保護//ホムンクルス
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──保護//ホムンクルス
逃げた白鯨。いなくなった雪風。
「ジェーン・ドウから連絡は?」
『ない。そっちは動けるの?』
「三浦が落ちてる。何かの電子ドラッグを使ったみたいだ。動きやしない」
呼吸はしているからいいがと東雲は言う。
『じゃあ、暫く待つしかないね。それから三浦は自律AIを頭の中に収めているよ。それもマトリクスに接続させていた。完全なチューリング条約違反。雇い主は分からないけれど、ジェーン・ドウが隠したがるはずだよ』
ついでに言えば国連チューリング条約執行機関も動いているとベリアが言う。
「国連チューリング条約執行機関は何をしてるんだ? 白鯨をまた追いかけてるのか? この前、大失敗に終わったんじゃなかったか……」
『そう。国連チューリング条約執行機関は大失敗した。その失敗は衆人環視の中だった。よりによって、ね。このままだと国連チューリング条約執行機関はハッカーどもに舐められるし、何より
いよいよ以てチューリング条約の神秘性も失われるとベリアが言う。
「そこでひとつ白星を上げようってわけか」
『そういうこと。彼らは何でもいいから成果が欲しい。そして、不味いことに彼らは気づき始めている。今回のTMCセクター11/8から12/3に及ぶアンドロイド暴走事件も、AI研究者殺人事件絡みじゃないかって、ね』
「おい。まさか」
『そのまさかだよ。国連チューリング条約執行機関は君たちを探してる。国連チューリング条約執行機関のドローンがあちこちを飛び回っては大井統合安全保障と揉めてる』
国連チューリング条約執行機関の電磁パルスガン付きドローンが飛び回っては、大井統合安全保障のドローンにわざとぶつけられているとベリアが言う。
「おいおい。勘弁してくれよ。ジェーン・ドウからは連絡なし。外には国連チューリング条約執行機関のドローン。マトリクスには白鯨。どうしろってんだ。ふざけんな」
流石に東雲にも絶望的な状況であることは簡単に分かった。
マトリクスにいる白鯨はいつでもアンドロイドを暴走させて、東雲たちを襲うことができる。国連チューリング条約執行機関はドローンを
三浦の保護期間がいつまでかはジェーン・ドウからの連絡がなければ分からない。その肝心のジェーン・ドウからの連絡はなし。
お手上げである。
『安心しなよ。ちゃんと私が脱出ルートを──』
そこで東雲のARにノイズが走ったかと思うと目の前に雪風がいた。
「ベリア。俺の目の前に雪風がいる」
『こっちもだよ!? プライベート空間だよ、ここ! ジャバウォックとバンダースナッチが守っているし、
ベリアが詰問するように雪風に尋ねる。
「失礼いたしました。ですが、このような形でなければおふたりに静かにお会いすることはできなかったかと存じます」
『どうやったかって聞いてるの! ジャバウォックとバンダースナッチはどうしたの!? それから
『ジャバウォックさんとバンダースナッチさんは素通りさせていただきました。
そして、マトリクス上では人はどのような形にもなれ、その細かなコードの隙間を潜り抜けることは不可能ではないと雪風は語る。
『本当にすり抜けてたんだ。けど、2体の警護AIは騙せないでしょう』
「いいえ。どんなものにも抜け道というものは存在するのです。AI──あのチューリング条約違反の自律AIにしても、人間の監視の目にしても、抜け道は常にある」
この世界に完璧なものなど局地的にしか存在しないのですと雪風は語った。
『ぐぬぬ。凄い負けた気分!』
「負けたようなもんだろ。俺と三浦は少なくとも雪風がいなかったらくたばってる」
東雲は礼を言うように再びサムズアップし、雪風は丁寧にお辞儀をした。
「そこで質問なのですが、ジャバウォックさんとバンダースナッチさんはどのようにして作成されましたか? あの2体のAIは限定AIではなく、自律AIだと認識しております。どのようにして自律AIを作成されましたか?」
『教えない』
ベリアは腹を立てているのか、拗ねているのか子供っぽい対応を取った。
「では」
雪風がリンと鈴を鳴らす。
『ご主人様。お呼びなのだ?』
『ご主人様。何の用かにゃ?』
2体の騒々しいAIが現れた。
『来ちゃダメ──』
「やはり似ていますね。あの白鯨と」
『え……?』
場を沈黙が支配した。
東雲は訳が分からず沈黙し、ベリアはどういうことか理解するまで時間がかかり、雪風は全員が理解するまで沈黙し、三浦は電子ドラッグの副作用でダウンしていた。
「どういうことなんだ?」
「似たような感じがするのです。白鯨と呼称される自律AIとこの2体のAIは」
「似た感じってどんな感じだよ……」
「既存のプログラミング言語を作って書かれていない。あるいはプログラミング言語は使っているが、使い方が酷く変則的で、ほぼオリジナルの言語になってしまっている」
「それは」
それはそうだ。ベリアはジャバウォックとバンダースナッチを、ホムンクルスの精神性を付与する要領で、つまりは異世界の技術で、錬金術で、生み出したのである。
既存のプログラミング言語で解析できるはずがない。
だが、白鯨と似ているというはどういうことだ?
