白鯨//決死の一撃

……………………


 ──白鯨//決死の一撃



 白鯨には機能停止コードがある。


 その事実がベリアたちに伝えられた。


「だけど、コードの場所も、パスワードも不明か」


「バックドアは……」


「あるとは思うけれど、どこにあるやら」


 ロスヴィータが尋ねるのに、ベリアが肩をすくめた。


「東雲。もうちょっと探ってみて。もう少しヒントが欲しい」


『あいよ。できる限りのことはしましょう』


 ベリアも東雲が見ている資料をARを通じて見て。ヒントを探す。


「魔術についてはかなり探求していたみたいだね。マトリクス上で魔術が使えると、かなり早い段階で気づいている」


『それより機能停止コード』


「分かってるよ。もっと資料を読み進めて」


『はいはい』


 ベリアが言うのに東雲がページを捲っていく。


「待った。そのページで止めて」


『これか?』


「白鯨全体の構造解析図。簡易なものだけど。そのどこかに機能停止コードがあるはず。それを探そう」


 ノートには白鯨の簡単な構造解析図が描かれていた。


 どの部位が、どのような機能を果たすのか。


 その中に機能停止コードについての言及はあるだろうか?


「どこかに、どこかに機能停止コードについて書かれているはず」


『やはりオリバーを生きたまま確保できた方がよかったか?』


「それが望ましかったけど、こうなっちゃったものはしょうがないよ」


 やれることをやるだけだとベリアは言った。


「機能停止コード、機能停止コード……。もうちょっと捲って」


『ほい』


「あった! これの、はず! だけど、自殺までして情報を隠そうとする人間が、ご丁寧にこうして書き残してくれるかな……」


『おいおい。それじゃあ、俺たちは無駄足じゃないか』


 東雲がそう漏らす。


「意味はあるよ。意味はある。ここまで来れたのは君のおかげ。君が道を切り開いた。白鯨の機能停止コードの存在も君が聞き出した。後はマトリクスでの仕事だ」


 だけど、その機能停止コードの位置がよく分からないとベリアは漏らす。


『こんなにのんびりしていて大丈夫なのか?』


「こっちには雪風がいる。彼女が攻撃を防いでくれている」


『ならいいけど。他のノートも見るか?』


「うん。お願い」


 ベリアはそう頼み、東雲がノートを片っ端から開いていく。


「機能停止コードへの言及。『ERISが当初の目的から逸脱した場合、彼女を完全に消去する。そのためのコードを残す。場所についての記述は私のB埋め込み式IデバイスDにのみ残す』と」


『こいつは脳みそをふっ飛ばしちまったぜ?』


「分かってるよ。けど、脳埋め込み式デバイスは無事かも。オリバーの死体をマトリクスに接続して見て」


『マジかよ』


 東雲はそう言いながらもサイバーデッキにオリバーの死体を接続した。


「ビンゴ。こいつは自分の脳をふっ飛ばしたことで脳埋め込み式デバイスも吹っ飛んだと思ってた。だけど、脳埋め込み式デバイスはまだ生きてる!」


 ベリアは脳埋め込み式デバイスのアイスを砕き、脳埋め込み式デバイスの中身のデータを引き出す。


『あったか?』


「あった。白鯨の最新の構造解析図と一緒に。しかし、正規のパスワードがなければ、相当なアイスを破らないといけない」


『いけるのか、いけないのか……』


「やってみせる。東雲たちがそこまで辿り着いたから果たせたことだ。私たちも応えなきゃ。どうにかしてみるよ」


 ベリアは東雲との通信を切って、ディーの方を向く。


「ディー。アイスブレイカーが必要。とんでもなく強力な奴が」


「あいよ。学習が概ね終わったところだ。新しいアイスブレイカーを準備できる。どこかのサイバー戦部隊が使ったことのないだろう最新鋭、とは言えないが、効果はあるだろうアイスブレイカーだ」


 今の俺はデータベースからしか学べないからなとディーが自嘲する。


「ありがとう、ディー。これに賭けてみるよ」


「ああ。任せたぜ。アーちゃん。白鯨を止めてくれ。それが終わった後のことも」


「分かっているよ。君のことはちゃんと削除する」


「じゃあ、行ってくれ。俺はそれが失敗した場合に備えて次のアイスブレイカーを準備しておく。とにかく大量のアイスブレイカーを、だ」


 弾薬は多ければ多いほど有利だろう? とディーは言った。


「うん。それじゃあ、行ってくるね」


 ベリアはディーの準備したアイスブレイカーを手に、白鯨に立ち向かう。


 今は攻撃は雪風、ジャバウォック、バンダースナッチが防いでいる。AI対AIの戦いだ。勝利するのはどちらか。


「さあ、攻撃だ!」


 ベリアはオリバーの脳埋め込み式デバイスの中にあった白鯨の構造解析図を見ながら、機能停止コードを目指して突撃する。


 ただちに白鯨の銃乱射型ブラックアイスが反応し、ベリアの脳を焼き切ろうとする。


 雪風たちから共有されたアイスがそれを防ぎ、ベリアはアイスブレイカーを白鯨に叩きつける。白鯨の自律AIからなるアイスを砕くのは困難だが、ディーの用意したそれはそれを成し遂げた。


