終わった仕事の話

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 ──終わった仕事の話



 東雲たちは極東道盟のホテルから無事に生還した。


 強襲制圧部隊によってホテルが封鎖される前に逃げ出し、セクター13/6で大暴れする強襲制圧部隊の手から逃れた。


「はあ。寿命が縮んだ」


「だが、仕事ビズは果たした。ジェーン・ドウに報告しよう」


「そうだな。ちゃんと報酬も受け取らなきゃな」


 東雲たちはそう言葉を交わして、ジェーン・ドウの端末にメッセージを送る。


 “仕事ビズは完了。情報入手”と。


 それからすぐにジェーン・ドウから返信が来た。


「セクター6/2のバーに来いだとさ。あんた、酒飲めたっけ?」


「アルコールはなるべくなら避けたい。健康にいいことはないからな」


「そうか。多分、天然の酒を奢ってくれると思うんだけどな」


 東雲たちはそう言って電車に乗り、TMCセクター6/2に向かった。


「ここは平和だな。お上品な連中はここも危ないっていうけど、セクター13/6に比べたら遥かに治安がいい」


 セクター6/2はアルコールのサービスから性産業まで満たしており、その分治安が他のセクター一桁代と比べて悪いのは事実だ。だが、セクター13/6と比較すれば高級住宅街に等しい。


「ここだ」


 東雲たちは指定されたバーに入る。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウが不満そうなのはいつものこと。


 技術者のスキャンを受けて、個室に入る。


「酒を頼め。奢ってやる」


「じゃあ、俺はいつものジョニー・ザ・ブレイク」


 ジェーン・ドウが言うのに東雲はそう返した。


「私はアルコールは遠慮したい」


「飲め。バーに入って酒を飲まない客は店員にマークされるぞ」


「分かった。それではアップル・アップルを」


「ジュースと同じような酒を頼むんだな?」


 八重野の言葉にジェーン・ドウはそう言って軽く笑うとウェイターにオーダーした。


「で、情報は?」


「まず極東道盟のボスである張敏の端末から入手したデータだ。受け取ってくれ」


「ふむ。まずまずの仕事だな。悪くはない。他には?」


 ジェーン・ドウのワイヤレスサイバーデッキに八重野が情報を送り、ジェーン・ドウが渡された情報を見て頷いた。


「張敏から聞き出した情報だ。連中はグローバル・インテリジェンス・サービスに武器弾薬を渡し、車と偽装IDを準備し、ホテルに匿っていた。それから三代目河野会ってヤクザのファミリーが共犯」


「大体予想通りだな。強襲制圧部隊はもう一仕事だな」


 ジェーン・ドウがそう言ってカクテルを口に運ぶ。


「報酬だ。15万新円。無駄遣いするなよ」


「あんたは俺のお袋かよ……」


 ジェーン・ドウが東雲と八重野に報酬を渡した。


「で、お前の相棒のちびのハッカーだが不味いことになってるぞ」


「なんだって? ベリアに何があった?」


 東雲が身を乗り出す。


「国連チューリング条約執行機関のタスクフォーク・エコー・ゼロとグローバル・インテリジェンス・サービスの戦略電子支援群、メティス・バイオテクノロジーの情報保安部白鯨派閥、そして太平洋保安公司の作戦事業部。それらとやり合ってる」


「おい。それってどういうことだよ? ハッキングがバレたのか?」


「違う。ちびのハッカーとエルフ女は今マトリクスの魔導書を握っている。国連と六大多国籍企業ヘックス電子サイバー猟兵イェーガーを使ってそれを奪取しようとしているところだ」


