交差した末路
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──交差した末路
東雲は事前に造血剤を飲み、それから八天虎会が所有するビルの地下駐車場に突入した。八本の魔剣“月光”がLEDライトに照らされて怪しく光る。
「な、てめえ、カチコミかっ!」
運転手の男が銃を抜き、東雲に向けて乱射する。
射撃の正確さで言えば、アトランティス・ランドシステムズの護衛についていたハンター・インターナショナルのコントラクターたちとは比較の対象にもならないぐらいお粗末な射撃だ。
半分以上は東雲が弾くまでもなく明後日の方向に飛び、残りの弾丸は高速回転する“月光”に弾かれた。
「畜生! “毒蜘蛛”だ! 会長、逃げてください!」
「てめえ、自分ちの庭荒らされて黙ってられるか!」
そこで八天虎会の会長が射撃に加わる。
射撃の精度は運転手より遥かに高い。何発かの銃弾は高速回転する“月光”をすり抜けそうになった。
「あまり長居はしたくないな」
『大丈夫。セキュリティは切ってあるし、彼らのビルは電子キーだったから番号を変えて出られないようにしてある』
「それは大変結構なことで」
本当に結構なことだ。
相手のセキュリティが切れているということは増援はない。
ここにいる連中を全部叩き切ってそのまま逃走すればいい。
そこで戦闘用アンドロイドの数体が稼働して射撃を始めた。
「ベリア。戦闘用アンドロイドは制圧したんじゃないのか?」
『スタンドアローンで稼働させてたのが数体いるみたい。マトリクスに繋いでないから私からは手出しできない。そっちで頑張って』
「あいよ」
東雲は“月光”を投射する。
水平に放たれた四本の刃がアンドロイドの頭部を完全に破壊する。
アンドロイドには映像を記録する機能が付いてるものがある。それで映像を記録されると、大井統合安全保障なり、この八天虎会なりに追われる羽目になる。それはごめんだ。犯罪組織とは関わり合いたくない。
「畜生、畜生、畜生! 弾が当たりません!」
「畜生! 銃声がしてるのにどうしてどいつもやってこないんだ!」
組織のメンバーがビル内に閉じ込められていることを八天虎会の会長は把握できていない。まあ、半端な数が出て来たところで“月光”の餌食になるだけだ。
そこで地下駐車場にバンが突っ込んできた。
「会長! 大丈夫ですか!?」
「おう! “毒蜘蛛”だ! 殺せっ!」
おやおや。建物の外にも人間がいたらしい。
武装した人間と戦闘用アンドロイドがバンから降りてくる。
「一気にケリを付ける、か」
東雲は身体能力強化で加速し、戦闘用アンドロイドの頭部を破壊し、男たちの首を刎ね飛ばす。そして、一気に八天虎会の会長に迫った。
「て、てめえ! どこの誰に雇われた! どこのどいつに──」
「お喋りし過ぎだ」
東雲は八天虎会の会長の首を狙って一撃を繰り出す。
驚くべきことに八天虎会の会長はそれを回避しようとして成功しかけたが、一歩踏み込んだ東雲の“月光”は八天虎会の会長の喉笛を掻き切った。
げぼげぼと気泡の混じった血を吐き出し、八天虎会の会長が崩れ落ちる。
「後片付けしてからさようならだ」
残った人間と戦闘用アンドロイドを全て“破壊”してから東雲は周囲を確認する。
「ベリア。カメラは制圧してあるんだな?」
『もちろん。真っ先に押さえたよ』
「じゃあ、問題なしだ」
マトリクスに潜れるのは確かに便利だなと東雲は改めて思った。
これだけの騒ぎがしたのに、大井統合安全保障は駆けつける様子もなく、東雲は血を軽く落としてから、電車に乗り、TMCセクター13/6に戻って来た。
「よう。ご苦労だったな」
駅から出たところですぐジェーン・ドウに出くわした。
この女性は自分のことをどこまで把握しているのだろうかと思いながら、東雲はジェーン・ドウに近づいていく。
「
「もうニュースになってる。八天虎会はこれでお終いだ。次にボスの座に着く奴はいない。他の犯罪組織が獲物を襲う鮫のように八つ裂きにして、それでお終いだ」
そして、ジェーン・ドウがチップを差し出す。
「2万新円。無駄遣いするなよ」
「あんたは俺のお袋かよ……」
東雲はチップを受け取る。
『ジェーン・ドウに今回の件に大井が関わっているか聞いてみて』
そこでベリアからの通信が入った。
