コンフリクト//マトリクス

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 ──コンフリクト//マトリクス



 ベリアは八重野たちがベイエリア・アーコロジーに突入したというメッセージを受け取った。同時にベイエリア・アーコロジーの警備システムが敵にハックされているということも。


「さて、ベイエリア・アーコロジーの警備システムをどうにかしないとね」


 ベリアはベイエリア・アーコロジーのマトリクス上の構造物を眺める。


「一見してアイスは抜かれていないように見える。もしかすると、敵のハッカーはバックドアを知っていたのかも」


「だとすると面倒だね。ボクたちは正攻法でアイスを攻略しなくちゃいけない。それだけ時間がかかる。そして、それだけ核爆弾が炸裂する可能性が上がる」


「よくないね。スムーズにやらなきゃ、八重野君たちが苦労する。そして、恐らくはベイエリア・アーコロジーの警備システムをハックしているハッカーが、TMCセクター13/6に現れたハッカー」


 ロスヴィータが言うのにベリアが頷く。


「ハッカーの居場所を掴めれば、東雲たちがハッカーを物理的に排除できる。こちらから攻撃を仕掛けて脳を焼き切る必要はない。ただ、そのためにはこのベイエリア・アーコロジーの構造物を解析しなければいけないけれど」


 マトリクス上のベイエリア・アーコロジーは高い塔だ。周囲を限定AIが使用されたアイスに守られている。ブラックアイスも奥の方にはあるのだろう。


「ジャバウォック、バンダースナッチ。アイスを構造解析。それから発信元の不確かなアクセスを特定。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチーム以外のアクセスがあったら分析して」


「了解なのだ」


 ジャバウォックとバンダースナッチがベイエリア・アーコロジーのアイスの構造解析を開始する。


「八重野君。そっちはどう?」


『今、ベイエリア・アーコロジーの中心部を目指している。内部は酷い状況だ。警備システムが乗っ取られて、大井統合安全保障のコントラクターが虐殺されている。それから隔壁が封鎖されていて、民間人が退避できない』


「待ってて。もうすぐシステムを奪還するから。敵の非合法傭兵は確認できた?」


『まだだ。だが、斬り殺されている死体も多い。こっちにはサイバーサムライが回されたようだ。あるいは全員がサイバーサムライなのか』


「あまりよくない兆候だね。システムの奪還を急ぐよ」


『頼む』


 ベリアは八重野との連絡を切る。


「まだ核爆弾は炸裂してない。けど、サイバーサムライがベイエリア・アーコロジーにいるみたい。急いで警備システムを奪還しないと」


「ご主人様。ベイエリア・アーコロジーのアイスの構造解析が完了したのにゃ。限定AIによる表層のアイスと最深部のブラックアイスが厄介なのにゃ」


「では、国連チューリング条約執行機関お手製のAIキラーを使おう」


 ベリアがそうって以前入手した国連チューリング条約執行機関が作ったAIキラーであるアイスブレイカーを準備する。


「ロンメル。アイスブレイカー、準備するよ。叩き込んだら、一気に突入する。ブラックアイスに対してはこのアイスブレイカーを」


「ブラックアイスが砕けるの?」


「このベイエリア・アーコロジーを運営している大井が、まだ魔術的なアイスを準備していなければね」


「そうか。魔術が通じるんだ」


 ベリアが用意したアイスブレイカーは魔術的コードを含んだものだった。


「さあ、突入だ。ナノセカンド単位の戦闘だよ」


「オーケー」


 そして、ベリアが準備したアイスブレイカーがベイエリア・アーコロジーの構造物に向けて叩き込まれる。


「表層の限定AIのアイス沈黙。一気に砕いていくよ!」


「いっけー!」


 アイスブレイカーはアイスをどんどん砕いていき、最深部のブラックアイスに向けて突入する。


「ジャバウォック、」バンダースナッチ! ブラックアイス!」


「了解なのだ!」


 ブラックアイスに向けてジャバウォックとバンダースナッチが魔術的効果のあるブラックアイスを叩き込む。ガーゴイル型ブラックアイスが起動する前に、システムが完全に制圧される。


