流れない赤い血

……………………


 ──流れない赤い血



 TMCサイバー・ワンを占拠している9体の暴走アンドロイドのうち4体が向かってきた。


 TMCサイバー・ワン内の緊急隔離システムが作動し、隔壁が下りる。


 本来は対テロ目的のそれがテロリストたちの目的のために使われていた。


「この程度のもので俺の行く手を阻もうなど」


 “月光”に魔力と血を注ぎ、八本の刃が隔壁を切り裂き、突破口を作る。


 だが、それと同時に銃弾が降りかかった。


 館内を警備する警備ドローンの銃撃だ。小口径ガトリングガンが東雲を捉えて銃撃を加えてくるのに東雲は隔壁を盾にして防御の姿勢に入った。


「ベリア。警備ドローンが野放しだぞ。まだ制圧できないのか?」


『現在、制圧中。ここのシステムややこしくてさ』


 ベリアはTMCサイバー・ワンの管理AI“スクナビコナ”を制圧途中だった。だが、TMC最大のデータハブのAIはそう脆いものではなく、複雑に絡み合ったアイスとシステムの複雑性がベリアを悩ませていた。


 ベリアはアイスブレイカーを使ってAIの本体にアクセスしようとするが、AIのアイスというのは得てして固いものだ。


「よう。手間取ってるみたいだな」


「ディー。手伝ってくれるの?」


「ああ。丁度試したいものもあったしな」


 そう言ってディーはアイスブレイカーを展開する。


「国連チューリング条約執行機関から帰り際にささっといただいて来た代物だ。AIのアイス相手に絶対に穴を開けられる国連チューリング条約執行機関お手製のAIキラー。こいつが噂通りのものか試してみたいだろう?」


「賛成。最悪AIは死んで代わりはある」


「よし。いくぜ」


 可視化されたアイスブレイカーは概ねどれもカード状の構造をしている。


 ディーが国連チューリング条約執行機関から盗み出したAIキラーもカードのような形をしており、それが“スクナビコナ”のアイスに吸い込まれるようにして入り込んでいく。


 次の瞬間、アイスが消え去った。


「わお。本当にAIキラーだ。これで国連チューリング条約執行機関はAIを殺していったんだろうね。AIが育ち切る前にそのアイスを破壊し、中のAIにワームかウィルスをドカン」


「どうする? 俺たちも管理AIを消去するか?」


「機能不全に陥っている原因だけ分かれば、機能している方がいい。AIが完全に消滅するといよいよもって施設の管理がテロリストに奪われる」


「テロリスト?」


 そう言ってディーは笑った。


「テロってのは信条があってやるものだ。暴走したアンドロイドに信条なんてものはないだろう。あるのはバグったコードだけだ。こいつはテロじゃなくて、ただのバグだよ、アーちゃん」


「そうかもね」


 テロとは悪辣なものであるとしても、信条がある。


 だが、アンドロイドにあるのはバグったコードだけ。あるいは──。


「あるいは、AIの信条か。AIが信条を持ってテロを起こしたと知ったら国連チューリング条約執行機関は発狂するぜ……。AIがそんなことを起こさないためのチューリング条約なんだ。そいつが破綻したとなれば」


「マトリクスに飽きたAIが現実リアルをエンジョイしているだけかもよ……」


「にしちゃあ、いただけないお遊びだな。見つけた。“スクナビコナ”に3体のAIが接続

されている。アンドロイドどもだ」


 そこで待てよとディーが言う。


「アンドロイド3体じゃない4体だ。3体から1体のAIが展開されている。こいつはデカいぞ。しかし、なんだ、これは……」


「凄い迷宮回路。パラドクストラップだらけ。気持ち悪い構造」


 こいつを作った奴は病気だとベリアが言う。


「そして、ブラックアイス。クソッタレなブラックアイスだ。バイオミメティクス型──免疫系じゃない。イカれた銃乱射型だ。こいつを解析しようとすれば蜂の巣にされて、脳を焼き切られる」


「狙いは?」


「今、調べたが、スタンドアローンで稼働しているはずのTMCサイバー・ワンのデータセンターとデータハブが接続されようとしている。この怪物はデータハブに陣取っていて、獲物が接続されるのを待っている」