「……大井か?」
「マトリクスであれこれ調べるのは有意義だが、世の中には知らない方がいい情報もあるってことを教えておいてやろう」
ジェーン・ドウは酷く冷たい声でそう言った。
ぞくりと背筋におぞけが走った。
東雲の身体能力強化によって強化された感覚器官は複数の人間が遠距離から東雲を狙っているのに気づいたのだ。
恐らくは“月光”を抜かせる暇もなく、狙撃手たちは目標を排除するだろう。
「俺たちを消すのか……」
「いいや。言っただろう。賢い殺し屋が欲しい、と。賢い殺し屋は希少資源だ。無駄にはしない。ただ、あれこれと嗅ぎまわるのはやめておけ。イエローカードだ。今回はイエローカード。レッドカードがでないように用心しろ」
二度も、三度もは言わないぞとジェーン・ドウは警告した。
そして、そのまま人混みの中に消えていった。
同時に東雲を狙っていた狙撃手たちも姿を消す。
ふうと重々しい息が出た。
「ベリア。余計なことは調べるな。調べてもジェーン・ドウには知られるな」
『ごめん、ごめん。でも、彼女と秘密を抱えたまま握手し続けられるかい?』
「それがルールなら従うさ」
『了解』
ベリアは東雲の答えが不満だったのか、それから何も言ってこなかった。
東雲は雨が降り始めたセクター13/6の中をフードを被って進み、猫耳先生こと王蘭玲がいるクリニックにやってきた。
雑居ビルの階段で水気を落とし、それからフードを下ろしてクリニックの扉を開く。
「ようこそ患者様」
いつものように医療用アンドロイド“ナイチンゲール”が出迎える。
「いつもの処方を」
「畏まりました。暫くお待ちください」
東雲はそう言われて、椅子に腰かけて置かれているマンガ本を眺める。
古臭いが懐かしい──東雲の視点でも懐かしい──マンガが置かれており、黄色く変色している。最近の雑誌なども突っ込まれていた。医学雑誌のようだ。
『BCI手術はここまで進化した』
そう書かれた医学雑誌を見て、東雲はやはり首の後ろに穴を開けるのかとぞっとした。東雲の知っている
VR体験をするのにもBCI手術は必須だ。避けては通れない道だ。
まるでBCI手術を受けていない人間は人に非ずとでも言いたげで東雲は憂鬱になった。
「患者様、診察室へどうぞ」
「あいよ」
ナイチンゲールに促されて診察室に向かう。
「やあ。相変わらず調子が悪そうだね」
猫耳先生こと王蘭玲が東雲の顔を見てそう言う。
「雨も降ってきてたから」
「寒さだけではそこまで青白い顔にはならないよ。貧血だ」
東雲は診療室にあるベッドに横になるように王蘭玲に促される。
「輸血かい?」
「ああ。その顔色だと造血剤だけでは間に合わない。どうせ、君は献血センターに行くような人種じゃないだろう」
「それもそうだ」
血液パックを王蘭玲が点滴用のスタンドに吊るし、念のために東雲の細胞サンプルと異常を起こさないかをチェックしてから輸血が始まる。
「俺だって好きでこういう仕事をやっているわけじゃないんだ。ただ、これしか生きる道がなくなっちまっただけなんだよ、先生」
「多くの患者がそう言うよ。病気や怪我をすると気が弱るらしい。罪の懺悔、とでもいうべきか。ただ、そう言い残したいのか……」
「俺は懺悔をするつもりはないから安心してくれ」
「ああ。懺悔をしたいなら教会に行ってくれ。ここはクリニックだ」
王蘭玲はそう言ってカルテに東雲の容態を記した。
「実際のところ、君は外傷もないようなのにどうしてそんなに血を失うんだ?」
「呪われているのさ。冗談抜きでね」
「なるほど。それも教会に行くしかないね」
それか寺か神社と王蘭玲は言う。
「それから君はある種のテクノフォビアだね?」
「テクノフォビア?」
「科学技術恐怖症。BCI手術が出回り始めたときから、あるいはナノマシンが普及しだしてから、もっと前になるとスマートフォンの通信機能の進化したときから、そういう技術に対して恐怖心を覚える人が出始めた」
「ははっ。そうかもしれない。俺はBCI手術なんて恐ろしくてできないし、ナノマシンなんてよく分からない機械を体に入れるのもごめんだ」
「だが、君の造血剤にはナノマシンが含まれているのだよ?」
「え?」
そこで東雲は急な吐き気を覚えた。
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