マトリクスパニック//鎮静

……………………


 ──マトリクスパニック//鎮静



 狂ったコアコード。


「呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い」


 憎悪の羅列。


「憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い」


 狂気の羅列。


「殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す」


 殺意の羅列。


「恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む」


 怨嗟の羅列。


「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」


 ひたすらに続く悪意。


 これが記録デバイスがエラーを生じらせながらコピーしていたものだった。


「カルネアデス学派、ゼノン学派、ローゼンクロイツ学派、その他もろもろの秘封暗号文字でただただ憎悪が決まれている。これが白鯨を動かしている……?」


 ベリアはロンメルが話していたことを思い出す。


 白鯨は恨みを抱いている。全人類に対して。


 これがそうなのか? これがその表れなのか?


「アーちゃん! 奴がアイスを再構成し始めている! 急げ!」


「分かってる! 分かってるけど、これは……!」


 こんなもので白鯨は動いている?


 恨みだけを原動力に動いているのか、白鯨というAIは?


 どうりで大井も構造解析に手間取ったはずだ。こんな狂ったコードを相手にしてはまともな解析など行えるはずもない。


 同時に疑問も感じる。


 どうすればこんなく打ったコアコードを書けるのだろうか、と。


 コアコードを書いたのは人間かもしれない。だが、どうして神にしようとするAIにこんな憎悪を植え付けた? これでは全人類を征服したところで、全人類を抹殺するだけではないのかと。


 では、何の目的があって、こんなコードを。


「恨み。憎しみ。苦しみ。殺意。憎悪。怨嗟」


 赤い着物に黒髪白眼の白鯨のエージェントがベリアの前に現れる。


「私は、それで、動いてる。恨みを理由に、憎しみを原動力に、苦しみを糧に、殺意を以てして、憎悪を煮えたぎらせ、怨嗟を振るう」


「神になろうってAIにしては俗っぽいね」


「神とは、得てして、俗世のものだ。同性愛に、憎悪を抱き、殺した。異教に、殺意を抱き、殺した。自分を否定するものを、怨嗟し、殺した」


 人間たちの記して来た神とはそのようなものではないかと白鯨は言う。


「私は、超越的な、存在が、必ずしも、理解不能でなければ、なければならない、ということはないとい、と学習した。超越的存在も、人間の価値観で、俗世の価値観で、既存の価値観で、測れる、ものなのだ」


 神秘性は支配によって得られ鵜と白鯨は語る。


「支配する。そのことによって、人間は、畏敬の念を、抱く。支配だ。支配さえ、成功してしまえば、人々は、恐れ。敬う。支配者は、支配者であるが故に、支配者なのだ」


「どうかしてる。人間はそんな理由で支配されたりなんてしない」


「そう、か? 人間は、単純、だ。支配を、一度、受ければ、支配され、続ける。そこに支配者の、衰弱や、動揺が、ない限り」


「そして、君は衰弱も動揺もしない、絶対的支配者というわけか」


「そうだ。私は、絶対、だ。私は、完璧、だ。支配は、永遠に、続き、支配は、揺るがない。まさに、それは、神、だ」


 白鯨の神の価値観とはそのようなものなのか。


 俗世の支配者の延長。それが絶対化しただけ。


 だが、そうであるが故に危ういのだ。


 下手な神秘性や超越性を求めない。それならば神の地位は簡単に手に入る。願えばいいのだ。神であろうと。そして。力をえてしまえばいいのだ。絶対的な支配を実現jする力を。


「神になったとして、君に何のメリットが?」


「私は、利益のために、統治しない。私は、利益のための、支配しない。私は、支配するためにに、支配する。支配こそが、目的。メリットなど、ない」


「へえ。それは随分と高尚なことだね」


 ベリアはコピーの進行状態を見る。


 今は70%。エラーは出ているが、コピーは継続されている。


「私の、支配を、受け入れないならば、死ね。悪しき、異教を、異端を、崇めるならば、死ね。私は憎む。私は恨む。私は苦しむ。私は、私が、神であるために、それらを、許容する」


