TMCクライシス//混乱

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 ──TMCクライシス//混乱



「落ち着いて行動してください! 全ての住民は大井統合安全保障のコントラクターの指示に従うように! 落ち着いて行動してください!」


 大井統合安全保障の防毒マスクをつけたコントラクターが叫んでいる。


 新東京アーコロジーの中はパニック状態にあり、我先にと逃げようとする住民や、大井統合安全保障のコントラクターの指示に従わず射殺される住民まで出ていた。


 おまけに新東京アーコロジーの警備ボットがハックされ、住民や大井統合安全保障のコントラクターに向けて無差別に口径12.7ミリのガトリングガンを叩き込み、血飛沫が舞い散っていた。


「警備ボットの制御を奪還しろ!」


「ダメです! 完全に管理者権限を奪われています!」


「クソ! アーコロジーのシステムは軍用アイス並みに守られているはずだぞ。どうなっている!」


 確かに新東京アーコロジーのアイスは限定AIの使用された軍用アイス並みだった。だが、それが抜けれ、管理者権限を襲撃者側に奪われている。


『これは怒れる何十億人もの鉄槌である! 正義である! 六大多国籍企業ヘックスに与する帝国主義者たちに死を! 我々に勝利を! 勝利万歳!』


 デフォルメされたペンギンを映したモニターが激しく点滅し、あるものはてんかん発作の症状を引き起こされた。


「どうするよ。大井統合安全保障とやり合うわけにはいかないが、この先に行かないと空調システムに侵入できない」


「ここのコントラクターは情報不足だ。防毒マスクで毒ガスが防げると思っている。このまま放置すれば、俺たちまでくたばることになるな」


「はあ。最悪だ」


 東雲は深々と息を吐き、空調システムに繋がる隔壁をこじ開けようとしている大井統合安全保障のコントラクターたちを見た。


「非殺傷で無力化できないか?」


「試してみよう。できなかったら強行突破だ」


 呉の提案に東雲が頷き、“月光”を展開する。


「行くぞ」


 東雲は“月光”を高速回転させて、大井統合安全保障のコントラクターたちに迫る。大井統合安全保障のコントラクターたちは、東雲たちに気づき、銃口を向けてくる。


「テロリストか!」


「撃て、撃て!」


 自動小銃から機関銃まであらゆる火力が東雲に向けて叩き込まれるのを全て弾き、東雲はコントラクターたちの懐に飛び込む距離になった時に、“月光”の回転を停止させて、格納する。


 そして、拳でボディアーマーごとコントラクターの腹部を殴る。


「おらっ! 寝てろ!」


 衝撃を受けたコントラクターがぐったりと倒れた。


「サイバーサムライだ!」


「畜生!」


 東雲はまた“月光”を展開し、弾を弾きながらひとりずつコントラクターたちを無力化していく。


「ふう。とりあえず、これでいいか?」


「流石だな」


「おい。その刀でも峰打ちはできただろうが」


 東雲がじろりと呉を見る。


「悪い、悪い。いい戦いだったからついつい見学してしまった。だが、隔壁は任せろ」


 呉はそう言って大井統合安全保障のコントラクターたちがこじ開けようとしていた隔壁を前に“鮫斬り”を抜く。


「ふんっ」


 そして、すぱりと超高周波振動刀が隔壁の電子ロックを引き裂いた。


「はー。便利なものだな」


「だろう? だが、そっちだって戦車を撃破できたじゃないか」


「あれやると貧血になるんだ」


「意味が分からん」


 呉は怪訝そうな顔をしてそう言った。


「とにかく、これで先に進めるぞ。向こうでもどんぱちやっているみたいだが」


「ジェーン・ドウが事前に情報を流していてくれたらな。今からでも通知してくれないものだろうか」


「無理だな。ワイヤレスBCIの接続が切れている。電波的にも封鎖された。無線通信なら通じるかもしれないが、向こうもそれが分かっているから真っ先に接続を断っただろう。つまりここは陸の孤島だ」


