たちを守るはずの無人警備システムが自分たちに牙を剥いたら慌てふためくだろう」


 八重野がマトリクスで仕掛けランをやる中、東雲たちはセクター13/6の倉庫街に到達した。倉庫とは名ばかりで産業廃棄物の神経毒が放置されていたり、電子ドラックジャンキーのたまり場担っている治安の悪い場所だ。


「殴り込みますか」


 東雲は清水が指定した倉庫を見て、“月光”を展開した。


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