運び屋//TMCセクター12/1

……………………


 ──運び屋//TMCセクター12/1



 東雲たちを乗せた装甲車はTMCのセクターを下っていく。


 セクター3/1からどんどんと下に、下に。


「ベリア。ハッカーはどうなった?」


『消えた。けど、例の自律AIをを確認。白鯨並みとは言わないけれど不味い相手だよ。もうTMCの生体認証スキャナー程度ならばハックしているかも。あれは大井統合安全保障の下請けが運営しているから』


「はあ。こっちの位置は丸わかりってことか。クソッタレ」


『大丈夫。こっちも前回襲撃をやった非合法傭兵の生体認証データはある。連中がまた仕掛けランをやったらこっちの張っている網に引っかかる』


「いいニュースだ。今のところ、連中の存在は確認できてないのか?」


『できてない。けど、見つけたらすぐに知らせる』


「あいよ。頼むぜ」


 そう言って東雲はベリアとの連絡を切った。


「さて、運び屋。暁か。本当に荷物について教えてくれないのか……」


「今は言えない。そっちのジェーン・ドウに引き渡すときに教える」


「生ものだって?」


 東雲が尋ねる。


「おい。生物医学的サンプルと言ったが、生物兵器の類じゃないだろうな?」


「違う。危険なものではない。俺だって生物兵器を運べと言われたらもう少し注意する。それに言っただろう。こいつは白鯨派閥に狙われている。そして白鯨派閥はAI研究に拘っている連中だ」


 セイレムが暁を睨むのに暁がそう言い返す。


「AI研究絡みの品が生物医学的サンプルで、生ものだっていうのか?」


「今は何とも言えない。あんたらは俺と荷物を護衛する。俺は荷物を依頼主に届ける。それだけの仕事ビズだ。余計なことを探るとジェーン・ドウに使い捨てディスポーザブルにされるぞ」


「畜生。で、その生ものは冷凍しているのか?」


「必要ない。これはひとつの生物として完結している」


「まさか生きているのか?」


 東雲がぎょっとして尋ねるのに暁は黙り込んだ。


「勘弁してくれよ。生きてるって。実験動物か? 何かしらの特殊な処置を施された実験動物か? 例えば脳を機械化して、脳のデジタルデータが採取できるような」


「確かに実験動物だ。だが、措置を受けているわけじゃないと聞いている。この実験動物は生まれながらにして特殊な体質なんだ」


「ふうむ。俺たちはマトリクスの魔導書っていうのにメティスの白鯨派閥に興味津々で、そいつは人の脳神経データが含まれているって話だ。その実験動物の脳神経が特殊なんじゃないか?」


 東雲がそう推察する。


「確かに特殊だろうな。俺は別に人間を運んでいるわけじゃない。人間以外のものを運んでいる。そう、生物医学的サンプルって奴をな」


「だが、マトリクスの魔導書は人間の脳神経のデータだと」


「そこら辺が複雑な事情って奴だ」


 暁がそう言ってスーツケースのキャリーハンドルに付けた手錠を確認する。


「メティスは人体の機械化についてどの六大多国籍企業ヘックスより進んだ技術を持っている。それこそ脳だけで生かしておく手段だってある。そういうことじゃないだろうな?」


「言ったはずだ。ひとつの生物をして完結していると。生物という形はある」


「ふうむ。生物として形があるね。ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーもひとつの生物として完結している奴だったが奴の生身の部分は脳幹だけだった」


「機械化はしていない。ウェットなサンプルだ。マトリクスの魔導書との関係は、恐らくはある。俺もハッカーとしていろいろと荷物について調べた。六大多国籍企業に嵌められないようにな」


