精霊たちの声

……………………


 ──精霊たちの声



 場所はセクター8/3。


 東雲はベリアに収穫があったか聞くためにARデバイスでマトリクスにダイブしている彼女に呼びかけた。


『がおー。ジャバウォックなのだ。ご主人様は今忙しいから代わって用事を聞くのだ』


 ARにドラゴン娘の姿が見える。


「ベリアはどこにいっているんだ?」


『国連──なのだ。ジャバウォックたちにはちょっと不味い場所だから、ご主人様とは離れて行動しているのだ』


 国連チューリング条約執行機関か?


 AIの件で何か浮かび上がってきたのだろうかと東雲は思う。


「ジャバウォック。逃走したアンドロイドの行先は分かったか?」


『まだなのだ。製造番号は特定できたけれど、追跡用チップが外されていて、その上マトリクスには同型のアンドロイドが1000万体以上接続されているのだ。ちょっと待つのがいいのだ』


「そうしたいのはやまやまだが」


 ジェーン・ドウは事件の可及的速やかな制圧を望んでいる。


 情報が集まりきるのを待つわけにはいかないだろう。


「精霊様のお力を借りるか」


 スモッグには風の精霊が。自販機のヒーターには火の精霊が。川を流れる汚水には水の精霊が。押し固められたアスファルトには土の精霊が。それぞれ宿っている。


 弱く、儚い存在だが、全く存在しないわけではない。


「おい。爺さん、聞えるか……」


「なんじゃ。む。おぬし、魔力を持っているな?」


 東雲がアスファルトに宿る土の精霊に呼びかけると、反応があった。


「ついこの間、この辺りをアンドロイドが逃げていっただろう。何か知らないか」


「アンドロイド。人型をした、魂を持たぬ人形か。哀れなものよのう。こんな姿になった儂らとて、精霊として生きておるというのに」


「ああ。哀れだな。だが、自分を憐れむことすらないのは幸福だろう」


「それもそうかもしれぬのう」


 儂らは下手に自我が残ったから惨めじゃのうと土の精霊が嘆く。


「で、知ってることはあるか?」


「逃げていくのを見たぞ。この道を真っすぐ──じゃったかな。儂も存在が希薄になってしまって、記憶があいまいなのじゃよ」


「いや。助かった、礼だ」


「おお。魔力が……。生き返るのう……」


 東雲は土の精霊に魔力を分け与えると、彼の言ったように道をまっすぐ進んでみた。


 相変わらずの薄汚い街だ。ぼやけた壊れかけのホログラムが浮かび、無人コンビニエンスストアの前には電子ドラッグジャンキーがたむろして、死んだジャンキーの疑似体験をしている。


 東雲の仕事ビズはどこかでどこかの企業の利益になっている。


 あの最初に殺したハッカーは何をして企業に狙われることになったのだろうか。あの電子ドラッグの売人は何をして企業に狙われることになったのだろうか。


 道が分かれた。


 丁度いいところに自動販売機がある。


「なあ、あんた魔力持ってるだろ……」


 自販機のヒーターに宿った火の精霊が話しかけてくる。


「あんたの仕事ビズを手伝ってやるから、魔力を分けちゃくれないか……」


 囁くような声で火の精霊がそう言う。


「いいぜ。しかし、精霊も仕事ビズって言葉を使うのか?」


「精霊が人間に話しかけるときは人間の言葉を使うんだ。精霊の言葉は通じない。そして、今の人間は仕事ビズだとかマトリクスだとか仕掛けランだとか、そういう言葉で会話する。そうだろう?」


