マトリクスパニック//BAR.三毛猫

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 ──マトリクスパニック//BAR.三毛猫



 ジェーン・ドウから依頼を受けたベリアは早速情報収集に向かった。


 電子掲示板BBSは天の星の数ほどあれど、完全会員制でアイスがしっかりとしており、そして信頼性の高い情報が集まるのは、やはりBAR.三毛猫だ。


 ベリアとディーが大井データ&コミュケーションシステムズに仕掛けランをやっていた時に情勢は動いたらしく、いくつものトピックが新しく立てられている。


 “トート・エアロスペース社サーバー襲撃事件”や“大井ファイナンシャル社ハッキング事件”や“アロー・ダイナミクス・ランドディフェンス社クラッキング事件”と六大多国籍企業ヘックスが無差別に攻撃されてるのが分かる。


 だが、ディーの姿はまだ見えない。彼はベリアとともに脳を焼き切られる疑似体験をしたのだからしょうがないと言えば、しょうがないのだが。


「一番盛り上がっているのは“白鯨事件総合”か」


 実にシンプルなトピックだが、まさにそれこそがこれらの事件の根底にあった。


 一連の事件の犯人は白鯨だ。


 これだけ短時間に複数の六大多国籍企業相手に仕掛けランをやってのけた。相変わらず狂った性能のAIだとベリアは思う。


 そう思いながらベリアは白鯨事件総合のトピックに出席する。


「僅か3時間で六大多国籍企業傘下の6つの企業が攻撃を受けた。どれもアイスは軍用レベル。それを白鯨はいとも簡単に抜き、荒らしまわった」


「技術は凄いが、本当に“荒らしまわった”だけだ。以前のAI研究者襲撃事件のような目的がねえ」


 いつものメガネウサギのアバターが見えないのにベリアはログを見るが誰も触れていない。まあ、電子掲示板にいつも入り浸っているわけでもないかとベリアは思った。


「何かしらの報復か?」


「何の報復だよ」


「分からねえ。ただ、攻撃するからには理由があるだろ?」


「六大多国籍企業相手に仕掛けランをやったんだ。そりゃ理由はあるだろうな」


 議題はどうして白鯨がマトリクスで暴れまわり、パニックを引き起こしたかだった。


「例のマトリクスに流れて来た白鯨のデータの断片、覚えてる?」


 そこでベリアが発言する。


「ああ。覚えている。マトリクスで拾ったものらしい」


 三頭身の少女のアバターが言う。


「あれを掴んだのは恐らくは大井。大井は白鯨を構造解析しようとしていた。そして、それに失敗した。大井のAI研究者が殺された事件は知ってるよね?」


「まさかその時に白鯨が逃げた、と?」


 アニメキャラのアバターが尋ねる。


「可能性としては。アンドロイド大暴走事件で大井統合安全保障のメインフレームを見てたけど、大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームの動きには違和感があった」


 このことを話すのはジェーン・ドウの怒りを買うギリギリだとベリアは思う。


「何故は彼らは迎撃しようとするより誘い込もうとしていた。そうなるとクイズです。考えられるのは?」


「フルスキャントラップ」


「そう、彼らは白鯨のフルスキャンデータを一時は手にし、そしてまた逃げられてしまったということ」


 三頭身の少女のアバターが答えるのにベリアが頷く。


「つまり、大井データ&コミュケーションシステムズに仕掛けランをやれば、もっと詳しい白鯨の情報が手に入るってことなのか?」


「それは分からない。それはマトリクスに白鯨の航続解析データを流した人間に聞かないことには」


 アラブ系のアバターが尋ねるとベリアがそう誤魔化す。


 まさか自分たちがまさに白鯨の正体を探ろうとしていたAI研究者の疑似体験をしてきたとあ言えないのだ。


「大井データ&コミュケーションシステムズは仮にも六大多国籍企業だ。そいつに仕掛けランをやった人間となれば相当な腕前だろうな」


「得てしてそういう人間に限って自己主張しないものだ」


 特別な秘密を共有しつつも、自分の正体は秘密にして神秘性を出すと三頭身の少女のアバターが言った。


「で、その構造解析された報復に大井を攻撃するなら意味も分かるが、どうして他の企業まで? おかしくはないか?」


「他の六大多国籍企業も大井と同じことをしようとした可能性。アトランティスとアローには少なくとも白鯨に対する危機感がある」


「アローが?」


 アニメキャラのアバターが首を傾げる。


「例のアンドロイド大暴走事件──またこれだけど、その時国連チューリング条約執行機関が下請けに雇っていた民間軍事会社PMSCの戦闘用アンドロイドがハックされている。恐らくはアローから」


