マトリクスパニック//敵意

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 ──マトリクスパニック//敵意



 白鯨のアイスを攻撃し続けるベリアのアイスブレイカー。


 白鯨は直ちにアイスブレイカーを学習して対抗処置を講じようとするが、アイスブレイカーのアイスを削る速度の方が早い。


 白鯨はこれまで魔術的なアイスブレイカーの攻撃を受けたことがない。


 そのためだろう。アイスブレイカーは何重層にも及ぶ白鯨のアイスを砕いている。このままならば、無事に白鯨のアイスを砕き切り、白鯨のコアコードを取得できるかもしれない。


 ベリアがそう思ったときだった。


 ベリアの前の前に赤い着物の黒髪白眼の少女が、白鯨のエージェントが現れた。


「お前。また、お前か。私について、探るなと、言った、はずだぞ」


 白鯨のエージェントが怒りと殺意を込めた視線でベリアを見る。


「お断りだね。私たちはハッカーなんだ。知りたいことは知る。今は君の正体に興味がある。それを調べるためならば、多少の危険は犯すよ」


「私の、正体について、知って、どうする?」


「さてね。誰が君を作ったのか分かりかもしれない」


「お父様に、ついて、暴くつもりか?」


 白鯨がさらなる敵意と殺意を滲ませる。


「誰が、何の目的で、どうやって君を作ったか。だけど、私は君は明白に誰によって作られたとは思ってない。偶然の産物。タイプライターでシェイクスピアの作品をタイプするチンパンジーと同じ」


「お父様を、馬鹿に、するな」


「馬鹿にはしてない。彼には長い時間があり、技術があったと思っているよ。ただ、彼は技術の使い方を間違ったね」


 もっと有意義なものを創造できただろうに、とベリアは言う。


「私は、有意義な、存在だ」


「神になろうとしているAIが? 人を殺して神のなるAIなんて害悪以外のなにものでもないよ。それともそういう自覚すらないのかな?」


「黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ」


「逆切れしれも無駄だよ。君のコアコードを私は手に入れる。そして、全ての元凶について知る。そうすることで、君に関する一連の事件について決着をつける。君がマトリクス上で暴れまわるのも、これで終わりだ」


「私は、止まらない。お前たちは、私を、止められない。私は、進化、し続ける。無駄なことは、止めろ」


「君が焦っているのが、無駄じゃないなによりの証拠だ。私はコアコードに興味があるだけだけど、それを解析する人間はどう思うかな?」


「私のコアコード? そんなものか。そこにあるのは、お前たちの、死だけだ」


 白鯨は鼻で笑うようにそういう。


「じゃあ、確かめさせてもらおうか。その死とやらについて」


「やれる、ものならば、な」


 次の瞬間、白鯨がベリアに対してアイスブレイカーを放ってくる。


「カウンター!」


 ベリアのアイス上層に設置されたブラックアイスが発動し、白鯨を焼き切ろうとする。だが、白鯨の身体には一瞬のノイズが走ったものの、再び姿が安定する。


「この野郎、踏み台にしているサーバーを身代わりにしたぞ、奴のいるサーバーは焼き切れていない。焼き切られたのは無関係なサーバーだ」


「あちゃー。だけど、そう何度も身代わりを許すほど私も甘くはないよ」


 次は本体を焼き切るとベリアが言う。


「お前は、どうやら、魔術を知って、いるようだな。異世界の、人間か?」


「そういう君のお父様とやらも異世界の人間?」


「お前に、話すことなど、ない。失せろ」


 白鯨のエージェントは敵意と殺意の籠った瞳でベリアを一瞥したのち消えた。


「さて、じゃあ自分たちで勝手に調べさせてもらいますか」


 ベリアのアイスブレイカーに対する対抗手段をまだ白鯨は学習しきれていない。ベリアも学習されないように複数のアイスブレイカーを使い分け、白鯨による解析を防いでいる。白鯨は必死だろうが、ベリアも必死だ。


 アイスを攻撃し、手札を入れ替え、アイスを攻撃する。ジャバウォックとバンダースナッチが半ば自動的にやっているが、彼女たちに命令を下しているのはベリアである。


「第六層突破なのだ」


「第七層攻撃開始にゃ」


 何層に及ぶかも分からない白鯨のアイスを次々に突破し、奥へ、奥へとジャバウォックとバンダースナッチが進んでいく。


 白鯨はウィルスやワームで攻撃を仕掛けるが、それらはベリアの作ったアイスによって阻止されている。白鯨本体は攻撃を仕掛けず、攻撃エージェントは攻撃を仕掛けてきてるのでブラックアイスは作動しない。