「よし。アイスを突破した。けど、大井統合安全保障がアイスが突破されていることに気づくのは時間の問題だ」


「サイバーセキュリティチームが反応する前に対処しなくちゃ。私は不正アクセスの発信元をバンダースナッチと特定する。アスタルト=バアルは、ベイエリア・アーコロジーの警備システムの奪還を目指して」


「オーキードーキー。そっちも頑張ってね」


 ベリアはジャバウォックを引き連れてベイエリア・アーコロジーの構造物内の警備システムに向かう。


「警備システムは、と」


 ベリアがベイエリア・アーコロジーの構造物内を進んでいき、警備システムに辿り着く。警備システムに到達するまで問題はなかった。


 問題は警備システムに到着してからだった。


「何これ。警備システムが汚染されている……」


 警備システムの構造は視覚化されたマトリクス上で肉塊のように表示されるコードによって制圧されていた。


「ご主人様。これは覚えているのだ。これは白鯨のコードなのだ!」


「うん。これは白鯨の技術だ。魔術だ。それも変異した魔術。ホムンクルスの食い合いによって生まれた魔術だ」


 ジャバウォックにもベリアにも見覚えのあるコードだった。


 そう、白鯨のコードだ。


「汚染を除去しなきゃシステムは奪還できない。こいつはある種のウィルスだ。自立して稼働するウィルスだ。いや、それだとワームか。いずれにせよ、こいつが警備システムをジャックしている」


「汚染除去を始めるのか、ご主人様?」


「うん。汚染除去開始。警備システムを奪還するよ」


「了解なのだ」


 ジャバウォックが警備システムにまとわりついた汚染の除去を始める。


「しかし、これは。メティスは白鯨を巡って揉めていながら、それでも白鯨を使っているというわけ? それとも、この騒ぎを起こした非合法傭兵はメティスの白鯨派閥に雇われているのかな?」


 ベリアがそう呟いて考え込む。


「アスタルト=バアル。そっちはどう?」


「白鯨の痕跡を見つけた。白鯨そのものだったらもっと危なかったかもしれないけど、少なくとも敵は白鯨由来の技術を使っている」


「こっちは不正アクセスを行ったであろうハッカーの痕跡を確認。ハッカーはTMCの内部だよ。今、具体的な位置を特定しようとしている」


「分かったら、東雲に連絡を取って。敵はリアルタイムでハッキングしているわけじゃない。遠隔操作のワームを残して逃げてる。他の場所も攻撃されるかも」


「分かった」


 そして、ジャバウォックがベリアの下にやって来た。


「ご主人様。汚染をある程度除去できたのだ。警備システムはこれで奪還できるのだ。いいニュースなのだ」


「よくやった。八重野君に連絡しよう。警備システムを停止させて」


「了解なのだ」


 そして、マトリクスから警備システムが制圧される。


「八重野君。警備システムを制圧したよ。核爆弾を奪還して!」


 場がフリップする。


「呉。ベリアたちが警備システムを制圧した」


「オーケー。上出来だ。このまま中心部に急ぐぞ」


 八重野と呉は中心部に向かう非常階段の途中で破壊された警備ボットを乗り越えていた。彼らが通過していった後には大量の破壊された警備ドローン、警備ボット、戦闘用アンドロイドが放置されている。


「もうすぐ中心部だ」


「もう警備システムの妨害はない。そいつはいいことだが、同時に大井統合安全保障が突っ込んでくることにも繋がる。大井統合安全保障は敵のサイバーサムライにとっては斬り殺せる相手だが、俺たちはそうもいかん」


