TMCクライシス//データハブ

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 ──TMCクライシス//データハブ



 ベリアたちが白鯨と激闘を繰り広げていた時、東雲たちはTMCサイバー・ワンを目指して進んでいた。


 軍用四輪駆動車が高速道路を疾走し、TMCセクター7/3を目指して駆け抜けていく。辛うじて放送しているテレビは新東京アーコロジーのテロの事件を短く、さも重要でないかのように伝えた。


「あれだけの事件だったってのに、報道はこれっぽちか……」


「大井が報道管制を布いている。TMCで事件が起きれば大井統合安全保障の責任になる。だから、大井は報道させない」


 大井のブランドイメージに傷がつくと呉は語る。


「そして、海外メディアの報道はこの国には入ってこないし、海外メディアもほぼ六大多国籍企業ヘックスに買収されてだんまりだ」


 英国放送協会BBCですら完全民営化され、アトランティスによって買収されたと呉は続けた。


「真実を知りたいならマトリクスへ、か」


「マトリクスも真実があるわけじゃない。陰謀論やフェイクニュースで満ちている。結局は自分の目で見たもの以外は信頼するなってことだ」


「そこら辺は昔のインターネットと変わりがないんだな」


 技術が進歩しても人間は変わらないものかと東雲は思った。


「人間は変わらんものだよ。信じたいものを信じる。自分が正義だと思う。だから、ハートショックデバイスなんて陰謀論が出回る。情報過多な時代だからこそ、情報のリテラシーが必要な時代だ」


「昔からそれは言われてたよ。今の時代は情報が多過ぎるってな。しかし、事実六大多国籍企業は白鯨なんてとんでもないものを生み出した。陰謀論だって完全に嘘っぱちってわけじゃないさ」


 まあ、そのひとつの当りのせいで陰謀論全体が盛り上がるのもどうかと思うけどなと東雲は言う。


「陰謀論はその手のものばかりだ。一昔前の事実の欠片を何百倍にも膨らませて、あーだこーだと言う。そして、馬鹿がそれに騙される」


「情報のリテラシーってのは本当に大事だな」


「全くだ。もっとも、この件に関しては全面的にメティスの陰謀だろうが」


 そう言いながら、東雲たちを乗せた軍用四輪駆動車が高速道路を降りる。


「セクター7/3はまだ先だぜ?」


「大井統合安全保障が高速道路を封鎖した。新東京アーコロジーの件か、あるいはTMCサイバー・ワンで何かあったのか」


「俺たちが追われているってことはないよな」


「それだったら、大井統合安全保障はもっと早く俺たちを捕捉できている」


 ここに来るまでいくつの生体認証スキャナーがあったと思うんだと呉は言う。


「生体認証スキャナーにばっちり記録されているのかね、新東京アーコロジーの件も」


「出入りは記録されているだろう。だが、テロが起きてからは生体認証スキャナーは停止していたはずだ。テロリストたちが自分たちの情報を残すとは思えん」


「では一安心だな」


 何だったらベリアに記録を消してもらわなければいけないなと東雲は思っていた。


「新東京アーコロジーの件は誰かが首を飛ばされて終わりだろう。それかメティスの非合法傭兵を秘密裏に処理するか。企業間抗争は表向きには起きていないことになっている。どんなことがあろうと」


「六大多国籍企業は仲良しですってか。馬鹿らしい」


「その馬鹿らしさが消えたら、いよいよもって企業同士のテロの応酬になる」


 それで被害に遭うのは六大多国籍企業の椅子にふんぞり返ったお偉方ではなく、下っ端と無関係な民間人になると呉は言った。


「それはいただけないな。とは言え、本当に建前だろ。現にメティスの連中は数十万人を虐殺しようとしやがりやがった」


「ああ。だが、これが公式に認められれば、大井もメティスのアーコロジーに攻撃を仕掛けるということになる」


「それがテロの応酬か」


 戦争は虚しいぜと東雲は呟いた。


「戦争になると被害に遭うのはいつだって民間人ってわけか。どうしようもないな」


「スマートな人殺しで終わらせる。ピンポイントで企業に打撃を与える。民間人を巻き込まない。そのための非合法傭兵だ。そのはずだったんだがな」


 まさか、ケミカルテロを企てるとはと呉は愚痴る。


「メティスは手に負えなくなっているのかもしれない。白鯨の件で」


「社内の権力闘争。それか白鯨そのものが完全にメティスの制御から外れたか。いずれにせよメティスはパニくってるな。そうでなければ、ケミカルテロなんて考えるはずがない。無差別に殺せば報復合戦だ」


「そのリスクを抱えるぐらいメティスは追い詰められてると」


 白鯨はどうなってるのかねと東雲は呆れた。


「白鯨の件で社内が荒れているって件は十分にありそうなんだよな。俺への依頼もおかしかった。メティスは技術者を殺すより生け捕りにして連れ帰る法を選ぶ。なのに、命令は技術者を殺せだった」


