調査//追跡

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 ──調査//追跡



 東雲がジェーン・ドウからの呼び出しを受けたのは、、ベリアたちが今の仕事ビズを受けてから3日後の事だった。


「ジェーン・ドウから呼び出された。そっちはどうだ?」


『ん。まだまだ情報収集かな。今のところジェーン・ドウが喜びそうな情報はない』


「分かった。そう伝えておく。俺が留守の間は気を付けてな」


『オーキードーキー』


 東雲はベリアと話すと、自宅の外に出た。


「東雲」


「おう、八重野。どうした?」


「ジェーン・ドウから呼び出しを受けた。あなたと一緒に来いと」


 自宅の外にいた八重野がそう言う。


「了解。じゃあ、一緒に行くか」


「ああ」


 ジェーン・ドウに指定されたのはTMCセクター4/1にある喫茶店だった。東雲と八重野はセクター13/6のゴミゴミとした街を抜けて、薄汚れた駅に到着すると、そこからセクター4/1を目指す。


「あんたも呼ばれたってことはふたりで何かしろって仕事ビズかね」


「かもしれない。だが、私たちに今できることがあるだろうか?」


 混雑した電車の中、東雲と八重野が言葉を交わす。


「メティス絡み。メティスがTMCにまた戦争を仕掛けようとしているのかもしれない」


「また、か。前の襲撃をあなたたちが退けたのだったな」


「辛うじてな。あれはどっちかと言えば、メティスというよりも白鯨が暴れただけかもしれないが」


「だが、メティスの非合法傭兵と戦ったと」


「ああ。最終的にはメティスから抜けたみたいだけどな」


 呉とセイレムたちは今ごろ何をしているのだろうかと東雲は思った。


「……坂下を狙ったのはメティスではないのだろうか」


 ふと八重野がそう呟く。


「坂下はメティスに命を狙われたことはあったそうだ。そういう人間が自分を殺そうとした六大多国籍企業ヘックスに企業亡命するかと言えば謎だ。奴はただ単に金に目がくらんでいただけのようだからな」


「そうか。今のところ、私の最後の仕事ビズから分かることはないな。情報屋も言っていたが、メティスだとしても最初から私たちを使い捨てディスポーザブルにするつもりだったようだしな」


「まあ、いずれ分かるさ。そう焦るな」


 東雲は八重野にそう言い、電車がセクターを上っていくのを眺めた。


 電車はセクター13/6ゴミ溜めを出て、お上品なセクター一桁代に入る。


 街並みが変わり、高層ビルと意味の分かるホログラムが浮かび上がる光景になった。


「ジェーン・ドウも調べているのだろうか?」


「ジェーン・ドウも報復は検討しているだろう。あいつはいろいろとすぐに使い捨てディスポーザブルにするが、損害にはいい顔をしない」


「坂下を失ったのも損害か」


「研究は引き継がれていると言っていたが、それなら最初から坂下に致死的なナノマシンなり何なりを埋め込んでおけばよかったんだ。俺みたいな非合法傭兵を雇って守らせたってことは、まだ価値はあったってことだよ」


「その報復。ジェーン・ドウはメティスを攻撃した」


「あれは白鯨の分の報復だ。あんたの仕事ビズに対しての報復じゃない」


 八重野の言葉を東雲が否定する。


「ジェーン・ドウは俺たちを焚きつけたいなら、そうだとはっきり言う。あんたを効率よく使いたいなら、ちゃんとあんたの仕事ビズに対する報復だと言うだろう」


「信頼できるのか?」


「もちろん、ジェーン・ドウはジェーン・ドウでしかない。奴は平気で俺たちを騙すし、なんなら使い捨てディスポーザブルにしても良心を痛めないだろう。だが、利益という点においては奴は忠実だよ」


「そうか」


 八重野は東雲の言わんとすることを理解して頷いた。


「さて、セクター4/1だ。降りるぞ」


 セクター4/1は清潔感ある高層ビルの並ぶビジネス街だった。


 準六大多国籍企業などが拠点を置く場所だ。六大多国籍企業はセクター3/1からセクター2/1に集中している。


「場所は?」


「喫茶店だ。しかし、セクター一桁代になるとこの格好は逆に目立つな」


 セクター4/1ともなると男女ともにきっちりとしたスーツ姿。それも東雲たちのような衣料量販店の安物ではなく、オーダーメイドのブランドものだ。


 彼らにとってはスーツもステータスのひとつなのだ。


「まあ、いい。別に大井統合安全保障に止められるわけじゃない」


 東雲は素知らぬ様子でジェーン・ドウに指定された喫茶店に向かう。


「遅いぞ」


 ジェーン・ドウはいつものように不満そうにテーブルで待っていた。


「で、技術者は?」


「こっちだ」


 東雲が尋ねるのにジェーン・ドウが奥の個室に向かう。


 そこには毎度の如く技術者が待機しており、東雲と八重野をスキャンして、盗聴器やバイオウェアの類がないかチェックした。


「さて、仕事ビズだ」


 一通りの確認作業が終わってからジェーン・ドウが切り出す。


「またメティスに仕掛けランを?」


「いいや。人を探してもらいたい。お前のとこのちびのハッカーとエルフ女はマトリクスに潜っているだろう」


「ああ。マトリクスの魔導書とやらを捕まえるのに」


「結構だ。お前にはマトリクスではなく、現実リアルで人を探してもらう。とあるハッカーの居場所を特定し、そいつの住処に押し入って、俺様のところまで連れてくるんだ」


拉致スナッチ?」


「いいや。このハッカーはどこの六大多国籍企業にも所属していない。どちらかと言えばどの六大多国籍企業からも狙われているというべきだろう」


「ふうん。で、どんな奴なんだ?」


 東雲がジェーン・ドウに尋ねる。


「個人名ははっきりしていない。だが、マトリクス上のアバターの名前は分かっている。“レックス・ジャック”だ。だが、俺様の手ごまのハッカーが調べたが、ここ数週間マトリクス上で活動していない」