「だな。ここら辺で逃げていったアンドロイドを追っている。数は13体。2日前だ」


「そいつらなら、右手に行ったよ。俺から見て右手な。なあ、魔力を」


「ほら」


「ありがてえ」


 精霊は精霊の言葉で喋る。


 異世界には精霊使いという人間がいた。エレメタルマジックとは違う、ドルイドに近い立場の人間やエルフたちだ。彼らは精霊の言葉を精霊の言葉として理解できたらしい。


 彼らはこの仕事ビズなんて単語を使う精霊を見たらどう思うだろうかと東雲は少しばかり考えて右手に進んだ。


 ゴミゴミした建物がところ狭しと並んでいる。


 これはアンドロイドの5、6体紛れても分からないなと思うぐらいゴミゴミしていて、切れかけたLEDライトのネオンが点滅している。


 銃声が響いたのはその時だった。


 東雲は瞬時に“月光”を抜き周囲に視線を走らせる。


 銃声のした方向を向けば、電子ドラッグジャンキーの一団が旧式銃──ID認証なし、発砲履歴の通知なし──で作業服を纏った集団と撃ち合っていた。


 作業服の集団を見れば、これまた全員同じ顔。


「ジャバウォック。いるか」


『なんなのだ、東雲。ジャバウォックは忙しいのだ』


「お目当ての連中を見つけたかもしれない。俺のARデバイスの位置から300メートルほど南東の向かった場所で撃ち合っている連中がいる。分かるか」


『おー! お手柄なのだ、東雲! 製造番号一致。暴走しているアンドロイドなのだ』


「どうする。そっちで制圧するか?」


『このアンドロイドのAI。妙にアイスが固いのだ。アンドロイドの分際で生意気なのだ。電子的制圧を行うから、同時に物理的制圧を行うのだ。それから1体は頭部を無傷で確保してほしいのだ』


「あいよ」


 アンドロイドの数は4体。恐らくジャバウォックは暴走の原因が知りたいのだろう。


 既に電子ドラッグジャンキーの群れは制圧されている。確実に頭に一発。人間のような手順でアンドロイドたちは電子ドラッグジャンキーたちを殺害した。


 東雲はこのセクターの保安業務を行う大井統合安全保障が駆け付ける前に仕事を済ませようとする。


 “月光”の刀身が青緑色に輝き、同時に切れかかったtLEDライトの点滅が映る。


 アンドロイドたちは一斉に東雲に気づき、銃口を向けてくる。


 東雲は“月光”八本を展開し、高速回転させながらアンドロイドに突貫する。


 アンドロイドたちは散開し、正面で東雲を引き付けつつ、側面に回り込もうとする。


 東雲は側面に回り込もうとした2体のアンドロイドに“月光”を向けて投射する。“月光”は空中を滑るように投射され、アンドロイドを仕留めた。


 残り2体のアンドロイドは電子ドラッグジャンキーの持っていた旧式短機関銃で弾をばら撒いてくる。2本を攻撃に当てたため、防御をすり抜けようとする銃弾が発生するが、東雲は回転速度を上げて、銃弾を防ぐ。


「ジャバウォック。制圧は?」


アイスが溶けたのだ! 喰らえっ!』


 バチンと電子音がして、アンドロイド2体が動かなくなる。念のために東雲は拳銃と短機関銃を遠くに蹴りやった。


『ん? これはなんなのだ……?』


「どうした?」


『自律AI……? いや、違う。これは……なんなのだ?』


 そこで飛んできた警備ドローンに東雲が気づく。


「ジャバウォック。制圧はできてるんだろうな?」


『待つのだ。こいつ、まだアイスを──』


 そこで銃声が鳴り響いた。


 東雲は身を翻して、警備ドローンからの銃撃を避ける。


「クソッタレ。生きてやがったな。警備ドローンをハックしてやがる」


『こいつ、気持ち悪いのだ! 論理回路が滅茶苦茶で解読しようとするとパラドクスだらけの迷路になっているのだ! まるでフランケンシュタインの怪物に宇宙的恐怖を外付けしたような代物なのだ!』


「焼き殺せ」


『ダメなのだ。こいつを解析しないと、他のアンドロイドを見つけられないのだ。そっちはそっちで対処するのだ。こっちは頑張ってこいつを解析してやるのだ』


「分かったよ」


 AIにまで口で使われるとはと東雲は思った。


 東雲はガトリングガンで銃撃を行う警備ドローンから身を隠し、隙を見て“月光”を投射する。月光の刃がミサイルのように飛んでいき、警備ボットを切断する。


「って、おい。冗談だろ」


 警備ドローンを排除したと思ったら、装輪式の警備ボットが現れた。警備ドローンより強力な口径12.7ミリのガトリングガンを積んでいるタイプだ。


 そのガトリングガンの銃口が東雲に向けて狙いを定めた。


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