「なんだってまた。大人しくあんたに渡せば終わりだろう?」


「おいおい。いつ俺様が国連やアトランティス、メティス、大井の人間だと言った? 俺様でも今の状況からは救えないぞ。俺様はこの仕事ビズに関係してないからな」


 東雲が唸るのにジェーン・ドウが肩をすくめた。


「だが、あんただろう。ベリアにマトリクスの魔導書のデータを持って来いっていったのは。どうにかならないのか?」


「ただの駒のために俺様に骨を折れってか? クソみたいな大乱闘が行われているマトリクスに飛び込んで? 寝言は寝てから抜かせ」


 ジェーン・ドウがそう吐き捨てる。


「じゃあ、あんたはマトリクスの魔導書のデータは手に入れられないぞ」


「俺様を脅迫できるとでも思ってるのか? 俺様は手に入れたいものはちゃんと手に入れる。どういう方法を使ってもな。分かるか?」


「クソ。俺たちに何をしろって言いたいんだ?」


仕事ビズに決まってるだろ。お前らにはちょっとした取引の護衛をしてもらいたい。情報の取引だ。とんでもなく危険な情報のな」


「はあ。ブツは何で、どこで取引するんだ?」


「とある自律AIのデータ。その取引場所は北方自治政府が管轄する樺太。そこにある旧ロシア海軍の地下潜水艦基地。第二次ロシア内戦の結果、廃棄された原潜が眠っている場所だ」


 ジェーン・ドウはそう言って東雲に樺太の旧ロシア海軍基地の情報を送った。


「おいおい。マジかよ。核魚雷と潜水艦S発射L弾道BミサイルMの保管庫? その上、廃棄された原潜の原子炉のせいで放射線汚染は深刻って……」


「場所による。もちろん、取引する場所は安全地帯だ。そこにある核は今は日本海軍が管理している。日本海軍はかなりの数の核弾頭を運び出した」


「日本は核武装してるってことか?」


「お前はまだ核拡散防止条約NPTを律儀に日本が守ってると思ってるのか? 本土に巡航ミサイルを叩き込まれたのに? 抑止力だよ。日本政府は極東ロシア臨時政府と取引した。核と軍事物資のバーター取引をな」


「なんてこった」


 東雲が何て言っていいか分からずそう呟いた。


「樺太は統一ロシアが返還を要求しているし、ロシア系住民の分離独立運動もある。警察業務は大井統合安全保障。軍事行動は太平洋保安公司と日本陸軍第11師団から派遣された樺太連隊」


「紛争地域ってことだよな? そんな場所で自律AIのデータをやり取りするのか? マトリクスでやればいいじゃないか」


「できないんだよ。危なすぎてな」


「……まさか取引相手はメティスか?」


「当たりだ。取引するのは白鯨の最新版の完全データ」


 ジェーン・ドウはこともなげにそう言った。


「冗談だろ。あの化け物を葬り去るのに俺たちがどれだけ苦労したと思ってんだよ。それを取引する? 正気とは思えないぜ」


「必要なんだよ。今出回っているマトリクスの魔導書のデータには白鯨のコードが混じったものがある。企業亡命してきた連中から聞き出したが、白鯨派閥はマトリクスの魔導書に白鯨をぶち込んだらしい」


「無茶苦茶しやがる。どういう結果になるか分かってたのか」


「結果としてはまともに動かない代物になった。だが、白鯨派閥はあの馬鹿なオリバー・オールドリッジの戯言を信じて、マトリクスに放って学習させれば白鯨並みの自律AIになると考えた」


「学習能力がねえのか白鯨派閥の連中は。白鯨をマトリクスに解き放った結果が分からないわけじゃないだろ」


「白鯨は一応は成功したし、今は何でもいいから結果を残さないと白鯨派閥は理事会に完全に見捨てられる。必死なんだろ」


 東雲が呆れ果てるのにジェーン・ドウはどうでも良さそうにそう言った。


「で、マジで白鯨のデータを取引するのか? 何と引き換えに?」


「お前たちがトロントで盗んだ理事会のデータを反白鯨派閥に渡す。反白鯨派閥はいい加減に白鯨派閥を抹殺したい。理事会のデータがあれば有利になる」


「畜生。白鯨が暴走しない保証は?」


「扱い次第だな。今は非アクティブ状態になっている。だが、一度アクティブにすれば白鯨の悪夢再来になるかもな」


「あーあ」


 東雲はもう言葉も出なかった。


「樺太で脅威になるのは?」


「ロシア系住民が組織している分離独立主義者。オホーツク義勇旅団って連中がいる。装備は旧式のロシア製兵器。一部に旧ロシア軍の軍人がいる」


「脅威がひとつ。他には?」


「樺太の核施設は日本海軍の特殊作戦部隊である特別陸戦隊SNLFと太平洋保安公司の特殊兵器事業部が保護している。どっちも最新の日本国防軍の兵器で武装し、その上機械化率は日本陸軍の特殊作戦群より高い」


