暴走したアンドロイド

……………………


 ──暴走したアンドロイド



 自宅に帰るとベリアがマトリクスから戻っていた。


 それもそうだろう。室内にジェーン・ドウがいたのだ。


「狭苦しい家だな」


「住めば都さ」


「ふん」


 ジェーン・ドウは不快そうに鼻を鳴らした。


仕事ビズだ。大井重工のアンドロイドの生産ラインのAIがハックされて、アンドロイドが暴走した。13体のアンドロイドが逃亡した。これを始末しろ」


「おい。これは流石にあんたが大井の人間だって言っているようなものだぞ」


「言ったはずだぞ。余計なことを探るな、と。それにハックした側が大井と示談したために始末にかかったって話もあり得るだろう」


「分かったよ。詳しい情報をくれ」


「こっちとしては必要最小限の情報しかやれんが」


 そう言いながら、ジェーン・ドウがファイルを送ってよこす。


 2日前。TMCセクター8/1にあるアンドロイド工場の生産ラインのAIが外部からの攻撃を受けて暴走。精査インラインのAIは自己と同じAIを搭載したアンドロイドを製造し、そのアンドロイドが暴走。職員を殺害して逃亡した。


 数は13体。追跡管理用のチップは排除されており、大井側からの追跡は不可能。


 国連チューリング条約執行機関が緊急監査を行ったが、AIに自我はなかった。


 それだけが記されていた。


「国連チューリング条約執行機関?」


国連UNチューリングT条約T執行E機関A。AIの管理をしている組織だ。それぐらいマトリクスで調べろ、ローテク野郎」


「はいはい。悪かったですよ。で、ターゲットのアンドロイドは戦闘用?」


「ボディは民間の介護ボットだが、AIがよく分からない。AIの性能次第では戦闘用に匹敵するポテンシャルはある」


 まあ、俺様から言えるのはこれだけだとジェーン・ドウは言う。


「なるべく早く片付けろ。これからも仕事ビズを回してほしかったらな」


 ジェーン・ドウはそう言って立ち去っていった。


「やれやれ。人間の次はアンドロイドを殺せと来たか」


「ニュースになってるよ。ジェーン・ドウはやっぱり大井の人間だと思うな」


「余計な詮索は禁物だ。だが、もっと情報が欲しい。いくら忠実な犬でも投げられたボールが無色透明じゃ捕まえられない」


「オーキードーキー」


 そう言ってベリアがマトリクスにダイブする。


 ベリアは真っすぐなじみの電子掲示板BBSに向かう。


 会員認証を済ませ、そしてジャバウォックとバンダースナッチには大井のアンドロイド工場に関する基本情報を集めさせ、それから電子掲示板に入る。


 完全会員制の価値あるものからジャンクまでの様々な情報が集まる電子掲示板“BAR.三毛猫”。マトリクス上では確かに酒場のような空気を演出してあり、話題の決められたテーブルにアバターが集まっている。


 ベリアは早速大井のアンドロイド工場暴走事件のテーブルを見つけた。


「よう。アーちゃん。あんたもこれを調べてるのか?」


 ベリアに中年男性のアバターをした男性が話しかけてくる。


 ベリアはマトリクスでは匿名性を保つために“アスタルト=バアル”というハンドルネームを使っている。故にアーちゃんだ。


「ディー。まあね。ちょっとした野暮用で」


 ディー。彼がベリアをこの掲示板に招待してくれた人物だ。


「野次馬かい?」


「そんなところ」


 このテーブルで話されたログを閲覧する。


 そのログによれば大井のアンドロイド工場“ファシリティーA-20”の管理AIが暴走したのは2日前ではなく、4日前。


 4日前に突如として管理AIが暴走。工場の出入り口をロックして従業員を閉じ込めた状態でアンドロイドの製造を続け、44体の暴走した管理AIと同じAIを持ったと思われるアンドロイドが製造され、それらは従業員たちを皆殺しにした。


 大井統合安全保障の特殊作戦部隊は4日前からロックを破ろうとし、3日前に突入した。暴走したアンドロイドたちは電磁カッターなどの工具で大井統合安全保障の特殊作戦部隊と交戦し、44体中31体が破壊された。


 残った13体は逃亡。


 既に逃亡したアンドロイドの製造番号すらも把握されていた。


「大井の産業用アイスに穴を開けるなんて相当だぞ」


「犯行声明は出てないのか?」


「どこにも出てない。昔ながらの掲示板も漁ったが収穫ゼロ」


 アバターの主たちはほとんどが合法・非合法問わずにハッカーであり、彼らの情報入手経路は幅広い。まだ報道されていないことまで入手出来ている。


「ねえ、国連チューリング条約執行機関が動いたらしいけど、誰か知らないかな?」


 そこでベリアが声を上げる。


「ああ。アンドロイドたちの行動が組織的かつ事前のプログラムにないものだったから、管理AIがチューリング条約違反の代物じゃないかって調べられたらしい。管理AIは調査の結果シロだったが、逃げたアンドロイドの方は分からない」


