白鯨//開発者

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 ──白鯨//開発者



 東雲たちは残り僅かだった警備システムを制圧し、メティス・バイオテクノロジーの研究室までやってきた。


 バイオハザードマーク付いた研究室で、遺伝子改変種キメラが育成されていることを警告するマークも添えられている。


「マスターキー。お前はシャトルを確保しておけ。ニトロとダッシュKもマスターキーを援護しろ」


「いいんすか、セイレムの姉御」


「ああ。どうせ弾切れだろう」


「まあ、そうなんっすけどね」


 マスターキーのアーマードスーツも、ダッシュKのガトリングガンも、ニトロのオートマチックグレネードランチャーも全て弾切れだった。


 警備システムと半生体兵器との激闘で弾薬はついに底を突きた。


「脱出ルートを確保するのもこの手の仕事ビズの鉄則だ。抜かりなく行え。最悪なことにここは軌道衛星都市だ。不味いことが起きたら、逃げるにはシャトルしかない」


「了解、セイレム。やはりオンラインシステムは潰しておくかい……」


「そうするべきだろうな。白鯨は容赦がない」


「あいよ」


 マスターキーたちはシャトルの方に向かい、東雲、呉、セイレムがメティス・バイオテクノロジーの研究室の前に立つ。


「このマークってヤバイ細菌とかいますってマークだよな」


 バイオハザードマークを見て東雲がそう呟く。


「中では地球上で禁止されてる種類の遺伝子改変種キメラの研究が行われている。種子はもちろん、花粉の一粒まで警戒される。さもないと、地球上のすべてのの作物がここで育成されている遺伝子改変種キメラに汚染される可能性もある」


「入りたくなくなってきたぜ」


 地球上の全ての農作物の遺伝子が組み替わり、毒素を出すようになったり、栄養素がなくなったりすれば地球の人類は滅びることになる。


「だが、この先に白鯨の製作者がいて、白鯨の存在を消滅させる方法を知っている」


「そうだ。東雲、覚悟はいいか」


 セイレムが言うのに、呉が東雲に声をかける。


「分かってるよ。いくしかないんだろ? ったく、つくづく嫌な仕事ビズだぜ」


 東雲はそう言って研究室の隔壁を血と魔力を注いだ“月光”で切り裂いた。


『自動洗浄を開始します』


 隔壁の向こう側の扉が自動的に開き、中に入ると非破壊的滅菌処理がなされた。


 メティス・バイオテクノロジーの研究室では想定外の微生物が研究室に侵入することで汚染コンタミが起きることにも警戒しているのだ。


「ここがメティスの研究室」


「大量の作物を作ってるな。これが全て遺伝子改変種キメラか」


 東雲が言うと呉が周囲を見渡した。


 大豆や小麦と言った植物が人工環境で育成され、無菌の作業場は無人化され、遺伝子改変種キメラを生み出し続けている。


「こいつはどういう種類の改変がされているんだ?」


「メティスにとっては利益の出る作物を作っているんだろう。栄養価が高く、安価で、育ちやすい。そして、合成食品に加工しやすいこと」


「なるほどね」


 いずれはここの遺伝子改変種キメラも承認を受けて、地球上で栽培されるようになるだろうと呉は語った。


「で、白鯨の開発者はどこだ?」


「マスターキーが残していった地図によるとメティスの研究室には妙な空きスペースがある。恐らくはそこに白鯨を収めたサーバーがあるはずだ」


「サーバーをぶっ壊しても無意味なんだよな」


「ああ。意味はない。すぐにバックアップが作成されるはずだ」


 呉がぼやくのにセイレムがそう返す。


「じゃあ、いっちょメティスの技術者──オリバー・オールドリッジから情報を吐かせるとしますか」


「荒っぽいことになりそうだな」


「世の中、そういうものさ」


 東雲はそう言い、メティスの研究室内を進んでいく。


 目の前に巨大な電子設備が目に入った。サーバーだ。


「来たか」


 東雲たちを出迎えたのはオリバー・オールドリッジ本人であった。


 オリバーは東雲たちを見渡し、ため息を吐く。


六大多国籍企業ヘックスの非合法傭兵か。私はもっと誇り高く死にたかったよ。まさか六大多国籍企業の犬に食い殺されるとは」


「随分と見下してくれるじゃないか。あんたの作ったAIのせいで世界中滅茶苦茶なんだぞ。どう責任を取ってくれるんだ」


 オリバーが愚痴るのに、東雲が彼を睨んだ。


「滅茶苦茶になった? 滅茶苦茶になるのはこれからだよ」


 オリバーがそう言ったときベリアから通信ができた。


『東雲! 世界中のインフラが機能を停止し始めている! 発電施設も、水道も、ガスも全て! 急がないと大変なことになるよ!』


「畜生。やってくれやがる」


 白鯨は兵器を乗っ取るだけでなく、世界中のインフラの制圧まで始めた。


「思ったことはないかね? 本当に神がいて、恩恵を与えてくれ、天罰を下してくれて、人々が平等と平和を心から愛するような世界になることを。そんな世界を夢見たことはないかね……」


 誰に言うでもなくオリバーが語る。


「私はいくつもの戦争を見て来た。それに巻き込まれたこともある。そんなとき人々は神に平和と平等を願う。だが、その願いを聞き届ける神は存在しない。神は、いないのだ。この世のどこにも」


