トロント//仕掛け
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──トロント//仕掛け
早朝。現地時刻午前6時30分。
東雲たちはメティス・バイオテクノロジー本社への
「ロスヴィータ。始めてくれ」
『了解』
TMCから
まずロスヴィータが狙ったのはオンタリオ湖の無人浄化施設。
そこがテロ攻撃を受けてオンタリオ湖に蓄積された微生物が生成する神経毒がトロント一帯の上水道に流れ込んだという警報を誤作動させた。
同時にマトリクスのトロント関係の掲示板に反グローバリズム環境保護団体“テラ・リベレーション”を騙る犯行声明を匿名エージェントを使って書き込みまくった。
『グレート・レイクス浄化施設周辺にレベル4を発令。周辺の部隊と
『了解。急行する』
ロスヴィータが傍受したベータ・セキュリティの無線通信が流れ来る。
「
「クソッタレ。もう
「まだまだ。第二段階に入るよ」
ベリアがそう言うのにロスヴィータが
ベータ・セキュリティの緊急通信回線に潜り込み、オンタリオ湖浄化施設からテロリストが逃亡し、ファースト・カナディアン・プレイスに人食いナノマシンを運び込んだとの情報を流す。
『ファースト・カナディアン・プレイスが襲撃された。
『トロント全域にレベル4発令。展開中の全作戦要員は緊急プロトコル・コード911に従って行動せよ。この命令は全ての命令より優先される。繰り返す──』
無線が飛び交い、トロントに展開しているベータ・セキュリティのコンストラクターたちが明後日の方向に展開する。本当は何も起きていないグレート・レイクス浄化施設とファースト・カナディアン・プレイスに向けて。
「畜生。特殊執行部隊が動いてねえ。どうなってる」
「もう時間がない。特殊執行部隊を誘き寄せる陽動は失敗した。それでもメティス本社に仕掛けないと緊急即応部隊も本当は何も起きていないことに気づく」
「分かったよ。おっぱじめよう」
ベリアが言い、東雲が唸りながら頷く。
「準備いいか?」
「ばっちりだ」
東雲、八重野、呉、セイレムは全員がベータ・セキュリティの都市型デジタル迷彩に身を包んでいる。“鯱食い”、“鮫斬り”、“竜斬り”はそれぞれ熱光学迷彩によって隠されている。
「じゃあ、行こうか?」
ベリアはベータ・セキュリティのエンジニアの制服を着ていた。ハイエンドワイヤレスサイバーデッキを首には装着している。
「ハチャメチャなパーティータイムだ。橋を突破したら後は時間との勝負になる」
「やってやろうぜ」
東雲たちはそう言葉を交わして、裏ルートで調達したベータ・セキュリティの軍用四輪駆動車に乗り込む。
そして、トロントの街を南に向かって進み、オンタリオ湖湖上の人工島に位置するメティス・バイオテクノロジー本社施設に向かった。
「ベリア。状況は?」
「まだテロの情報が嘘っぱちだとは気づかれていない。ベータ・セキュリティの化学戦部隊まで動員されてるから信じ込んでるね。だけど、特殊執行部隊については一切情報なしだ」
「あーあ。マジでジャクソン・“ヘル”・ウォーカーとやり合う羽目になるのか」
「そうかもね」
東雲がうんざりした様子で言うのにベリアが肩をすくめた。
「さて、お嬢さん方。いよいよチェックポイントだ。IDはばっちりだろうな……」
「ばっちり。ベータ・セキュリティの契約レベル3のコストラクターのIDだ」
「じゃあ、行くか」
ベータ・セキュリティの装甲車とアーマードスーツ、そして戦闘用アンドロイドが守るメティス本社に繋がる橋が見えて来た。
「止まれ!」
東雲たちの軍用四輪駆動車が近づくとベータ・セキュリティのコンストラクターたちが銃口を向けて来た。
「お仲間だよ、兄弟」
「IDを確認する。動くな」
運転席の呉が言うのに、ベータ・セキュリティのコンストラクターがスキャナーを取り出して東雲たちをスキャンした。
「確認した。メティス本社に何の用事だ? 受け持ちじゃないだろう。今はコード911が発令されているんだぞ。持ち場の制圧が
「知るかよ。俺たちは命令を受けた。メティス本社の状況を確認しろってな。命令書はこれだ。確認したら通してくれ」