「研究を再開したいわけじゃなく、研究そのものをなかったことにしたがっている連中がいて、そいつらと研究続行派が揉めている」


「あり得なくはない」


 となると、やはりロスヴィータは狙われたままかと東雲は思った。


 ロスヴィータは白鯨について知りすぎている。今のメティスにとっては悩みの種だ。それこそ殺してでも口封じを図るだろう。


「TMCサイバー・ワンにはサイバーサムライがいると思うかい?」


「新東京アーコロジーを襲ったのはサイバネアサシンだけだった。あれも機械化率が高く、脳を高速化させていたが、サイバーサムライほどの戦力じゃない。そして、メティスのサイバーサムライは俺だけじゃない」


「さくっと終わらせるためにサイバーサムライを投入か。TMCサイバー・ワンの警備は今手薄だろう。前にあそこで事件が起きたときに防衛設備をかなり破壊しちまったしな」


「それならもう復旧してるし、大井統合安全保障も警戒はしているはずだ」


「それでも連中はやる、と」


「やるだろうな。それぐらいしかマトリクスにダイブしている人間を探す手段はない」


 そしてターゲットはマトリクスにダイブしていると呉は言う。


「そうだな。今ごろ、カナダのメティスの本社を攻撃しているんだっけ。日本からカナダを攻撃か。マトリクスは何事も自由でよろしいことで」


 俺たちはセクターを移動するだけであたふたしているのにと東雲はぼやいた。


「その代わり脳を焼き切られるリスクがあるぞ……」


「そいつはごめんだ。どこの馬鹿が脳を直接ネットに繋ごうなんて考えたんだろうな」


「BCIの原型が2030年代に開発された。当初は神経、脳障害の患者向けの介護装置として。四肢の神経がマヒしていても、BCIによってコンピューターと繋ぐことで、不便せずに暮らせるという名目だった」


「確かにな。パーキンソン病とかになると体が自由に動かせないんだろう?」


「そう。そういう人間に向けてBCI研究が行われていたが、あるとき研究者のひとりが研究費不足を補うために、BCI技術をもっと大勢の人間んために使うことを思いついた」


「そして、できたのがマトリクス」


「ああ。視覚化されたネットワーク空間は大勢の者生み出し、そして──大勢のものを失わせた」


 富、権利、命と呉は語る。


「権利が失われた?」


「あんたがよく理解しているんじゃないか。BCI手術をしてなければ人に非ず」


「ああ。そういう雰囲気はあったな」


 昔はもっと気楽にやれたのにと東雲は愚痴る。


「情報を得る権利は奪われ、マトリクスのインフラを握った六大多国籍企業が幅を利かせるようになった。BCI手術をしても六大多国籍企業にとって従順でなければならない」


「だが、ベリアたちは自由にやっているぜ?」


「いつの時代も抜け道はあるものだ。だが、TMCを管轄に置く大井はそっちの動きを把握するのは容易い。大井相手に仕掛けランをやれば、家に大井統合安全保障が踏み入ってくることになるぞ」


「げっ。マジかよ」


「TMCサイバー・ワンもなんだかんだで太井の影響下にあることだしな」


「あれは政府が噛んでるって聞いたぜ?」


「表向きはな。だが、保守点検や運用を行っているのは大井データ&コミュニケーションシステムズだ」


 結局マトリクスのインフラを握っているのも六大多国籍企業なのさと呉は語った。


「はあ。世知辛い世の中だ。富めるものがさらに富み、貧しいものはさらに貧する」


「それがこの世の中だ」


「クソくらえだな」


 東雲はそう愚痴った。


「そろそろTMCサイバー・ワンだ。準備はいいいか、相棒」


「あいよ。貧しいものは貧しいなりに仕事ビズに励みますか」


 場がフリップする。


「マスターキー。ニトロとダッシュKがしくじった。ふたりは先にチャイニーズマフィアの手でずらかる」


「あいよ。これでもまだ計画通りかい、セイレム」


「まだ、な」


 セイレム──二本の角を生やした黒と白の混じった髪をした女はそう返した。


 彼女の眼前には斬り殺された何十名もの大井統合安全保障のコントラクターの死体が積み重なっている。ボディア―マ―ごと真っ二つにされた死体。アーマードスーツごと貫かれた死体。死体。死体。死体。


「まだまだやれるだろう」


「あんたはイカれてるよ、セイレム。控え目に言ってな」


 アーマードスーツ“サーバル1A2”からTMCのデータハブのシステムに潜っているマスターキーがそういう。


「そうかもしれないが、この世の正気なんて儚いものだ。時代が、人が、組織が、神が、正気の何たるかをすぐに変更してしまう」


「そうかもしれないない」


「そうなんだよ、マスターキー。そして、あたしの正気はあたしが証明する」


 そう言ってセイレムは死体の山を前にして笑った。


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