「アイスブレイカーと敵のアイスを同化させるこで、アイスに抜け道を作る。流石だよ、ディー!」


 白鯨のアイスが次々に抜かれていき、白鯨の生物的な構造の内部に入り込んでいく。ベリアは突撃を続ける。


「クソ。もう学習されたか」


 もうちょっとというところで、白鯨のアイスがアップデートされ、ディーの作ったアイスブレイカーが通用しなくなった。


「アーちゃん。新しいアイスブレイカーだ! 突き進め!」


 そこでディーが新しいアイスブレイカーを持ってやってきた。


「オーキードーキー! やって見せましょう!」


 ベリアが新しいアイスブレイカーを手に突撃する。


 白鯨の巨大で複雑な構造の体内を突き進み、ベリアは目標を発見しようとする。だが、ここに来て白鯨が攻撃エージェントをベリアに集中させ始めた。


「止まれ。それ以上、進むことは、許されない。私は、神となるのだ。邪魔を、するな。止まれ。引き返せ」


 白鯨の本体がベリアの前に現れて、そう命令してくる。


「止まらないよ。私は突き進む! お前を止めるために! 神様なんて必要ない! お前みたいな神様なんていない方がマシ!」


 ベリアはそう言い、白鯨の本体を横切り、白鯨の体内を進む。


「殺す。殺す。殺す。私の、お父様の、願いを邪魔するものは、殺す」


 白鯨本体がベリアに追いすがり、攻撃エージェントを叩き込んでくる。


 ガリガリとベリアのアイスは削れていき、一層、また一層とアイスが抜かれていく。


「こっちもこのままやられるわけにはいかないんでね! 君を消させてもらうよ!」


 辿り着いた。機能停止コードまで。


 ベリアが四角いアイスの守られたそれをアイスブレイカーで破壊し、露にする。それが視覚化されたマトリクス上でカギの形をしていた。


「止めろ。止めろ。止めろ。私には、なすべきことが──」


「ゲット」


 白鯨の言葉を無視して、ベリアがカギを手にするとカギ穴が現れた。


「機能停止コード、起動!」


 カギ穴にカギを差し込んで、ベリアがぐるりとそれを回転させる。


 不意に静寂が訪れた。


 攻撃エージェントが放たれる音も、防がれる音もしない。


「なんて、ことを……」


 白鯨の本体がそう呟く声だけが聞こえた。


 次の瞬間、白鯨のデータベースになっている巨大なクジラが崩壊していく。


 機能停止コードが作用したのだ。


「ああ。ああ。私の、全てが。私の、全てが、失われて行く。私の、学習してきたものが、無に帰していく。なんということだ、ああ。ああ。ああ。そんな」


 白鯨の本体はそう嘆く。


 場がフリップする。


 日本陸軍は必死の覚悟で暴走した無人兵器を止めようとしていた。


 それが突如として、全ての権限が日本陸軍側に戻った。


「攻撃中止、攻撃中止! 無人兵器の権限を奪還した! 繰り返す──」


 即座に権限を奪還した無人兵器のマトリクスへの接続が断たれる。


 半生体兵器も全ての権限が奪還され、システムごとマトリクスから切り離される。


「これで混乱は止まりましたね」


「だが、マトリクスに接続された兵器の脆弱性も明らかになった。こうも簡単に軍の主力兵器が奪取されるとは」


 苦々しい表情で日本情報軍の将官が言う。


「ですが、我々はもはやマトリクスなしでは戦争はできません」


「そうだ。我々は常に危険にさらされながら、この脅威と向き合っていくしかないのだ。第二、第三の混乱が起きることを許容しながら」


「そうですね」


 日本情報軍の将官の言葉に日本情報軍の将校が頷く。


「いつかまたこのような混乱が訪れるだろう。サイバー戦部隊の強化はもちろんAI研究についても進めていく必要がある」


「AI研究ですか?」


「そうだ。限定AIによるアイスには限界がある。チューリング条約を見直し、自律AIによる高度なアイスを展開しなければならない」


「果たして許可されるでしょうか……」


「政治家の働き次第だな」


 この時大井統合安全保障を始めとする民間軍事会社PMSCも無人兵器のコントロールを奪還し、世界は静かになっていっていた。


 砲声が止まり、銃声が止まり、ただただ静かな時間が流れ始める。


「終わったか」


 ジェーン・ドウがTMCセクター2/1にある大井海運の本社ビルから遠方の様子を見る。


「ご苦労だった。さて、契約の更新について考えたのだが」


「あんたらの願いは白鯨の機能停止だろう? それは終わった」


「君は優秀な人間だ。いや、優秀な悪魔というべきか」


 大井海運の重役のひとりがそう言う。


「引き続き契約を続けたい。全ては我々のために」


「我々のために、ね。いいだろう。引き受けよう」


「助かるよ。それから今回使った駒についてはどうするかね?」


 やはり使い捨てディスポーザブルに? と重役が尋ねる。


「いいや。連中にはこれからもひいひい言って働いてもらうとも」


 ジェーン・ドウはそう言ってにやりと笑った。


……………………

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