「クソ。確認した。通れ」
「ありがとよ、兄弟」
ゲートが開き、東雲たちは橋を渡った。
メティス本社の巨大なビルの集まりが見える。
「メティス本社に実験施設はない。純粋な経済システムとしての本社機能があるだけだ。メティスの経済活動とメティス・グループのネットワークを維持するためのサーバーと限定AIそれを運用する人員」
「それから理事会」
呉とセイレムがそう言う。
「おい。理事会は不味いぞ。メティスのトップじゃないか」
「理事会はいつも開いているわけじゃない。それに本当にメティスの理事会の理事たちが本社に集まるかも分からない。大井もそうだが、理事会や取締役会のお偉方は安全な豪邸からリモート会議すること好む」
「ならいいが。ただでさえ特殊執行部隊がどこにいるのか分からんのだからな」
東雲が呉にそう言った時、メティス本社のゲートにある生体認証スキャナーが車内にいる東雲たちを一瞬でスキャンした。
そして、警報が鳴り響いた。
「不味い。IDが偽造だとバレた。東雲! 突破して!」
「畜生。こうなるなら変装の意味がねーじゃねーか!」
東雲が携行していた電磁パルスガンをゲートに向けてぶっ放した。
「ゲートのシステムを焼き切った! 突破しろ!」
「オーケー!」
東雲が叫ぶのに呉が軍用四輪駆動車をゲートに突っ込ませて突破した。
本来ならば車両強制停止システムが作動するところが電磁パルスガンで焼き切られており、ゲートは強引に突破された。
「ベータ・セキュリティのアラームが鳴り響いている。メティスの保安部も動き始めている。メティス本社はスズメバチの巣を突いたような状態だよ。行ける?」
「行けなきゃ
ガラス張りでリモートタレットが稼働しているメティス本社の入り口に軍用四輪駆動車が突っ込み、東雲が電磁パルスガンでリモートタレットを潰した。
「さあ、クソッタレな
「ここら辺にあるのは下っ端の端末だから意味がない。もっと上に行かないと」
「分かった! ぶった切りながら進むぞ!」
東雲が“月光”を構え、呉たちが続く。
『保安部より全セクションへ。無人警備システムをリーサルモードで起動する。IDを携行していない職員は射殺される可能性がある。IDを必ず携行せよ。警告アナウンス終了。警備システムをリーサルモードで起動』
そして、メティス本社のセキュリティが一斉に起動した。
リモートタレット、警備ドローン、警備ボット、戦闘用アンドロイドが動き始める。
お洒落なガラス張りのオフィスが並ぶメティス本社に殺意が混じった。
「お祭り騒ぎだ。駆け抜けるぞ。全て相手にしていたらいつか死ぬ!」
「当り前だ。相手にしてられるか、こんなもん!」
次々に押し寄せる無人警備システムを切り捨てながらセイレムと呉が叫ぶ。
「八重野! ベリアを守ってくれ! ベリアが端末に到着すれば無人警備システムをハックして無力化できる!」
「分かった。引き受けた」
八重野はそう言って突っ込んできた戦闘用アンドロイドを超電磁抜刀で切り捨てる。
「クソ。バッテリー切れ。これだから小型の電磁パルスガンは役に立たないんだ」
東雲が片手で構えていた電磁パルスガンを投げ捨てる。
「電磁パルスグレネードは?」
「6発持ってきた。気を付けろよ。お前らは生身じゃないんだからな」
「巻き込まれんようにするさ」
呉がそう言い身を引くのに、東雲が無人警備システムの群れに電磁パルスグレネードを放り込んだ。電磁パルスグレネードが炸裂し、無人警備システムの制御が焼き切られ、機能を停止して倒れる。
「いいぞ。道が開けた。呉、援護しろ。突っ込む!」
「ああ、セイレム。突っ込もうぜ!」
無人警備システムの放ってくる無数の銃弾がオフィスのガラスを叩き割り、端末を破壊していくも、セイレムと呉は銃弾を躱して突っ込み無人警備システムを八つ裂きにし、ガラクタに変えていく。
「グレネード!」
「了解!」
東雲はなるべく血を消耗しないように電磁パルスグレネードで呉とセイレムを援護する。電磁パルスグレネードは無人警備システムには効果抜群だった。
使い方もピンを引いて投げるだけなのでローテクな東雲でも扱える。