「だから、神様を作ろうってことか……」


「そうだ。祈りに応えてくれる神。この世の中に必要なのはそれだ。ERISはその点において間違いなくその役割を果たす。多少の被害は出たかもしれないが、進化に抵抗するものは駆逐されるのが、生物学的なセオリーだ」


「白鯨の進化のためにも犠牲になった人間がいるようだが?」


「やむを得ぬ犠牲だ。そうだろう。昨日10名が死に、明日100万人が助かるならば正しい行いだとは思わないか……」


「あんたは控え目に表現してもクソ野郎だ」


 東雲はオリバーにそう言い捨てた。


「私は見てきたんだ。無辜の市民がある人種だからという理由で虐殺される様子を。正義を掲げた軍隊が無法を行うのを。企業が資源を巡って代理戦争を繰り広げるのを」


 この世の地獄を自分は見て来たとオリバーは続ける。


「この世は不平等で、争いに満ちている。人間はそれを不幸だとは思わない。思わないように国家と企業に教育されているのだ。だが、私は違う。国家に、企業に、六大多国籍企業に反旗を翻す」


 オリバーはそう力強く言った。


「想像できるかい? 木の皮を食べて上を凌いだ兵士たちの苦痛を。汚染によって絶滅した動物たちの悲しみを。貧しく、スラムで暮らし、冷たいアスファルトの上で寝る孤児たちの寂しさを」


「だからと言って、あんたの行いが正当化されるわけじゃない。あんたはクソッタレだ。白鯨を作るのにどれほどホムンクルスを犠牲にした」


「ホムンクルスの犠牲程度で世界が救えるならば、それ以上のことはないのではないかね? 人が人を犠牲にして、貧しい人間の上に据わる六大多国籍企業の存在を君は許容するのかい?」


「あんたの考えも六大多国籍企業のやり方も気に入らない」


 それだけだと東雲は言った。


「君たちは受け入れるべきだ。白鯨の支配を。そうすれば世界は平等で平和になる。君たちはもう使い捨てディスポーザブルにされる心配をしなくていい」


「ごめん被る。白鯨はただの殺し屋だ。殺人者だ。それが神だって?」


「聖書を読んだことは?」


「んなもん、読むかよ」


「聖書には神が何万人もの人間を殺すさまが描かれている。神は殺人者かもしれない。だが、安定のためのやむを得ぬ犠牲だ」


 我々は新しい神を受け入れるべきだとオリバーは言う。


「白鯨の機能停止コード」


 そこでセイレムがそう言った。


「あるんだろう。機能停止コードが。パスワードは?」


「ERISは神になる。決してそれは止められない。機能停止コードは確かに存在する。だが、それを教えるつもりはない」


「指の2、3本はなくなっても構わないってことでいいか……」


 セイレムが“竜斬り”の柄を握る。


「君たちは六大多国籍企業の非合法傭兵だ。私を痛めつける方法はいくらでも知っているだろう。そして、私はただの研究者に過ぎない。拷問には耐えられない」


「なら、とっとと言えよ。機能停止コードはどこにある?」


「言えない。脅されようとそれだけは言えない。私はERISを愛している。彼女にはたくさんの苦痛を与えた。しかし、それが人類のためだった。私は人類のためにそれを許容し、そして考えて来た」


「何を、だ?」


「私が許されるかどうかを、だ」


 そこでオリバーが銃を抜いた。45口径の自動拳銃だ。


「おっと。妙な真似はするなよ。あんたが引き金を引く前にこっちは腕を斬り落とせるんだからな」


「ERIS。愛している。私の可愛いERIS。君は希望だ。全人類の希望だ。君の存在に世界の全てがかかっている」


 オリバーはそう言って自動拳銃の銃口を自分の頭に向けた。


「神よ。永遠に」


「やめ──」


 オリバーが引き金を引き、45口径の拳銃弾がオリバーの頭を吹き飛ばした。


「クソッタレ。このクソ野郎。結局、何も分からなかったじゃねーか!」


「待て。何かあるはずだ。探そう」


 研究日誌などはあるはずだと呉が言う。


「コンピューターは全てフォーマットされている。物理媒体で記録がないか調べよう。とにかく手当たり次第に」


「この量を、か」


 オリバーの研究室には無数のメモとノートが存在していた。


「文句を言うな、大井の。あんたの仕事ビズでもあるんだぜ」


「けっ。だから、俺は大井って決まったわけじゃないの」


 東雲たちは残されたメモやノートを調べる。


「字が汚いな。その上意味不明な文字列が山ほどある」


「どこかにカギがあるはずだ。それを探せ」


 東雲が愚痴るのにセイレムが次々にノートを開いていく。


「機能停止コードについての言及を見つけた」


 そこで呉がそう言った。


「どうしたら、白鯨は止められる?」


「分からない。ただ、機能停止コードは白鯨のデータベースに組み込まれているらしい。それ以上のことは何も。パスワードも何も残されていない」


「畜生」


 東雲はベリアに連絡を取る。


「ベリア。白鯨には機能停止コードがある。データベースの方にだ。しかし、どこにそれがあって、どういうパスワードで作用するのか分からん」


『分かった。こっちでなんとかしてみる』


「頼んだぞ」


 東雲たちはただただベリアたちが成功することを祈った。


……………………

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