『君は白鯨を構造解析したとでもいいたげだね』
「部分的にですが、構造解析に成功しています。もっとも、今の白鯨は急速なスピードで進化していっているので、このデータはもう既に陳腐なものですが」
『見せてくれる?』
「あなたの2体のAIのどちらかを構造解析してよければ」
『分かった。ジャバウォック、この人に調べられて』
ベリアが降参というように両手を上げた。
『や、優しくしてほしいのだ……』
「ふむ。やはり未知の言語。意識を示すコードはどこに……」
雪風はジャバウォックをじっと見つめ続ける。
「コードしたあなたは何がどうなっているのか分かっているのですか?」
『よく分かってない。けど、外付けで色々つけた部分については分かるよ。
「まるで白鯨が他者から
『私の可愛いAIはあんな殺人鬼じゃない!』
ベリアは明確に腹を立てていた。
「ええ。凶器に包丁が使われたからといって、包丁が悪ではありません。AIもまた同じ。用途次第で善悪は異なってくるのです」
『ほら、白鯨の構造解析データは?』
「これです」
ベリアが雪風が構造解析に成功した白鯨の一部を見る。
『これは……。カルネアデス学派の魔法陣だ。それがプログラムのコードになっている。それからゼノン学派の秘封暗号文字。ローゼンクロイツ学派の高速詠唱をプログラミングにしたものまで』
「おい。完全に向こうの技術だぞ、それ。どういうことだ?」
『分からない。分からないよ! 私が作ったのはこの2体のAIだけ! 他には作っていないし、技術も漏らしていない! それに私のはカルネアデス学派の暗号になっているけれど、これは』
ベリアが口を押える。
『気持ちの悪さの原因が分かった。この白鯨は複数のホムンクルスのキメラだ。バラバラ死体を無理やり組み上げて、クジラの姿にしている。ナメクジだと思っていたものは内臓だ。ホムンクルスの内臓だ』
病気だとベリアが言う。
「それが事実なら犯人はサイコパスか何かだな。バラバラ死体の寄せ集めに、死体を作らせているんだからな。相当イカれてやがる」
『本当に病気。ホムンクルスの精神をここまでずたずたにして組み合わせるなんて、病気以外の何ものでもない。どうやら白鯨は白鯨だけじゃなく、白鯨の製作者も気持ち悪い存在だ』
ベリアはそう言って、じっくりとマトリクス上に展開された白鯨の構造分析データを見つめ続けた。東雲にも見覚えのある魔法陣が見えた。
「あなた方はどこでそのような知識を?」
「異世界だよ、命の恩人さん。冗談で言ってるんじゃない。本気で言っている。俺は38年前の2012年に異世界に召喚されて、それからこの世界に、地球に戻って来た」
「……疑いは無意味でしょう。私にはまるで分からなかった白鯨の構造解析データに意味を見出した。そして、あなた方自身も白鯨と同じ技術を使ったAIを所有しておられるのですから」
そこでがさりと何がか動く音がした。
東雲がその方向を向くと、三浦が起き上がっていた。
「おい。そこにいるのマトリクスの幽霊じゃないか……」
「ああ。そうだよ。ARデバイス、持ってたのかよ」
「マトリクスの幽霊。あんたは臥龍岡夏妃なんだろうっ!?」
三浦がそう叫ぶように尋ねる。
『臥龍岡夏妃を知ってる……』
「おい。お前は臥龍岡夏妃とどんな関係だったんだ?」
東雲が三浦を問い詰める。
「俺たちの教祖さ。あの人は天才だった。天才過ぎたんだ。あの人にはこの時代は合わなかった。生まれるのがあまりにも早すぎたんだ」
そう言って三浦は畏敬の眼差しで雪風を見つめていた。
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