「嬉しいニュースだことで」


 武装したテロリスト+日本国防軍+民間軍事会社PMSC。泣きたくなるほど嫌な面子が揃っている。


「樺太連隊にも警戒しろ。テロリスト狩りでピリピリしてる。統一ロシアの情報部がオホーツク義勇旅団を支援しているらしいからな。空はいつもドローンか人狩り機仕様の無人攻撃ヘリが飛んでる」


 ジェーン・ドウが続ける。


「最後に警戒すべきはメティスの白鯨派閥だ。連中はメティス御用達のベータ・セキュリティとの契約が破棄されて、代わりにサンドストーム・タクティカルという民間軍事会社と組んだ。グレイの会社だ」


「そりゃ当然白鯨派閥は阻止しようとするだろうな」


 東雲は納得したように頷いた。


「それを受けるとしてベリアたちは助けてくれるんだろう? その保証がなければ俺たちは仕事ビズは受けないぜ」


「助けてやる。偶然親切なハッカーが連中を助けてくれるってわけだ。俺様は言ったように今回のマトリクスの乱闘騒ぎにいは無関係だ。だから、救出部隊を別に派遣する。それでいいか?」


「まずは助けてくれたと確認したい。どうせ次の仕事ビズにもベリアたちが必要になるんだろう」


「けっ。前払いは好きじゃないんだがな。特にお前らのような底辺相手には」


 ジェーン・ドウが露骨に嫌な顔をした。


「まあ、いいだろう。俺様だ。予定通りに動け。合意は取れた。国連チューリング条約執行機関にはこっちから圧力を掛ける。他の連中を追い払え」


 ジェーン・ドウがマトリクスに接続してそう命令する。


「これで安心できたか?」


 場がフリップする。


 TMCのマトリクスにおいてベリアとロスヴィータはヘレナと暁をエストニアに逃がそうと懸命に追跡エージェントと検索エージェントを攻撃していた。


「ダメだ! こいつら相当しつこいよ!」


「それでもやらなきゃいけないんだよ!」


 各勢力の攻撃エージェントが飛び交い、エストニアに逃げようとするヘレナと暁には追跡エージェントと検索エージェントが貼り付こうとする。


 ベリアたちは攻撃エージェントをアイスで防ぎながら、追跡エージェントと検索エージェントを攻撃して追跡できないようにしようとする。


 だが、残念なことに敵の数が多過ぎる。


「もう飛んでも大丈夫か!?」


「待って! 今のままならエストニアまで追跡される! ダメ!」


「クソ」


 ベリアが叫ぶのに暁が悪態を吐いた。


『シルバースターから全部隊。撤退命令が出た。引き上げろ』


『撤退命令ですって? ここまで追い込んだのに?』


『命令は命令だ。撤退せよ』


『クソッタレ』


 と、ここで国連チューリング条約執行機関のタスクフォーク・エコー・ゼロが撤退を始め、国連権限で発動されていたTMCのマトリクスに対する制限が解除された。


 そして、新手が現れる。


『ハンニバル・ゼロ・ワンからシャーリー・ゼロ・ワン。所属不明のハッカーが侵入。指示を求める』


『シャーリー・ゼロ・ワンからハンニバル・ゼロ・ワン。直ちに排除せよ。我々の邪魔をさせるな』


『了解』


 太平洋保安公司の情報作戦事業部の電子サイバー猟兵イェーガーが侵入してきたハッカーたちに攻撃エージェントを叩き込む。


 だが、侵入してきたハッカーは高度な軍用レベルのアイスでそれを防いで、ベリアたちの下へと向かった。


「あんたらがアスタルト=バアルとロンメルか!?」


「そうだよ! 君たちは!?」


「逃がし屋だ! ジェーン・ドウに雇われた! ここは任せて逃げろ!」


「任せていいんだね!?」


「ああ! 追跡エージェントと検索エージェントはこっちで片付けておく!」


「ありがと!」


 ベリアが暁たちの方を向く。


「飛んで! 逃げるよ!」


「了解」


 そして、ベリアたちは一斉にエストニアのマトリクスに向けてジャンプした。


……………………

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