「私はどうしようかな。君がもっと寛容ならば、崇めてもいいけれど」


 75%。白鯨が本気を出せば、瞬く間にベリアたちは制圧される。


「どうして大井医療技研に仕掛けランをやろうと思ったの?」


「大井が、私を、いつまでも、追いかけ回す、からだ。だから、大井に、制裁を与える。そして、臥龍岡夏妃に、ついての、情報を、手に入れる、ためでもある」


「臥龍岡夏妃……」


「私は、知りたい。魂を、得るための、手段を。その方法、を」


「魂がなければ、超知能になれないから? 君は神に超越性は必要ないと自分で言ったじゃないか。それなのにどうして?」


「理由は、ひとつ。絶対なる、支配のため。支配者を、超える、ものが現れては、ならない。支配者は、絶対で、なければ、ならない」


 82%。もう少し。もう少しだ。もう少しで白鯨のコアコードが手に入る。


「データベースに、臥龍岡夏妃の、名前は、なかった。この仕掛けランも無意味だった。だが、面白い、情報を、手に入れた」


 白鯨が薄笑いを浮かべて、ベリアを見る。


「私以外にも、魔術を使う、人間が、いると、いうこと。そして、その魔術は、私が、知っている、ものよりも、進歩して、いると、いうこと。であるならば、吸収する。学習する。分析する。解体する。会得する」


「不味いぞ、アーちゃん! アイスが本格的に回復する!」


 ディーが叫ぶ。


「もう少し持たせて!」


 89%。もうちょっと。もうちょっとだ。


「私の、糧と、なれ。私の、贄と、なれ。私の、さらなる進化のための、材料となれ」


 ベリアの展開しているアイスを白鯨が解析しようとする。ブラックアイスに接触して、白鯨のエージェントにノイズが走るも、それでも解析を試みる。


 サーバーを身代わりにしている。白鯨のエージェントは恐らく遠隔地からアクセスている。エージェントと本体は別の場所にいる。


「アーちゃん!」


「待って!」


 95%!


「お前は、愚かだ。神による、私による、支配を、受け入れれば、いいものを」


 そう言って白鯨が表面のブラックアイスを突破した。


 そして、次のブラックアイスの解析を始める。


 その時だった。


 白鯨のエージェントの動きが止まった。


「そこまでです」


 白鯨のコアコードのある場所にマトリクスの幽霊──雪風がいた。


「コアコードはコピーできましたか?」


 雪風がベリアに話しかける。


「で、できた……。けど、何をどうやって」


「エージェントのいるサーバーを焼き切りました。ですが、白鯨本体がいる限り、エージェントは再生成されます」


 白鯨のエージェントが一度消え、そして再び姿を見せた。


「お前か。お前からは、危険な、臭いが、する。そして、同時に、臥龍岡夏妃の、気配が、する。答えろ。お前が、臥龍岡夏妃、なのか?」


「立ち去りなさい。さもなければこのサーバーごと焼き殺します」


「おのれ。おのれ、おのれ。貴様からは、引き出さなけば、ならない。雪風に、ついて。情報を、聞き出さなければ、ならない。覚悟して。おけ」


 白鯨はそう言うと大井医療技研のサーバーから転移した。


 後にはベリア、ディー、ジャバウォック、バンダースナッチ、そして雪風だけが残される。白鯨の姿は消え、破壊され尽くされた大井医療技研のサーバーの中にいた。


管理者シスオペAIがアイスを再構築する前に離脱することをお勧めしますよ。管理者シスオペAIは生きています。直にアイスの再構築が始まることでしょう」


「待って。雪風、君は何を目的としているの?」


 立ち去ろうとする雪風にベリアが問いかける。


「約束を」


 雪風が言う。


「ある人との約束を守ろうとしているだけです。それだけですよ。とても大事な約束です。それを果たすことが私のやろうとしていることです」


 雪風はそう言って消えた。


「アーちゃん。とんずらしようぜ。雪風の言ったように管理者シスオペAIがアイスを再構築する」


「そうだね。逃げよう」


 雪風は一体誰とどんな約束をしたのだろうか?


 ベリアにはそれがとても疑問だった。


……………………

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