仕事終わりに

……………………


 ──仕事終わりに



 東雲たちは無事に仕事ビズを終えた。


 敵に非合法傭兵集団“インペラトル”は逃してしまったが、核爆弾の炸裂は阻止し、ハッキングも阻止した。


「報酬だ。次はちゃんと相手を殺せ」


 不満そうにジェーン・ドウは報酬を渡した。20万新円だ。


「一先ず終わったな。そっちはどうする、呉、セイレム……」


「暫くは残る。HOWTechは大井と組んでるし、大井とAI研究について提携していく考えのようだからな。俺たちにも撤収命令は出ていない」


「ってことはこれから先、さらに何か揉め事があるってことか。うんざりだな」


 呉が答えるのに東雲が肩をすくめた。


「稼ぎ時だろ。あたしたちはこういうところで稼いでないとな」


「正直、もう金には困ってないんだ。ただ、仕事ビズを続けないと財産が接収される可能性があるってだけで」


 セイレムがそう言うが、東雲たちはもう金には困っていない。


「結局は仕事ビズをするしかないってことだろ。あんたらには期待してるぜ」


「あいよ。次に仕事ビズをやるときはよろしくな」


 東雲はそう言って呉とセイレムと別れた。


 呉たちはTMCセクター10/2のホテルに泊まるそうだ。


「さて、俺たちはまずは医者だな。俺は血液を相当消費したし、八重野は左腕をぶった切られている。王蘭玲先生のところにいくとしよう」


「ああ。しかし、私の第六世代の人工筋肉の代わりはあるのだろうか?」


「ジェーン・ドウが手配してると言っていた。前に呉も人工筋肉を交換したことがある。王蘭玲先生は信頼できるぞ」


「そうであれば頼むとしよう」


 八重野は納得して東雲とともに王蘭玲のクリニックに向かう。


「八重野。相手のサイバーサムライはどうだった……」


「こちらより上手だった。あれは恐らくサイバーサムライを殺し慣れている」


「そいつは面倒だな」


 ただでさえサイバーサムライは厄介だってのにと東雲は愚痴った。


「だが、時間さえあれば仕留められたはずだ。相手はサイバーサムライを殺し慣れているとは言え、私とて相手に負けない程度の技量はあるつもりだ」


「あんまり無茶するなよ。今回だって左腕を持っていかれたんだ。運悪く首を持っていかれたっておかしくないんだぞ」


「油断はしていない。最善を尽くしたからこそ、左腕だけで済んだのだ」


「そうかい。どうもあんたは死に急いでいるように見えるよ。余裕ないだろ」


「それは、そうだが」


 八重野がやや気まずそうにそう返す。


「あんたが見ず知らずの他人なら、あんたがどこでくたばろうが俺の知ったことじゃないって思うだろう。TMCのセクター二桁での命の価値はとんでもなく安い。だが、もうあんたは赤の他人じゃない」


 少なくとも命を預け合った仲だと東雲は言う。


「だから、あんたにくたばられると目覚めが悪い。呪いの件で焦っているのは分かるが、考えろよ。まだ2年もある。2年もあれば何かしらのヒントを手に入れることだってできるはずだ」


「そこまで楽観的にはなれない」


「後1週間とか3日とかだったら、そりゃ焦っていいが2年だぞ? この情報過多な世の中で、2年も情報を隠匿し続けることは難しい。白鯨だってそこまで隠してはおけなかったんだ」


「しかし、今のところは何の情報もないだろう」


「これからさ。ジェーン・ドウはマトリクスの魔導書っていうあんたの背中の魔法陣と関連性のあるものについて情報を求めている。つまり、いずれは仕事ビズとして俺たちに調査が命じられるってことだ」