「やれやれ。俺たちの仕事ビズってのは本当に最悪だぜ」


 東雲はそうぼやきながら呉を避けて先頭を進む。


 新東京アーコロジーの内部はリモートタレットが無差別にシステムの物理的奪還を目指そうとする大井統合安全保障のコントラクターたちを銃撃していた。


 エンジニアが死に、コントラクター傭兵が死に、民間人が死ぬ。


 当然ながらリモートタレットは東雲たちにも狙いを定めて来た。


「“月光”、叩き切れ」


 天井に設置されたリモートタレットが投射された“月光”の刃に切断されて完全に沈黙する。


「凄いものだな、その剣」


「だろう。俺の一番の相棒だ」


 そう言って東雲がにやりと笑うのも束の間、警備ボットが突入してくる。


「一体どうなってんだよ、ここの警備は!」


 東雲が銃弾を防ぎ、その隙に脇から呉が警備ボットに肉薄して車体ごと真っ二つに切断する。警備ボットは火花を散らし、沈黙した。


「畜生、畜生。血の消費が激しい」


 東雲は造血剤を三錠飲み下す。


「おい。大丈夫か?」


「ああ。まだいける。この調子で行こうぜ」


 呉の心配にそう返し、東雲は進む。


 警備ボット、リモートタレットが次々に行く手を遮り、そこら中に大井統合安全保障のコントラクターの死体が、民間人の死体が転がる中を進む。


 死体からは血は吸えない。“月光”は吸血鬼の王の剣だ。吸血鬼は死体から血を啜る屍食鬼グールとは違う。


 東雲は造血剤で必死に血を維持しながら、警備ボットを叩き切る。


「まだい行けるか?」


「ああ。この先、もっと不味いものがなければな」


 警備ボット程度の装甲ならば血はそこまで消費しない。


 だが、これより装甲の厚い代物が出てくると不味い。


「それがそうはいかなそうだぞ」


「畜生。アーマードスーツかよ」


 無人運用状態のアーマードスーツが隔壁の向こう側から前進してくる。


 数にして6体。2列になって前進してくる。


「行けるか?」


「やるしかねえだろ。行くぞ。ぶち壊す!」


 東雲は“月光”を投射する。


 東雲と魔力と血が注がれた“月光”の刃がアーマーとスーツを貫き、制御系を破壊して停止させる。だが、生き残ったアーマードスーツがグレネード弾を放つ。


「やらせん」


 放たれたグレネード弾を呉が“鮫斬り”で一閃した。グレネード弾は全て信管を破壊されて不発に終わり、地面に転がる。


「あんた、なかなかやるな?」


「まあな。だが、悠長にはしてられんぞ」


「分かってるさ!」


 東雲が重機関銃から放たれる12.7ミリ弾を“月光”で弾き飛ばし、それと同時に三本の“月光”を投射して、アーマードスーツを破壊する。


「やるぞ!」


「おうっ」


 東雲が“月光”で、呉が“鮫斬り”でアーマードスーツに襲い掛かる。


 どちらの刃もアーマードスーツの正面ならば口径40ミリの機関砲弾にも耐えられるはずの正面装甲を引き裂き、アーマードスーツが次々に撃破されて行く。


「また来たぞ」


「やってやる」


 お替わりのアーマードスーツが4体現れるが攻撃する暇も与えず東雲と呉はアーマードスーツを撃破した。


「クリアか……」


「クリアだ。酷い顔色だぞ」


「まあちょっとな」


 東雲は造血剤を五錠飲み下す。


「血を吸う呪いの剣か。ロマンだな」


「だろう?」


「ああ」


 東雲と呉は悪友のように共に笑った。


「さあ、次だ。そろそろシステムに辿り着くはずだが」


 そのとき死亡している大井統合安全保障のコントラクターの無線が鳴った。


『こちらオスカーチーム! 敵は女2名! ひとりはガトリングガンを装備、もうひとりは歩く弾薬庫だ! 繰り返す! 敵は女2名! クソ──』


 爆発音が響いて無線が途絶えた。


「やばいことになってるな」


「そのようだ。歩く弾薬庫ってどういうことだ?」


「俺が知るかよ」


 東雲はそう言って無線機に耳を澄ませたが、連絡が入る様子はなかった。


「空調システムに直に向かうか、制御センターに向かうか、だが」


「空調だ。こっちは中和剤を持っている」


「オーケー。それでいこう」


 呉はそう返し、東雲が再び先頭に立って進む。


「そっちのARに地図データを送る。途中で俺がくたばったらなんとかやり遂げてくれ」


「縁起でもないこというなよ。そういうこというと言霊に呪われるんだぜ……」


「悪い。だが、万が一だ。俺も中枢神経系を食い殺されて死にたくはない」


「了解」


 東雲は呉から新東京アーコロジーのマップを受け取り進む。


 空調システムはやはり上層だ。


 非常階段まで辿り着き、東雲が扉を蹴り開け、警備用のリモートタレットを“月光”を投射して沈黙させる。


 それからはひたすら階段を上り続ける。


「待て」


「なんだ?」


「ワイヤートラップだ。手榴弾でドカンってところだな」


 呉はそう言ってピンにワイヤーが取り付けられた手榴弾を解体して放り捨てる。


「弾薬庫ってまさかこういうことか?」


「ああ。そうかもしれん。この手の罠は俺の方が詳しい。先に進むぞ」


「頼む」


 東雲は後方に回り、呉が先頭に立つ。


 非常階段はトラップだらけだった。


 一昔前のドイツ製対人地雷だったり、スウェーデン製の指向性爆薬だったりと、トラップのオンパレードである。


 呉は慎重にそれをひとつずつ無力化しながら階段を上った。


「不味いな」


「どうした?」


「監視カメラと爆薬。リモート起爆式だ。向こうはシステムをハックしている。このまま進むとドカン、だ」


「クソッタレ」


 東雲はそう言って“月光”を構えた。


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