「ああ。大井統合安全保障に捕まる前に核爆弾を無力化して、敵のサイバーサムライを排除する」


「いける」


 八重野と呉はそう言葉を交わすと、ベイエリア・アーコロジーの中を中心部に向けて突き進んだ。


「これまで何人のサイバーサムライと戦った?」


 不意に呉が八重野にそう尋ねる。


「3人。仕事ビズで殺し合った。サイバーサムライと言っても機械化率の低い人間だったが。それでもサイバーサムライだ」


「そうか。俺は4人だ。この手の仕事ビズで同業者に出くわすことは少ない。だが、今回一気に増えそうだ。それでだ。戦闘のことを考えておこう」


「ああ。初めての連携だ。だが、向こうは間違いなく連携を強くしている。私は東雲と何度か組んだ。あなたは東雲と組んだことがあるのだな?」


「ある。あいつの動きが分かるなら連携しやすい。お互い油断なくやろう。サイバーサムライ相手じゃ一瞬の隙が命取りだ」


「ああ。今回の連中は特に不味い相手だと思う」


 やり口がプロだと八重野が言う。


仕事ビズの規模もデカい。しかし、こんな連中がメティスにいたとはしらなかった。長くメティスのために働いて来たんだがな」


「サイバーサムライとして成功しても有名になることはあまりない」


「それもそうだが、ここまでの騒ぎが起こせる連中となると上から数えた方が早い。それでいてこれまで知られなかったってのは、ある意味では余計にやばいな」


 自分たちの功績を隠してでもやっていけるって腕前の連中だと呉が言った。


「いくら優秀だろうと核爆弾を間近で起爆すれば死ぬ。相手はまだ逃げていないはずだ。核の起爆は避けられる。プロならばそれこそ自爆なんてことはしない」


「そうだな。それだけが唯一の希望だ」


「希望ならまだまだあるだろう」


 八重野はそう言って階段を上る。


「だといいんだが」


 呉も後に続く。


 場がフリップする。


「八重野君たちがベイエリア・アーコロジーの中心部に向かっている。核爆弾の設置されている場所は中心部だと思っている」


「どうなの?」


 ベリアが大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが介入するまで見ていた警備システムの映像から言うのに、ロスヴィータがそう尋ねる。


「可能性としては高い。ベイエリア・アーコロジーの構造から中心部で核爆弾が炸裂すればその影響はアーコロジー全体に及ぶ。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが上手く警備システムを回復させてくれるといいんだけど」


 ベリアはそう言って遠くから大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが突入していくベイエリア・アーコロジーの構造体を眺めた。


「ロンメル。そっちはどうだった?」


「特定したよ。TMCセクター13/8。旧東京湾浄化施設跡。そこからアクセスしていた。そして、今は別の構造物に対して仕掛けランをやろうとしているみたい」


「東雲に連絡しよう。ハッカーだって物理フィジカルで潰せば、それでお終いだ。敵が白鯨由来の技術を使っているならばなおのこと」


 ベリアがそう言う。


「東雲。ハッカーの居場所が分かった。セクター13/8。旧東京湾浄化施設跡。そこにハッカーがいるはず」


『セクター13/8? マジかよ。俺たちは今廃棄物処理場にいるんだけど』


「どうして?」


『情報が入ったんだよ。情報屋からな。ヤクザがここにサイバーデッキを運んだってな。ここは汚染が進みすぎていて、酷い場所だからどうもガセネタ臭いって思ってたんだ。畜生、土井の奴め』


「外れくじを引かされたんだね。それでも大丈夫。廃棄物処理場から旧東京湾浄化施設跡までは遠くない。足はある?」


『セイレムが準備した四駆がある。立派な装甲付きだからここじゃ犯罪組織と勘違いされそうだよ』


「大丈夫。セクター13/8は完全に放棄された地域だからいるのは電子ドラッグジャンキーぐらい。そんな場所でもマトリクスに繋げるってのは驚きだけど」


 ベリアが旧東京湾浄化施設跡の構造物を眺める。


 放棄されて長く、アイスも何もない。機能しているシステムはひとつとして存在していない。だが、マトリクスには接続できている。


「東雲。敵は白鯨由来の技術を使ってベイエリア・アーコロジーを攻撃した。相手は現実リアルでも白鯨級の脅威だと考えて」


『マジかよ。不味いぞ、それは』


 東雲がそう言って呻いたのだった。


……………………

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