サイバーサムライの刀

……………………


 ──サイバーサムライの刀



「特に健康に問題はないよ。血液検査も健康そのもの」


「でも、先生。あいつ、この間胸を撃たれたんだぜ……」


「胸を? それにしては目立った外傷はなかったが。よほど高度な医療を受けたのか。あるいは君の思い違いか」


「まあ、健康ならそれでいいさ」


 健康に影響があれば困るが、ないならないで問題はない。


「君の方の造血剤も処方しておいたから、受け取って行きたまえ」


「ありがと、先生」


 次の患者が来ているようだったので、東雲は食事に誘うのおは断念した。


「東雲様。お薬代を込めて、800新円となります」


「あいよ。またな」


 東雲は造血剤を抱えると八重野を連れてクリニックの外に出た。


「とりあえず、食事でもしていくか?」


「あなたに従う」


「もうちょっと気楽にやろうぜ」


 従うと言ってもヤクザに喧嘩を売るのだから困ったものだと東雲は思った。


「じゃあ、ここのラーメンを食っていこう」


 東雲たちはクリニックの下の中華料理屋に入る。


「ラーメンふたつ」


「マイド!」


 片言の日本語を話す店員が注文を取っていく。


「ラーメンは好きか?」


「ああ。合成品でも美味いから好きだ。ストリートにいたときはラーメンなんて食べられなかったが、サイバーサムライになってからはいろいろな店を回った」


 そこで八重野が肩を落とす。


「だが、今はまたストリートにいたときと同じような状態だ」


「そんなことはないだろう。住む家はあるし、飯だって普通に食える」


「だが、刀のないサイバーサムライなど」


 八重野はそう言ってますます落ち込んだ。


「刀は作ればいいだろ。俺の知り合いのサイバーサムライも一度刀を折られたが、また作ってたぞ。確かどこで作ったのか教えてもらっていたはずだ」


 そう言って東雲はAR上のデータを検索する。


「あった、あった。セクター7/4に刀工房があるらしい。ヒヒイロカネ製の刀を作るってよ。安心できたか?」


「しかし、今の私は無一文だ」


「俺が立て替えておいてやるよ。また仕事ビズをやるようになって、稼げたら返してくれ。それまでは待つからな」


 東雲は別に返してもらわなくてもよかったのだが、どうもそれでは八重野が納得しないような気がしていた。


 八重野は東雲と対等な関係を望んでいる。そうであるならば、こうしておいた方がいいだろうというわけだ。


「かたじけない。この恩は必ず返す」


「ああ。そのうち頼むよ」


 そして、ラーメンが運ばれてきた。


「なあ、あんたのジョン・ドウってのは一体どこの企業の所属だったんだ……」


「それが分からないのだ。分かっていれば今すぐにでも報復に向かうのだが。ジェーン・ドウはメティスを怪しいと思っていたらしいが、私としてはまだ確信が持てずにいる。ジョン・ドウはいつも立場をあいまいにしていた」


「その点はうちのジェーン・ドウと同じだな」


 東雲はそう言ってラーメンを啜る。


「ジョン・ドウやジェーン・ドウは正体を隠すものだ。その意味が理解できた。結局はこうときのためなのだな」


「まあ、そうかもしれないな。ジョン・ドウやジェーン・ドウは信頼できる相手じゃない。いつこっちを使い捨てディスポーザブルにするか分からん。だが、連中に頼らないと纏まった金が手に入らないのも事実だ」


 ジョン・ドウやジェーン・ドウは自分の所属している企業を明確にしない。


 それは末端の人間が相手に拘束された場合の保険であり、駒を使い捨てディスポーザブルにしたときの報復を予防するためでもあるのだろう。


 とは言え、東雲たちのジェーン・ドウが大井コンツェルン所属なのはもうほとんど分かっている。これで違う六大多国籍企業ヘックスだったらびっくりだ。


「あなたは大きな仕事ビズを成功させたとジェーン・ドウから聞いたが」


「ああ。ちょっとした仕事ビズをな。メティス絡みだ」


「それでジェーン・ドウはメティスを……」


「そうかもしれない。何とも言えない。ジェーン・ドウは自分の握っている情報を全ては俺たちに渡さないからな」


 東雲はそう言って味玉を噛む。合成品とは言え、ここまでちゃんとした味玉が出てくるのはこの店ぐらいのものだ。他は本当に卵かどうか分からないような異臭のする味玉を出してくる。それも味もべっとりとしたもの。