「じゃあ、強奪が目的か……」


 ベリアはバンダースナッチに接続する。


「バンダースナッチ。迷宮回路とワームは?」


「準備完了なのにゃ。これで出ることはできないはずなのにゃ」


 トラ娘がサムズアップしてそういう。


 TMCサイバー・ワン内に急速にワームが増殖しつつあり、外からアクセスしているベリアたちの通信にも負荷がかかってきている。


「ご主人様。東雲が警備ドローンを止めろと五月蠅いのだ」


「ああ。ごめん、ごめん。もう“スクナビコナ”のアイスは砕いたから、警備ドローンは停止させられるはずだよ。ジャバウォックは“スクナビコナ”が再び乗っ取られないように監視して」


「了解なのだ」


 ジャバウォックはそう言ってTMCサイバー・ワンの自己警備システムをシャットダウンした。だが、すぐに別のプログラムが立ち上がり、警備システムが発動する。


『ベリア! ジャバウォック! 警備ドローンは落とせないのかっ!?』


「既存の警備システムを落としても新しい警備プログラムが新規に立ち上がるのだ! これでは無理なのだ……」


『分かった。こっちでどうにかする。それからアンドロイドどもを掃討したとして俺はどうしたらいい?』


「TMCサイバー・ワンに陣取っている自律AIがデータセンターから情報を盗み取って逃げ出そうとしているのだ。まずデータセンターを制圧してほしいのだ」


 そう言ってジャバウォックはTMCサイバー・ワン内の地図を表示する。


「データセンターから不自然なケーブルか、無線デバイスが伸びているはずなのでそれを破壊するのだ」


『了解。お仕事しましょう』


 場がフリップする。


 東雲は警備ドローンから銃弾を浴びていた。


 幸い、対テロ用の隔壁は小口径ガトリングガンの銃弾を通さず、弾き続けている。


 ベリアとジャバウォックによれば、TMCサイバー・ワンに警備ボットは配置されていないらしい。隔壁を溶かすような攻撃は想定しなくていい。


 ただし、固定警備のリモートタレットが厄介だ。


 あちこちにリモートタレットが設置されていて、その口径は12.7ミリ。


 命中すれば東雲はミンチだ。


 それから血が足りない。


 “月光”は容赦なく東雲の血を吸った。こいつは東雲を生かそうとするが、それは血を吸うためだ。東雲から最後の一滴まら血を舐めとろうとしている。


 ドローンやアンドロイドは血を流さない。だから、“月光”は東雲から血を吸う。


 もう一錠造血剤をお守り感覚で飲み込み。


 それから素早く遮蔽物から身を乗り出して“月光”を警備ドローンの群れに向けて投射する。月光は回転しながら飛翔し、警備ドローンを八つ裂きにして撃墜すると、東雲の手に戻ってくる。


 そして、血を吸う。


「貧血でぶっ倒れる前に制圧しないとな」


 東雲は隔壁に開いた穴から飛び出し、“月光”でリモートタレットを制圧していく。


 警備ドローンのお替わりを切り捨て、データセンターに向けて突き進む。


 そこでアンドロイドたちが姿を見せた。同じ顔に別の服装。サイズが合ってない。


「退けよ、人形ども」


 3体のアンドロイドに対して東雲が“月光”を投射しようとしたとき、アンドロイドたちが手に持っているものに気づいた。


「ショックガンかよ、畜生」


 東雲は七本の剣を高速回転させて防御を試みるが、ショックガンというのはそう簡単には防げない。


 ショックガンは指向性衝撃波兵器で、特定の方向に手榴弾10個分程度の衝撃波を叩きつける。もっぱら精密部品の塊であるアンドロイドや警備ボットに対して使用される兵器だが、もちろん人間に対しても有効だ。


 東雲の回転する“月光”が押され、衝撃波が突き抜けてくる。


「人間様舐めるなよ、人形風情がっ!」


 ショックガンは再装填に時間がかかるし、一発撃てば再装填が必要だ。


 その隙に東雲の“月光”が真っ白なTMCサイバー・ワンの壁面を青緑色に照らし、その刃がアンドロイドたちに襲い掛かる。


……………………

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