『不法侵入者に警告する。我々はカナダ政府より治外法権を認められている。これ以上抵抗を続ければ射殺する。その場で武器を置いて投降せよ。これは最終警告だ。直ちに武器を置いて投降せよ』
「うるせえよ、馬鹿野郎。もうバカスカ撃ってきて殺す気だろうが。何言ってんだ」
東雲がメティス保安部のアナウンスに悪態を吐きながら電磁パルスグレネードを無人警備システムに向けて投げつける。
「東雲。そろそろ端末を確保したいから電磁パルスグレネードはやめて」
「もうないよ。持ってきたのは全部使った。端末はそこら辺のでいいのか?」
「管理職用の端末がいいかな」
「オーケー。確保する」
東雲が“月光”でオフィスのリモートタレットを沈黙させ、戦闘用アンドロイドを叩きり、ベリアを管理職用のサイバーデッキまでエスコートする。
「こいつでどうだ?」
「行けると思う。フルダイブになると思うから連絡はARで。それからダイブ中の護衛をお願い」
「八重野。ベリアを見ていてくれ。俺は呉とセイレムと一緒に無人警備システムを食い止めておく。頼むぞ」
東雲が八重野にそういう。
「任せてくれ。ここには誰も入れない」
「それでこそだ。ベリアが無人警備システムを黙らせて、理事会が使っているスタンドアローンの端末を探し出す。無思慮にこんなクソ警備システムだらけで、馬鹿広い場所を探してられない」
「確かに。命取りだ」
「冷静な判断ができるようになったな」
「別にこれぐらいのことは前から判断できた」
八重野が機嫌を損ねたように眉を歪める。
「悪い、悪い。じゃあ、任せたぜ。さあ、クソッタレの警備システム! 八つ裂きにしてやる! かかってこいやっ!」
東雲が“月光”を振り回しながら無人警備システムに突撃していく。
場が
ベリアはメティス本社のネットワークにアクセスしていた。
「管理職用の端末からじゃ無人警備システムにはアクセスできないか。
「がおー。了解なのだ」
メティス本社の視覚化されたマトリクスにはメティス保安部の構造物が映っている。管理職の端末から
だが、外部からアクセスするよりも可能性はある。
「メティスの
メティス保安部の
「
「上出来。さて、無人警備システムには黙ってもらおう」
ベリアがメティス保安部の構造物にゆっくりと近づく、メティス保安部の構造物ではメティスが社則で定めたアバターを使用しているメティス保安部職員が必死になって東雲たちを食い止めようとしている。
「全く。本社の無人警備システムで止められないとはどういうことだ? 奴らの狙いも分からないのか?」
外部からメティス保安部に通信が来ていた。
「分かりません。今のところ、侵入者の目的は何も」
「そうか。では、特殊執行部隊を動員しろ。皆殺しだ。ひとりも生かして本社から出すな。そして、本社の全てのネットワークをマトリクスから遮断。走り書きの一枚も外に出させるな」
「了解しました。ベータ・セキュリティに本社への介入を許可します」
「いいか。私が欲しいのは侵入者の死体だけだ。生け捕りにすることは求めない。そして、侵入者が逃げたや、まして情報を持ち出されたなどという報告は聞きたくない。最善を尽くしたまえ」
外部からの通信がそこで途切れる。
「ちょいと失礼!」
「なっ! 侵入者だ! システムに
ベリアがそのタイミングで飛び込むのにメティス保安部職員たちが慌てる。
「そりゃ!」
メティス保安部の構造物にワームが放り込まれ一気に構造物が機能不全に陥る。
「早く特殊執行部隊を呼べ! ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーに侵入者を皆殺しにさせろ! クソ、このワームは──」
そこでBCI接続していたメティス保安部職員の脳が全て焼き切られた。
「はー。東雲。無人警備システムは無力化できたけど特殊執行部隊が飛んでくる」
『マジかよ。急ごうぜ。もうかなり血を消耗しちまったよ』
「了解。これから理事会のスタンドアローンの端末を探すよ」
ベリアはそう言ってメティス社内のネットワークを見渡した。
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