「それで何かわかるかもしれないということか」


「そういうことだ」


 八重野があまりに期待していない様子でそういうのに、喋っている東雲もちょっとばかり呆れて来た。


「私は早く私の呪いに関する情報が欲しい。そのために仕事ビズを果たし、ジェーン・ドウの信頼を得て、そして私の呪いに関する情報を得る」


「だが、死んじまったら意味がないんだぞ」


「それぐらいは分かっている」


 八重野が憤慨してそう返した。


「じゃあ、用心してくれ。無茶はするなよ。無茶をしたってジェーン・ドウは評価を変えたりはしない。あんたがくたばってもあいつは気にしない。結局、俺たちはあいつの駒でしかないんだ」


「……分かっている。だが、何かしていなければ座して死を待つようではないか」


「俺は呪いをかけられたことはないから気持ちが分かるとは言えない。だが、仕事ビズを果たすのと仕事ビズに命をかけるのとでは違う」


 東雲はそう言ってセクター13/6を歩いていく。


「呪いでくたばるのも考え物だろうが、仕事ビズで殺されるのも同じことだ」


「それでも今できるのはジェーン・ドウの仕事ビズを果たすことだけだ」


仕事ビズ仕事ビズとして扱え。仕事ビズは人生の使命じゃない。生きていくための手段だ。生きていくための手段で死んだらもともこもない」


 死んだら結局使い捨てディスポーザブルにされるだけだと東雲が指摘する。


「そうかもしれない。だが、今は他にできることはないのだ」


「そうかい。まあ、死に急いで死ななければ仕事ビズに専念してもらっても構いやしないが」


「簡単には死なない」


 八重野はそう返し、街を見渡す。


「今日は静かだな」


「大井統合安全保障が来てる。この襲撃に手を貸したチャイニーズマフィアとヤクザを潰しに来た。他の連中は死体漁り狙いで静かに待っている。嵐の前の静けささ」


「死体漁りか。新しい情報が流れると思うか……」


「流れるだろうな。犯罪組織も企業亡命染みたことをする。潰れた組織から人材と情報が流出して、別の組織に行きつく。その過程で情報屋が情報を手にすることは少なくないって話だ」