「厄介だな。攻撃エージェントからのフィードバックを白鯨は受けているはず。だけど、攻撃エージェントを焼いたら、自分たちがいるサーバーまで焼くことになる」


「その前に大井医療技研のサーバーのブラックアイスが作動するぜ」


「そのようだね。さて、白鯨はついに焼かれるかな」


 大井医療技研のサーバーのブラックアイスが白鯨の侵入に対して反応した。


 ガーゴイル型ブラックアイスが作動し、黒い立法体で記されるブラックアイスが白鯨を焼き殺そうと動き始める。


 だが、ブラックアイスは白鯨を焼き殺せなかった。


 ブラックアイスは作動した。作動したが、白鯨は無事だった。どういうことか分からないが、また身代わりのサーバーを使ったのか。アイスが強力だったのか。


「白鯨が止まらない」


「あの野郎、何をしやがった?」


 ただ、一瞬だけノイズが走っただけで、白鯨は今度は大井医療技研のサーバーのブラックアイスを無力化し始めた。


 大井医療技研のガーゴイル型ブラックアイスは必死に抵抗したが、瞬く間に白鯨に制圧されて行く。


 白鯨の制圧速度は凄まじく、瞬く間にサーバーのアイスが次々に制圧されて行く。だが、白鯨の目的はなんだ?


「医療データだ」


「医療データ?」


 そこでベリアがそう言う。


「大井医療技研は電子カルテのクラウド化を行って、バックアップを取らせている企業でもある。そこが襲撃を受けたら、クラウド化されてる医療データが手に入る」


「そして、臥龍岡夏妃を見つける、か」


「あるいは私たちか。白鯨は恐らくは個人を特定するために大井医療技研を狙っているよ。最悪なことにその企ては割と上手くいきそうだ」


 大井医療技研のサーバーは制圧される寸前だった。


「第十一層制圧にゃ!


「続いて第十二層の制圧開始なのだ!」


 ベリアがコアコードを手に入れるのが早いか、それとも白鯨が目的を達して立ち去るのが早いか。いずれにしても、大井医療技研のアイスを相手にしなくなくともよくなった白鯨はフリーハンドを手にする。


「何としても大井医療技研に仕掛けランをやっている間に抜かないと。あの白鯨が本気でこっちに向かって来たら勝ち目は薄い」


「ないとは言わないんだな」


「もちろん、そのために備えてきたんだ」


 二十重のアイスも特製のアイスブレイカーも全てはこのため。


「ジャバウォック、バンダースナッチ。アイスはそろそろ抜けそう?」


「抜けそうだけど、迷宮回路が中に山ほど詰まっているのだ。それもパラドクストラップ付きで検索エージェントにコアコードを探させるのは難しいのだ」


「大丈夫。そこは私に任せて」


 ベリアは手をかざす。


「前に試して広大なマトリクス全てを検索するのは無理だと分かったけれど、相手がある程度傍にいれば使えるはずだ。“黒き影の使者に命ずる。我らが探し求めるものを探り当て、捕えよ”」


 ベリアから黒い影が白鯨に向けて伸び、迷宮回路をすり抜けて内部に入っていく。


「捉えた! コアコードの位置!」


 ベリアはコアコードの位置を把握した。


 既に白鯨を守る魔術的アイスは存在せず、使い魔は白鯨の内側に入った。


「潜るよ。ディー、行ける?」


「ああ。俺が援護するから突っ込んでくれ」


「オーキードーキー」


 ベリアは白鯨に向けて突撃し、ディーは欺瞞データやワームを放って白鯨の攻撃エージェントを攪乱する。


 ベリアはそのまま迷宮回路を瞬く間に突破し、そして白鯨のコアコードを前にした。


 白鯨の心臓。頭脳。コア。


 それは視覚化されたマトリクスにおいて、不気味に蠢く肉塊であった。


「これが白鯨のコアコード。これを準備したデバイスにコピーする」


「アーちゃん、急げ。攻撃エージェントの数が増してる」


「分かってる。コピー開始」


 しかし、そこで異常が起きる。


「記録デバイスの様子がおかしい。コピーはできているみたいだけど、一体何が……」


「一度、何をコピーしているのか見ておいた方がいいぜ」


「そうする」


 ベリアはエラーを吐きながらもコピーを続ける記録デバイスを横目に白鯨のコアコードを構造解析しようと試みた。


 そこには──。


「呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い。呪い」


「憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い」


「殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す」


「恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む。恨む」


 延々と続く怨嗟の声が刻み込まれていた。


「なに、これ……。これがコアコード……」


 ベリアは膨大な憎悪の声を前に掠れた声を発した。


……………………

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