「おい。それをどうやって見つけろってんだ」


「最後まで聞け。このハッカーについて調べたところ、一度引っ越しているのが分かった。セクター9/5からセクター13/6に引っ越している。それで行方不明だ」


「なるほど。で、セクター13/6ゴミ溜め暮らしの俺らに探してこい、と」


「そういうことだ。セクター13/6ゴミ溜めはお前らにとって庭のようなものだろう。だが、用心しろ。こいつはこっちが居場所を掴んだということに気づいて逃げた。危険に気付いてる」


「あんたはその“レックス・ジャック”ってハッカーをどうするつもりなんだい……」


「こいつには聞きたいことがある。何を聞くかはお前が知る必要はない」


「あいよ」


 ジェーン・ドウがいつものように情報を隠すのに東雲はただ頷いた。


「それで、仕事ビズの期限は?」


「1週間以内。早ければ早いほどいい。その分のボーナスは出してやる」


「セクター13/6でいなくなった人間を1週間で探せってか」


「こいつは結構なサイバーデッキを持っている。引越ししたときに目立ったはずだ」


 ジェーン・ドウはそう言う。


「ふうむ。とは言え、どうやってその男が“レックス・ジャック”だと確認すればいいんだ? 本人に聞くのか? 六大多国籍企業に狙われているなら、正直に自分で名乗るとは思えないが」


「だから、そこのサイバーサムライが必要なんだよ。見つけたら、サイバーデッキをチェックしろ。いろいろなログイン記録が残っているはずだ。そこから確認しろ」


「できるか、八重野?」


 東雲が八重野に尋ねるのに八重野が無言で頷いた。


「結構。俺様も無駄飯喰らいを飼っておくつもりはない。ちゃんと働いて貰うぞ」


「それはいいのだが、私のジョン・ドウの調査についてはどうなっている?」


「そいつについては進展なしだ。そもそもなんで俺様がお前に顎で使われなきゃならんのだ? 情報が欲しかったら、その筋を頼れ。俺様は仕事ビズに関係ある情報しか渡さん」


 八重野の問いにジェーン・ドウはイラついた様子でそう返した。


「しかし」


「おい。止めておけ、八重野」


 それでも食い下がろうとする八重野を東雲が制止する。


「分かった。そのハッカーを探す。見つけて、あんたのところに連れて行くにはどうしたらいい?」


「見つけたらこの番号に連絡しろ。迎えを寄越す」


 ジェーン・ドウはARデバイスの連絡IDを渡した。


「了解。なるべく早く見つけるからさ」


「あーあ。クソ。分かったよ。このちびのジョン・ドウは探しておいてやる」


 東雲が言うのに、ジェーン・ドウはそう言って出て行けと言うように扉を指さした。


 東雲と八重野は喫茶店を出る。


「すまない。私はどうしても焦ってしまうようだ」


「気にするな。ジェーン・ドウもどうせ俺が言わなくても調べてるさ。あいつにとってもあんたの仕事ビズに関わったジョン・ドウは目障りなはずだ」


 東雲はそう言って肩をすくめた。


「しかし、ハッカーを探せ、ね。何をやったハッカーなのか。こういう仕事ビズって受けたことあるか……」


「ハッカーを殺せと言う仕事はよく受けた。ハッカーという人種は知りたがりが過ぎるようだ。六大多国籍企業にとっては面倒な相手なのだろう」


「ベリアもいろいろと知りたがりだよな。まあ、それが仕事でもあるんだろうけど」


「喧嘩を売る相手を選ばないハッカーは早死にする」


 八重野はそう言って駅の改札を抜けた。


「で、俺たちがそういう悪戯ハッカーを殺すってわけか。だが、今回は殺せって仕事ビズじゃない。探して出して連れてこいって仕事ビズだ」


「ジェーン・ドウはどうせ用が済めば始末するだろう」


 今は昔と違ってアングラハッカーをホワイトハッカーとして雇うことはほとんどないと八重野は言った。情報保全の観点から、最初から自分たちで育成したハッカーをホワイトハッカーとして雇用するのだと。


「ホワイトハッカーってのは企業側のハッカーか?」


「サイバーセキュリティを請け負うハッカーだ。アイスを組んだり、迷宮回路を組んだりしている。昔は攻撃者の思考から考えるべく、アングラハッカーを雇用していたが、今は腕のいいホワイトハッカーが育っている、そうだ」


「それも前のジョン・ドウが?」


「ああ」


 八重野はそう言って黙り込んだ。


「前のジョン・ドウのことが忘れられないって感じだな」


「そう見えるか……」


「ああ。いい奴だったんだろう? だが、所詮は仕事ビズの関係でしかない。あまり引きずるな。知りたがりのハッカーも早死にするが、過去に拘り過ぎる人間も早死にするぜ」


「そういうものか」


「ああ。常に前を向いてないと、後ろ向きで前に歩けばものにぶつかる」


 東雲はそう言って電車に乗り込んだ。


「さて、仕事ビズだ。とは言え、セクター13/6で行方不明になった人間の追跡性トレーサビリティがゼロに近いのは事実だ。情報屋もどこまで情報を持っているか。デカいサイバーデッキが目印になってくれればいいんだが」


 東雲はそう言ってセクター13/6に戻っていった。


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