「ふむ。外部のハッカーがチューリング条約違反のAIをアンドロイドに組み込ませた可能性はあるってことだね?」


「ああ。まだ国連チューリング条約執行機関は動いている。チューリング条約違反なら電磁パルスガンを一撃だ」


 メガネをかけたウサギのアバターをした男がそう語る。


 チューリング条約は自律AIの稼働を禁止している。AIによる過度の自己学習や自己アップデートと言った行為を禁止し、人類が自分たちが想定外の“超知能”に遭遇することを防ごうとしている。


 昔はAI研究は盛んだった。どの企業もこぞってAIを開発した。


 軍にしても日本陸軍の分析AI“武御雷”を始めとするAIを開発し、運用していた。


 だが、AIによる過度の自己学習と自己アップデートの『破滅的な結果』という論文が公表され、人々はAIを野放しにするのを恐れることになった。


 破滅的な結果とはすなわち、AIが人間を支配するという結果である。


 そんなことは起こり得ないと一部の科学者は抗議したが無視され、国連主導のチューリング条約が加盟各国で締結され、国連チューリング条約執行機関が発足した。


 実を言えば、ベリアのジャバウォックとバンダースナッチもチューリング条約違反の自律AIなのだ。彼らはホムンクルスの技術によって精神を与えられ、貪欲に情報を吸収し、成長を続けている。


 マトリクス上では人間のように振る舞っているが、国連チューリング条約執行機関に見つかれば、即座に制裁の対象となる。製作者であるベリアもお縄だ。


 もっともそんなヘマをするようなジャバウォックとバンダースナッチではない。彼らは真っ先に国連チューリング条約執行機関から逃れる手段を見つけ、今も逃げ続けながら活動している。


「しかし、自律AIだとして目的は? 自律AIとは何を求めるのか?」


「知識」


「確かに。だが、それはマトリクス上でも十分に手に入る」


 わざわざアンドロイドという肉体を獲得しなくてもいいと三頭身の女の子の格好をしたアバターの女性が言う。


「単純な企業テロ?」


「それは単純すぎる。アンドロイドを暴走させたければ、そういうプログラムを混入させるだけでいい。それも工場で発動するのではなく、出荷先で発動した方が、大井のブランドイメージを叩き壊すのにはもってこいだ」


 自律AIなんて仕組む必要はないとメガネウサギのアバターが言う。


 事実、大井の工場で暴れたからこそ44体中31体が破壊されているではないかと。


「そうだね。企業テロとしては下の下だ。お粗末すぎる。ちぐはぐな感じがする。大井の産業用アイスに穴を開け、国連チューリング条約執行機関の目を引くようなことをしていながら、テロとしては失敗」


 ベリアがそう言って発言者たちを見渡す。


「確かにちぐはぐだ。技術と目的が合わさっていない。まるで初めてアイスブレイカーを手にしたティーンエイジャーみたいだ」


「そう、そこ。犯人は若い。それでいて技術はある。これが国連チューリング条約執行機関の目を引いたんじゃないかな?」


「なるほど。マトリクス上では無類の強さを示すが現実リアルが分かっていない存在。マトリクス上で育てられた若いAIの可能性、か」


 メガネウサギのアバターがそう発言して黙り込む。


「国連チューリング条約執行機関は何か情報を掴んでるな」


 ここでディーとベリアが呼んだアバターが発言する。


「国連チューリング条約執行機関になら前に潜ったことがある。気を付けろ。連中、ブラックアイスを使ってる」


 三頭身の女の子のアバターがそう言う。


「やべえな。マジで隠したい情報があるってことか」


 ブラックアイス。通常のアイスと違って侵入を防ぐだけではなく、侵入者の脳を焼き殺すような反撃を行うアイスだ。


 これが使われている、あるいは使用が許可されている施設は限られている。いくつかの国では違法だ。だが、国連チューリング条約執行機関が本部を置くスイス──ジュネーブでは合法。


「いっちょ調べてみるか」


「私も一緒にいい?」


「いいぜ。一緒に潜ろう」


「オーキードーキー!」


 ベリアとディーはBAR.三毛猫を離れ、マトリクス上を移動し、スイスのネットワークに入り込んだ。


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