「で、ご同業でも自分の身の保身のために荷物については教えられない、と」


「すまんな。こればかりは今は明かせない」


 暁は特に悪びれもなくそう言った。


「もうすぐセクター12/1だ」


「順調だな。このまま何もないといいだが」


 東雲がそう言った時、ARデバイスにベリアから通知が来た。


『東雲。連中を見つけた。今、セクター12/1にいる』


「おい。マジかよ。俺たちも今、セクター12/1にいるんだが」


『じゃあ、気を付けて。ハッカーもどこかに仕掛けランをやるはず。生体認証スキャナーが見張ってるけど大井統合安全保障は動かないかも』


「いつも通りだな」


 東雲が呆れたようにそう言い、周囲を見張る。


「八重野、呉、セイレム。仕事ビズだ。連中が近くにいるぞ」


「了解。だが、いくらなんでも高速道路でやりはしないだろう」


「だといいんだが」


 東雲は周囲を油断なく見張っていた。


「クソ!」


「どうした?」


「対戦車ミサイルだよ! 躱せ!」


「なんだって」


 東雲が叫んだとき、後方から接近していたSUVから対戦車ミサイルが飛来した。


「畜生!」


 東雲が“月光”を投射して対戦車ミサイルを撃ち落とそうとするが、それは至近距離で炸裂した。装甲車が衝撃を浴びてスピンし、ガードレールに叩きつけられる。


「クソ。無茶苦茶やりやがる。荷物は無事か、暁!」


「大丈夫だ。だが、荒事は専門じゃない。頼めるか?」


「それが俺たちの仕事ビズだ」


 東雲が装甲車の扉を蹴り破って、外に出る。同時に“月光”を高速回転させて装甲車にいる暁たちを守る。


 装甲車がスピンしてぶつかったガードレースの傍に対戦車ミサイルを叩き込んだSUVが停車する。高速道路は流れが詰まり、渋滞を起こしていた。


「おや。前と同じ連中だな。前の続きが楽しめそうだ」


 ブランド物のスーツを纏い、腰に刀を下げたラテン系の男が姿を見せる。


 アウグストゥスだ。


「アウグストゥス。俺たちの仕事ビズ荷物パッケージを確保することだ。遊ぶのはほどほどにしておけ。大井統合安全保障が来るぞ」


 そういうのは東ヨーロッパ系の男だ。やはりブランド物のスーツに刀を下げている。サイバーサムライだ。


「そういうなよ、カリグラ。小言が多いのは年を取った証拠だぜ?」


「俺はカリグラと同意見だ。このTMCで暴れるのは得策じゃない」


「お前も小言を言うのか、ティベリウス。楽しもうぜ。仕事ビズも人生だ」


「全く」


 アフリカ系の男──ティベリウスが言うのにアウグストゥスが肩をすくめた。


「クソ野郎ども。3人もサイバーサムライがいやがる。メティスは大盤振る舞いしてくれたな。白鯨派閥も金を持っているってわけだ」


「前にやり合った連中だ。凄腕だぞ」


「嫌になってくるぜ」


 東雲がぼやく。


「俺はあのラテン系の男を叩く」


「じゃあ、あたしはそこに隠れているサイバネアサシンを殺す」


 呉が言うのにセイレムがSUVの影に視線を向けた。


「ほう。クラウディウスに気づいたか」


「前にやり合ったからね。音響解析のデータがある程度ある」


「まあ、頑張ってくれ」


 アウグストゥスがセイレムにそういう。


「じゃあ、八重野はあのアフリカ系の男をぶっ殺せ。俺は偉そうな東ヨーロッパ系の男を叩き切る。ああ、もう生体機械化兵マシナリー・ソルジャーやサイバーサムライの相手はうんざりだ!」