「では」


「まずは体を治せ。ほら、着いたぞ」


 東雲たちは王蘭玲のクリニックに到着した。


 雑居ビルの階段を上り、扉を開く。


「東雲様、八重野様。貧血でお困りですか?」


「ああ。それから八重野の左腕の移植を」


「畏まりました」


 ナイチンゲールがいつものように受付を行いカウンターに引っ込む。


「八重野。あんた、マンガって読むか?」


「あまり。日本の漫画もアメリカのコミックもいまいち面白さが分からない」


「ふうん。じゃあ、どうやって暇潰してるんだ?」


「動画を見る。剣道の試合や軍隊格闘術の動画だ。仕事ビズに役立つ」


「実践重視ってわけか。徹底してるね」


 東雲はそう言って待合室のマンガをペラペラと捲った。流石にもう何度も読んでいるので内容を覚えてしまっている。


「八重野様、どうぞ」


「行ってくる」


 ナイチンゲールに呼ばれると八重野はそう言って診察室に向かった。


「今回は左腕を切断されたそうだね。見せてもらっても?」


 王蘭玲がいつものようにダウナーな声で診察室に入った八重野にそう言った。


「単分子ワイヤーでやられた」


「ふむ。そのようだ。綺麗に切られているね。しかし、単分子ワイヤーとはサイバネアサシンとでも戦ったのかな?」


「そんなところだ」


 八重野は王蘭玲に左腕の切断面を見せながらそう言う。


 切断された人工筋肉の組織が見えている。血が流れないのは第六世代の人工筋肉では強靭さと反応速度の強化のためにナノマシンが血の代わりに循環しているからだ。


「街が妙に静かなことと関係ありそうだね。死体漁りスカベンジャーたちが街に集まってきている。どうにも最近はこの街もきな臭い」


「そのようだな。私としては情報が流れることを期待している」


「情報か。君の呪いについてかな……。念のために健康診断も行っておくかい?」


「体内循環型のナノマシンのメディカルログを見てくれるだけでいい」


「では、そうしよう」


 王蘭玲が八重野のBCIポートにケーブルを接続し、メディカルログを調べる。


「左腕関係のエラーを除けば健康そのものだね。どうやら体を侵食していくような呪いではなさそうだ」


「そうなのか。しかし、どうやって命を落とすのか分からなければ対処もできない」


「それはそうだが、体に不可逆の障害を負ってしまっては呪いを解いても意味がないだろう?」


 今は不可逆な障害というのは少ないもののと王蘭玲が言った。


「確かにそうとも言える。では、左腕を頼む」


「措置室に移ろう」


 それから八重野は左腕の人工筋肉の移植を受け、ナノマシンが人工皮膚を展開し、左腕はまるで玩具の部品を交換するように元通りになった。


「措置は終わりだ。次は左腕を斬り落とされるようなことがないようにね」


「ああ。助かった」


 八重野は診察室を出る。


「東雲。私の措置は終わった」


「あいよ。本当に元通りだな」


「それが機械化した身体のいいところだ」


「そういうものかねえ」


 東雲がそう呟いたとき、東雲も診察室に呼ばれた。


「やあ、先生。今回も酷い仕事ビズだったよ」


「また内臓が潰れたのかい?」


「ああ。潰れたね。バカスカ容赦なく撃って来やがってどうしようもなかった」


 東雲がそう言って肩をすくめる。


「確かに顔色が悪いね。最近はそういうことはないと思っていたけれど、今回の仕事ビズはまた前に逆戻りしたようだね」


「血を流さない連中が多過ぎるんだ。アーマードスーツだの、戦闘用アンドロイドだの。軍と警察の無人化って奴は順調に進んでいるみたいで」


「確かに無人化と省人化は凄まじい勢いで進んだね。軍も警察も成り手不足で人手不足。それを埋め合わせるために先進国を中心に急速に無人化と省人化が進んだ」


 そう言いながら王蘭玲が東雲の腕から採血する。


「で、無人兵器が悪用される、と。白鯨の件で少しは懲りなかったのかね……」


「白鯨級のハッカーはもはやそう簡単には現れないだろう。少なくとも六大多国籍企業ヘックスと政府はそう思っている」


「とんだ楽観主義だ」


 王蘭玲が採血した血をナイチンゲールに渡し、検査が行われる。


「君の方も楽観主義が過ぎたようだね。ヘモグロビン値が酷く低い。輸血が必要だ。そろそろ君もナノマシンによる健康管理をしないかい? メティス・メディカル製が不安ならば、HOWTech製のものでもいい」


「勘弁してくれよ、先生。流石に造血剤のナノマシンには慣れたものの、健康管理のためのナノマシンは脳みそにも入るんだろう?」


「脳の健康状態も把握しなければならないからね」


「うへえ」


 東雲は身震いした。彼は未だにローテク野郎だ。


「まあ、君が拒否するなら仕方ないが。しかし、これから正規の健康保険などに入るとすれば、体内循環型健康監視ナノマシンの摂取は必須だからね」


「いいよ、いいよ。先生に診てもらうから」


「全く」


 王蘭玲は呆れたように頭を振り、輸血の準備をした。


 それから輸血が終わり、東雲の顔色がマシになる。


「先生。夕食は済ませたかい? 済んでないのなら下の中華料理屋を一緒にしないか? 俺たちも仕事ビズにかかりっきりで食事はまだなんだ」


「いいよ。食事ぐらいならね。それにしても君も物好きだね。こんなおばさんを相手にして。もっと若い子がいるじゃないか」


「またまた。先生は若いし、美人だよ。じゃあ、支払いを済ませたら」


「ああ。後でね」


 東雲はそう言って診察室を出ると、受付で支払いを済ませ、王蘭玲を待った。


 それから東雲は王蘭玲と合流し、八重野も一緒に下の中華料理屋に入った。


 TMCセクター13/6は今は酷く静かだ。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る