「アローも被害者側か……」


 被害者側の六大多国籍企業ならそれは白鯨を脅威に見るだろうなと三頭身の少女のアバターが言った。


「他にも分かってないだけで、攻撃を受けた六大多国籍企業は何かしらの形で白鯨の攻撃を以前に受け、そのことで白鯨を脅威して構造解析を試みたのかもしれない」


「私もその意見に賛成だ」


 ここでメガネウサギのアバターがログインしてきた。


「国連チューリング条約執行機関が襲撃され、連中の本部のデータベースが滅茶苦茶に破壊された。それで流れて来た情報がある。攻撃を受けた企業は全て何かしらの形で白鯨に関わっている」


 メガネウサギのアバターはどうやら火事場泥棒をしてきたようである。


「トートはドイツのAI研究に出費していて、そのAI研究者を殺害された。アトランティスとアローはアスタロト=バアルの言う通りだ。大井については言うまでもない」


 六大多国籍企業のうち攻撃を受けたのはこの4社だとメガネウサギのアバターが言う。


「HOWTechとメティスが無関係、か」


「ナノマシン産業が白鯨にやられたら大惨事だぜ。ハートショックデバイスが実現しちまう」


「ハートショックデバイスなんて都市伝説だろ」


 HOWTechとメティスはともに医療用ナノマシンのシェアを分割してる。


 どちらかと言えば医療用ナノマシンはメティスの方が上だが。メティスは世界最大の人工食糧生産企業メティス・バイオテクノロジーを中心にした生物医療系企業だ。


 HOWTechはどちらかと言えば産業用ナノマシンの方でシェアを握っている。


「けど、AI研究ならHOWTechもメティスもやってたはずだよな? 連中は襲われなかったのか? 白鯨はどうしてこの2社を避けて通った?」


「理由は不明だ。それに今回は富士先端技術研究所も襲われていない。あそこにも攻撃を脅威と見做す姿勢はあったにもかかわらず、だ」


 どうも白鯨の構造解析を狙った企業だけを襲撃したようだとメガネウサギのアバターは語った。


「もうひとつの可能性」


 そこで三頭身の少女のアバターが語り始める。


「白鯨は自己学習するAIだ。他人の使ったアイスブレイカーやアイスを学習する。そして、模倣して、改造する。あの訳の分からないプログラミング言語で。これは学習だとは考えられないか?」


 その可能性があったかとベリアは思う。


 白鯨は演習をしていたのだ。六大多国籍企業相手にサイバー戦の演習を。そして、その口実を隠すために別の口実を準備した。


「その線もあり得るな。学習のために攻撃する。アイスブレイカーの威力を確かめ、かつ六大多国籍企業のアイスを学習する。よして、より高度なアイスブレイカーとアイスを準備する」


技術的特異点シンギュラリティだ。こいつは技術的特異点シンギュラリティを巻き起こすぜ。優れたAIが優れたAIにアップデートされていく。その先にあるのは超知能だろう?」


 アラブ系のアバターが列席者を見渡す。


技術的特異点シンギュラリティが起きるのか? こんな最悪の形で? 相手は人間様に感謝しているAIじゃない。無差別に攻撃し、AI研究者を殺し、暴れまわってるイカれたAIだぞ」


「だが、可能性としては否定できないだろう。このまま自己学習が続けば、AIは進化し続ける。進化し続けるAIこそ技術的特異点シンギュラリティの要だろう」


 メガネウサギのアバターが渋い声で言うのにアラブ系のアバターがそう返す。


技術的特異点シンギュラリティは何もAIのソフト面の進化だけで迎えられるものじゃない。ハードの進化も必要だ」


「ハードなら大幅に進化しただろう。それこそ技術的特異点シンギュラリティの源である収穫加速の法則並みに」


「収穫加速の法則が本当だったら今頃はもっと優れたコンピューターができている。ちゃんと呼んだことがあるのか、技術的特異点シンギュラリティについての本なり論文なりを」


 アラブ系のアバターとメガネウサギのアバターで喧嘩腰になり始めた。


 議論が白熱するとよくこういうことは起きる。


「落ち着け。まだ技術的特異点シンギュラリティだと決めつけるのは早い。そしてここは白鯨が超知能に至るかを議論するトピックじゃない。白鯨による被害を分析するトピックだ」


 三頭身の少女のアバターがそう言って場を鎮める。


「悪い。熱くなり過ぎた。どうも俺は技術的特異点シンギュラリティってう奴に取り付かれているみたいでね。早くその日が来ないかと昔はワクワクしてたんだ」


「みんなそうさ。チューリング条約が締結されたときは心底落胆した」


 だが、白鯨による技術的特異点シンギュラリティは最悪の結果だとメガネウサギのアバターは言う。


「さて、話題を戻すぞ。白鯨の目的が自己学習だとして、どうしてHOWTechとメティスは襲撃されなかったのか」


「それは口実を隠すためかもしれないね。自己学習をしていると知られたくはない。あくまで六大多国籍企業の攻撃に対する報復と見せたかった」


 あるいはとベリアが言う。


「どちらかの企業が白鯨を作った張本人である」


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