 東雲がそう叫んで、カリグラの“月光”の刃を向けた。


「大井の非合法傭兵。俺たちの祖先の話を知ってるか」


「なんだよ、それ?」


 カリグラが尋ねるのに東雲が尋ね返す。


「かつてヨーロッパでは傭兵たちが国家の軍隊として戦っていた。だが、それが嫌いな人間がいた。マキャベリって男だ」


「君主論か。名前だけ知ってるよ。あんたも文系か?」


「俺は学者じゃないし、大学も卒業してない。だが、言えるのはマキャベリは傭兵は傭兵同士の馴れ合いで戦争が成り立たないと。常備軍こそが国家を守ると主張した」


「はあ。分かったよ。傭兵同士俺たちも馴れ合おうってわけか?」


「無駄な血を流すよりマシだろ? お互い死ぬ必要はない。所詮は仕事ビズだし、俺たちは傭兵だ。六大多国籍企業ヘックスの正社員じゃあない」


 カリグラがそう言ってニッと笑う。


「あいにくしくじれば、こっちは使い捨てディスポーザブルにされちまうんでね。あんたらみたいに失敗が許される立場じゃねえんだよ。それが分かったら大人しく死んでくれ」


「残念だよ。俺はスマートに済ませるのは好きなんだが」


「俺もだよ。そっちが墓場に直行してくれると助かる」


「そいつはなしだ。俺も死にたくないんでね」


「じゃあ、殺すしかないな」


 東雲が“月光”を構える。


「死ね」


「お前が死ね」


 東雲は“月光”を握り締めてカリグラにと突撃した。


「面白い武器を使っているな。どういうサイバネ技術だ?」


「俺は100%生身だよ、機械化野郎」


 カリグラが腰の刀を握り締めるのに東雲は“月光”を投射する。


「ほう。これが生身で扱える武器とは。俺も欲しいな」


「非売品だ」


 カリグラは超電磁抜刀で“月光”の狙いを逸らし、叩き落とす。


「殺し合うなら軽快にやろうか。殺しを楽しむのも、殺しに執着するのも好みじゃない。テンポよくさっさと済ませよう」


 カリグラはジャクソン・“ヘル”・ウォーカー並み、あるいはそれ以上の速度で急加速し、東雲に肉薄した。


「クソ。早い。どれだけ機械化してやがる」


 東雲は“月光”で叩き込まれた超高周波振動刀を迎撃する。


「簡単には死んでくれないか。全く、嫌な仕事ビズだ」


「こっちのセリフだ、サイバーサムライ」


 カリグラと東雲は剣戟を繰り広げる。


「向こうはヒートアップしてるぜ」


「強敵には熱くなる。そういうものだろ?」


「言えてるな。仕事ビズも人生だ。楽しまなければな。人生、ネガティブに生きてるのは損だぞ」


「その通りだ。同意するよ」


「じゃあ、俺たちも楽しくやろうか」


 呉が刀の柄を握るのにアウグストゥスが瞬時に迫った。


「やらせはしないぜ。こっちもかなり機械化してるんでね」


「そいつは結構。じゃないとやりがいがない」


 ヒヒイロカネ製の超高周波振動刀同士が激突し、甲高い金属音が響く。


「いい調子だ。もっとテンポを上げようか。その方が楽しめるだろ?」


「そうだな。こういう殺し合いは速度が重要だ。トロトロしてたら台無し」


「ああ。そうだ。滾る」


 呉とアウグストゥスが超高周波振動刀を叩きつけ合う。


 激しい殺し合いが続く。


「この前のリターンマッチだ。メティスのサイバーサムライ」


「別にメティス専属ってわけじゃないんだがな。俺たちはフリーランスだ。特定のジョン・ドウ、ジェーン・ドウには所属しない。生きていくにはコツがいるが、普通に生きていくよりも可能性はある」


「そうか。それはいいことだな」


 八重野はティベリウスと対峙していた。


「狙いは運び屋の荷物パッケージだけだ。お前の命はどうでもいい。死にたくなければ消えろ。俺も無駄な戦闘は避けたい。どうせ、お前では俺には勝てないしな」


「言ってろ。今度こそ殺してやる」


 八重野が全力でティベリウスとの距離を詰め、超電磁抜刀でティベリウスの首を狙う。それをティベリウスがカウンターで叩き込んだ超電磁抜刀で防がれる。


「見ろ。超電磁抜刀頼りの力技。そんなもので戦えるものか。技を使え、技を。それでもサイバーサムライか?」


「舐めるな。そうだ。私もサイバーサムライだ」


 八重野が距離を取り、刀を鞘に収めて再び超電磁抜刀の構えを見せる。


「それでは勝てない。永遠にな」


 ティベリウスもそう言って超電磁抜刀の構えを取った。


「ふん。この前は殺し損ねたが、今度は仕留めてやるぞ、サイバネアサシン」


 そして、セイレムはサイバネアサシンのクラウディウスの相手をしていた。


 クラウディウスは熱光学迷彩で姿を消している。だが、セイレムにはクラウディウスの音響解析データが残っている。


「逃げ隠れしてもあたしは殺せないぞ。単分子ワイヤー程度でどうにかなると思うな」


 そう言ってセイレムが何もないはずの空間を見つめる。


 そこから鋭い殺気が走る。


「言っただろう。単分子ワイヤーなんて小細工であたしを殺せるものか」


 単分子ワイヤーが宙を斬り、セイレムが身を躱す。


「この状況での音響解析の完了まで残り3分。いいだろう。一緒に踊ってやる」


 セイレムはそう言ってにやりと笑った。


……………………

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