「じゃあ、飯食ったら、次は刀のオーダーに行くか。できるまで時間はかかるようだし、早めに頼んでおいた方がいいだろう」


「ああ。よろしく頼む」


 東雲たちはラーメンを食べ終えると、チップで料金を支払い、店を出た。


 それから電車に乗ってTMCセクター7/4に向かう。


 セクター一桁代の治安はいい。TMCセクター7/4でもTMCセクター13/6に比べれば断然に治安がいいものだ。


「ここだ。“黒田金属”」


「町工場のようだな」


「まあ、俺の知り合いの紹介だと言えばどうにかなるだろう」


 東雲はそう言って町工場のような建物の中に入る。


 金属を削る音が喧しく響き渡り、東雲は眉を歪めた。


「何か御用で?」


 東雲たちに気づいた作業員のひとりがやってくる。


「サイバーサムライ向けの刀を頼みたい。以前ここで頼んだことのある呉という男の知り合いだ。頼めないか……」


「請け負いますよ。しかし、うちで刀を作っていることは御内密に」


「ああ」


 刀、それもサイバーサムライ向けの刀を作っているのはどう考えても銃刀法違反だ。ここの町工場があまり目立たないように奥まった場所にあるのもそのためだろう。


「それで、どのようなものをお求めで」


「八重野」


 東雲が八重野を呼ぶ。


「ヒートソード。刀身は70センチほど。ヒヒイロカネ製で、超電磁抜刀が可能な鞘も頼みたい。お願いできるか?」


「今の流行りは超高周波振動刀ですが、ヒートソードでよろしいので?」


「ああ。その代わり、超電磁抜刀の威力を上げてほしい。通常の2倍から3倍」


「扱えるんですか?」


「扱える。問題はない」」


 どうも呉やセイレムよりも強力な超電磁抜刀で一撃で相手を葬るのが八重野の戦闘スタイルのようだ。だが、それは乱戦になったとき、困ったことになる。


「では、そのように。他にご注文は?」


「特にない。どれくらいでできる?」


「そうですね。短くとも1週間はいただくことになるでしょう」


「分かった」


 八重野は丁寧に礼をして作業員の前から下がった。


「いくらぐらいだい?」


「ヒヒイロカネ製ですからね。8万新円ほどになります」


「分かった。前払い? 後払い?」


「後払いで。出来に納得してもらえなかったら金は受け取れませんから」


 作業員はそう言って額の汗を拭いた。


「では、よろしく頼む」


「はい。お引き受けしました」


 東雲たちは黒田金属の建物を出て、一息つく。


「なあ、八重野。ヒートソードに何か拘りでもあるのか……」


「……初めて扱った刀がヒートソードだった。前のジョン・ドウから渡されたものだ。名前は“蛇喰らい”。ジョン・ドウを斬るならば、同じヒートソードで斬りたい」


「意趣返し、か」


「ああ。そうだ」


 くだらないかもしれないが、自分にとっては重要なことだと八重野は言った。


「あんたの理想を否定はしないさ。自分に扱いやすい武器を使いな。ただし、妙な拘りを持ち続けると早死にするぜ……」


「分かっている。そうなった連中を大勢知っているから。だが、私の判断は合理的だし、戦闘に影響を及ぼすようなものではない」


 ただ、ちょっとした私情があるだけだと八重野は言う。


「さて、じゃあ、帰るか。2週間後ぐらいに様子を見にこよう。その時にはできているだろうからな」


「ああ」


 東雲たちは再び電車に乗ってTMCセクター13/6に戻る。


「おい。兄ちゃん、金持ってるだろ?」


 駅を出て、少し進んだところでチンピラが絡んできた。


 ヤクザの予備役であるチンピラ集団だ。ハイ・ウィナーとかいうどうしようもない連中。電子ドラッグジャンキーの集まりだ。


「痛い目見たくなかったら失せろ」


「ああ? てめえ、舐めてると──」


 東雲がちょっと痛い目を見せようかと思ったところで、それよりも早く八重野が動いた。八重野の拳がチンピラの顔面に叩き込まれ、骨の折れる音が響く。


「て、てめえ! やりやがったな!」


「八重野。ほどほどにだぞ」


 だが、八重野は東雲の言うことは聞かず、次のチンピラの脇腹に回し蹴りを叩き込み、内臓と骨を叩き潰した。


 チンピラが血を吐いて倒れるのに、他のチンピラたちが逃げ出す。


「あーあ。殺しちまったのか」


 八重野にやられたチンピラ2名は死亡していた。


「八重野。やりすぎだ。報復されるぞ」


「その時はまた殺せばいい」


「はあ。全く」


 東雲は深くため息を吐いた。


「今度回る場所はあんたのそのイノシシみたいな性格を矯正するところだな。今日は帰ろう。逃げた連中が妙なことを考えてないといいんだが」


 それから東雲と八重野はとりあえず生活に必要な品を購入するとホームであるアパートに戻っていった。


 幸い、ハイ・ウィナーからの報復はなく、夜にヤクザがやってきて面倒をかけたと一言言って帰っていった。


「ヤクザと関わりがあるのか?」


「いや。基本的にはない。向こうの仕事ビズを受けるわけでもないし、向こうに仕事ビズを行うことも基本的にはない。だが、俺がジェーン・ドウの関係者で手出しすると不味いということは知っているらしい」


「そうか」


 八重野はそう言うと東雲宅の隣の部屋で暮らすことになった。


「どうだった、彼女……」


 マトリクスからログアウトしたベリアが夕食の席でそう尋ねる。


「イノシシだな。ヤクザと喧嘩するわ、チンピラは殺すわ。とんでもない。それでいて妙に礼儀正しいところもあるから分からん奴だよ」


「ストリートの育ちなんでしょう? そのせいじゃない?」


 ベリアがそう言う。


「俺はストリートの育ちじゃないから分からないが、これまで相手にしたストリートの連中はみんな荒れてたな。ストリートの育ちのサイバーサムライ。ちょいと人間について教え直す必要がありそうだ」


「まあ、頑張って。それとも私も付き合った方がいい?」


「暇なのか?」


「時間はあるよ。仕事ビズもないし」


「それなら頼もうかね」


 東雲はそう言ってベリアとともに八重野を案内する場所を決めていった。


……………………

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